竹中平蔵の名言 一覧

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竹中平蔵のプロフィール

竹中平蔵、たけなか・へいぞう。日本の経済学者、実業家、政治家。一橋大学経済学部卒業後、ハーバード大学留学、ペンシルベニア大学研究員、日本開発銀行、大蔵省財政金融研究室次席主任研究官、大阪大学経済学部助教授、ハーバード大学客員准教授、慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て、小泉内閣の経済財政政策担当大臣に就任。そのほか、人材派遣会社パソナの会長、日本興業銀行経営アドバイザーや、フジタ未来経営研究所(日本マクドナルドのシンクタンク)理事長、アサヒビール社外取締役なども務めた。

「ここまでしかできていない」と考えるか、「ここまでできた」と考えるかで見え方は180度変わる。


諦めて成功する努力を止めてしまえばすべては終わり。自分が諦めないかぎり、終わりは来ない。


常に問題意識を持ち続けていると、ふとしたときにその答えとなる言葉が見つかる。


心の解放は時に思いがけない発見をもたらす。


旅に出ることは、自分自身を少し広い視点で捉えることができる良い機会。


企業は人財と資金とノウハウの生きた集合体ですから、資金やノウハウが十分にあっても、人財がなければうまくはいきません。


センターピンを探す能力がビジネスにおいて、政策や学問においても一番重要。


小さな問題でも、解決することで組織は大きく前進することがよくある。


戦略は細部に宿る。逃してはならないキーポイントが小さな問題の中に眠っていることがあるため、そうした細部から万全にしていく気持ちが重要。


「反対派を押し切り、組織に新しいものを持ち込む人」が、リーダーになる。


チャレンジするという言葉が経営の全て。とにかく批判せずにやってみる事が重要。


「夢みたいな事を言う」と周りに思われるくらいでなければ、大きなことはできません。


マーケットを広げるには消費者の教育も必要。


基本を疎かにしないものが勝つ。


昨日と同じことをしているかぎり、先進国の生活水準は少しずつ下がっていく。


世の中の問題に絶対的な正解はない。


子供たちの世界の試験には正解があるわけですが、社会に出るといつも正解があるわけではありません。議論するほど新しい考えが生まれます。


私の父は関西の商売人です。丁稚奉公の叩き上げで、私はいくつになっても父に敵わない。現場で仕事をしてきた人間は世の中のことをよく見ている。


教育というのは、君なら出来ると勇気付けることです。エンカレッジというのは、成功体験を積み重ねること。それが教育です。


解ける問題が世の中にはほとんどないということを分かっていることは重要。


人生の糧になるのは小さな失敗を繰り返すことです。いかに大きな失敗をせずに、小さな失敗を許容できるかがベンチャーの成長にとっては重要です。


戦略は細部に宿る。その細部を管理できないと組織は駄目になる。


物事を動かしていくのはリーダーのパッション(情熱)。パッションなくして人は動かない。


私は経済学者から政治家になりました。これは「昆虫学者が昆虫になる」ようなもので、貴重な体験をしました。30年間、勉強してきたことでも、見えないことがあることを知りました。


日本の自動車産業はなぜ強いか。それは世界と競争してきたからです。日本の農業はなぜ弱いのですか。それは競争をしてこなかったからです。


世界的なマーケットを視野に入れるならば、「何が一番優秀か」が問題ではなくて、「何が一番優秀と思われているか」が重要。


イノベーションとは、戦って戦って批判され、それでも戦ってきたからブランドになるのです。


バブルは長く続きません。バブルにならないようにする努力が求められます。人間は判断の誤りがあるということを知ることが重要です。


厳しい時代ですが、働く人たちに言いたいのは、どんな時代でも、生きる基本は自助自立ということです。それをきちんと実行する人がたくさんいればいるほど、「本当の弱者」を助けることができるのです。「自分でやる」というのを、家族でも企業でも社会でも、大原則にしなければなりません。自分の力を高めること。これに尽きます。


長期的には今後の社会保障の在り方の選択肢を国民に示すべきです。福祉を最低限に抑えるならば小さな政府で、消費税もそんなに上げる必要はありません。逆に手厚くするなら、消費税の大幅アップもやむなしとなります。私は小さな政府がいいと思いますが、最終的には国民が決めることです。


政治もビジネスも同じで、本人の資質はもちろんですが、その資質をさらに伸ばすためのエリート教育は非常に大切です。日本はそういう面が弱くて、金太郎飴のような均質な人材を生み出しがちですから、早急に改めないといけません。


面白いことに政治のリーダーはある日、突然、降ってくるんです。つまり、資質も大切なのですが、それ以上に舞台によってつくられるんです。最近の大宰相といえば、小泉さんと中曽根さんの名前があがりますが、お二人が総理になられたとき、あれだけの名総理になるとは誰もが予想しませんでした。中曽根さんは「風見鶏」、小泉さんは「変人」ですから、むしろ批判され玩具にされていました。そういう意味では、リーダーになる人を予測するのは難しいといえます。


理想的な政治リーダーには3つの力が必要です。

  1. 自分の目で将来を洞察する力。いまの政治家には自分の目で見ず、自分の頭で考えず、誰かの話を聞いて、それをさも自分の意見のようにしてしまう人が多すぎます。
  2. 自分の言葉で利害関係者を説得できる力。そのためには魅力的かつ説得力のある話し方ができなければなりません。
  3. 最後が組織にインセンティブを与え、動かす力です。

