笠真一の名言 一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加

笠真一のプロフィール

笠真一、かさ・しんいち。日本の経営者。バーガーキング・ジャパン社長。大阪出身。立命館大学産業社会学部卒業後、日本マクドナルドに入社。スーパーバイザー、統括スーパーバイザー、海外子会社「California Family Restaurant, Inc.」の統括責任者、日本マクドナルドのナショナルフードサービス部長、エブリデイ・マック社長、日本マクドナルド営業推進本部長、日本ウエンディーズ社長などを経てバーガーキング・ジャパン社長を務めた。

一生懸命仕事をやると仕事が楽しくなります。頑張るからこそ成功体験ができて、仕事が面白くなるのです。


仕事の面白さを感じられるかどうかで、成長する人とそうでない人の差がつくのかもしれません。


千店近い店舗をもつマクドナルドに、真っ正面から立ち向かうつもりはありません。私たちがやりたいのは、70年代のころの格好よかったハンバーガーショップの輝きを取り戻すこと。若い方は知らないかもしれませんが、僕がこの業界に入ったころは、ハンバーガーショップといえば時代の最先端の雰囲気があった。そこで働いているというだけで、周りからうらやましがられたものです。バーガーキングで、当時の活気を取り戻す。それが私たちの目標です。


極論ですが、人の意見は聞かないで、自分が信じたことに全力を注ぐことが大切なのではないでしょうか。それはわがままというのではなく、自分に任された仕事についてとことん考え抜き、誰よりも知り尽くしている自負があってのことです。何も考えずに仕事をこなすだけの社員と、自分なりに一生懸命考え抜いて仕事をする社員なら、やはり後者のほうにチャンスは回ってきます。


いまの仕事の課題をやり尽くしたのなら、自ら手を挙げて異動を願い出るべきでしょう。マクドナルド新入社員当時、大阪・堺市の店に配属された私は、忙しい店のほうが仕事が身につくと考え、大阪で2番目に売上げが高かった「あべの店」に異動させてもらいました。そこでオペレーションを学びました。次は新店のオープンに挑戦したくなって、九条店(大阪市西区)の開店に立ち会った。次は未開拓地域をやってみたくて、スーパーバイザーとして九州へ、さらに東京で勝負したくなって、統括スーパーバイザーとして東京へ……、というようにどんどん異動を願い出て、新しい仕事経験を積んでいきました。つまり、会社が自分を育ててくれるのを、じっと待っていてはダメ。自分から働きかけてこそ、チャンスはつかめるんです。


マクドナルド入社当時の私の勤務時間は、朝4時から深夜2時、3時。徹夜も珍しくありませんでした。約40人いた同期の半分は、夏の終わりまでに辞めました。私が辞めなかったのは仕事を楽しめたからでしょうね。「次はこんなセットメニューを出そう」「オペレーションを改善しよう」と考えて、アイデアを出す。すると、そのアイデアが当たって売上げが伸びる。すると、また新たなアイデアを出す。その好循環で、仕事がどんどん面白くなっていきました。そして気が付くと、仕事が趣味になっていました。


何でもいいから、まず自分の得意技を磨くことが大切です。「声が大きい」という特技でもいいのです。事実、ファストフード業界で声が大きいことは、何よりのスキルですし、私自身もそれで認められたようなものですから(笑)。


ハンバーガー屋が混雑したとき、店長がすべきオペレーションは決まっています。適材適所で人を配置することです。パテを焼くにせよ、ポテトを揚げるにせよ、得意な人にやらせれば、店としてのパフォーマンスが一気に上がります。たいへんなときほど特技をもつ人が重宝されるのは、他業種でも同じだと思います。


バーガーキングの準備段階から、自分の人脈で声をかけて集めました。現在、本部には10名の社員がいますが、各人がハンバーガー業界では名前が知れ渡っている人ばかりです。全社員に共通するのは、各人がその道のプロフェッショナルであること。言い換えれば、誰にも負けない特技をもつ人材です。


人名ランダムピックアップ


経営・ビジネス・投資・仕事・お金・経済的な分野で成功を収めた人たちの名言を収録しています。

ページの先頭へ