流れを変えるために、真っ先に政治がやるべきは、国民の将来に対する期待感を明るいものに変えることです。いまは期待が暗いから、国民はお金を使わない、企業は設備投資をしない。だから経済がパッとしないのです。方法は簡単です。強い政治のリーダーが出てきて「いまは辛いけど頑張ろう。痛みを乗り越えてやるべき改革はやろう。そうすればこんな希望が出てくる」とやればいいのです。


「お前が言うなら、死ぬまでついていく」と決断を下すことができるのが本当のチーム。


チームやパートナーは大切です。パナソニック、ソニー、ホンダの創業期の共通点は相棒がいることです。ソニーに盛田昭夫、井深大あり。松下幸之助には井植歳男という名番頭がいました。技術屋の本田宗一郎は名参謀、藤澤武夫に経営を任せました。また、シリコンバレーではパートナーとともに起業している人が多いのです。


私は田舎の商店街の生まれ育ちだから、もとより失うものもありません。


嫌な思いをするたびに、小伝馬町の小さな公園に行っていました。そこは江戸時代に牢獄があった場所で、安政の大獄で処刑された吉田松陰の辞世の句が石碑に刻まれています。「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」。たとえ、武蔵の地で朽ちようとも、この国を思う心は留めおくぞという気概に溢れています。昔は改革をしようとすると亡き者にされてしまったのです。今はどんな悪口を言われても、殺される事はありません。「なんと有難い時代ではないか」と決心がつきました。


年齢や人生の節目とともにスイッチの切り替えが必要です。企業にしても収益を大きくする上で、売上げの最大化と費用の最小化はどちらも大切です。それでも、時機に応じてどちらに重点を置くかスイッチングする必要があります。


残業は目の前のことに取り組んでいるから、その瞬間は充実感があります。しかし、長期的に考えてみると、もっと別にすべきことがあるかもしれません。


夢をどんなに語っても足元の細かいことをきっちりとやらなくてはならない。細かい部分と大きな夢との整合性をどのようにとっていくというのがおそらく経営者として一番問われるところだと思います。


私自身、あれだけ強力な総理大臣(小泉純一郎)について5年5ヶ月かけても、世の中はそんな簡単に変わらないと感じました。結局は、一人ひとりが努力して、小さな成功事例をいっぱい作っていくしかありません。


政治の世界で正しいことが理解されない経験がありました。それを突破するためには、何が事実かということよりもどう思われているかが重要だと考えるようにして、あるときは真摯に、あるときは巧みに相手を説き伏せていくということが大事だと考えています。


ポピュリズムとは、政治家が「皆の言う事を聞いてあげますよ」という政治。健全な民主主義とは、リーダーが「皆辛いかもしれないけどこうしよう。そうすれば日本がこう変化できる」という政治。


手を打たなければならないなら、追い詰められてから慌てるよりも前もって準備して手を打った方が良い。対策が遅れれば遅れるほど、それを是正するためのコストは多く掛かる。


既存のものに新しいものを持ち込もうとしたとき、必ず反対意見が出ますが、ある時は説得して、ある時は権力をもって反対派を抑える。そして組織を進化させていく。それがまさにイノベーションのプロセス。


私の尊敬する経済人の言葉で「夢見ながら、耕す人になれ」というものがあります。とても大きな夢や理想を持つのは大事だけれども、目の前のものをしっかり見なければいけません。これが経営の重要なポイントです。


経営もストーリーが重要。「この会社はどんな会社でこの商品を買うことで自分はこんな意義を見出している」というストーリーが得られる。ストーリーをいかに可視化するかが今の経営のポイント。


大成する人はものすごく聞き上手。彼らは人と話始めた時に相手にはどの程度の知識があり、価値体験を持っているかを探り、それに合わせて発言しています。


良い経営者は皆、共通して話し上手です。自分が良いことを考えているだけではなく、周りの人を説得しなければいけません。


リーダーには3つの条件が必要です。1つ目は自分の頭で世界や日本の将来を見通せること。2つ目にリーダーは周りの人に語って聞かせなければいけません。3つ目は組織を作ることです。


コロンビア大学のインドから来た留学生がフォーチュン500の経営者・CEO全員にアンケート調査を行いました。「あなたが大会社のトップになれたのはなぜだと思いますか」という質問をしたところ、一番多かった回答は、「自分のやりたいことを仕事にしたからだ」という答えだったそうです。


これから私たちに問われるのは、人としての基礎力でしょう。では、どうすれば基礎力を鍛えられるのか。残念ながら、哲学書を読んでも答えは書いてありません。大切なのは、その先です。本を読むだけでなく、それをきっかけに自分の頭で考えるのです。日本のエリートは、記憶力勝負の、答えのある問題には強いですが、それでは地頭は良くならず、答えのない問題に対応できません。


日本には目の前の小さな権益に固執して、大きな利益を逃すケースが随所に見られます。しかし、裏を返せば、そうしたところは既得権益によって成長が抑え込まれているということ。中期で見れば、そうした業界のほうがチャンスは大きいと言えるかもしれません。


同じ言葉であっても、聞く人や時代によって受け取り方が異なる。また、同じ人であっても年齢や置かれた状況によっても感じ方は違ってくる。つまり、心に響く言葉というものは、人や時代によってさまざまなのです。


リーダーが想いを語ることは大切です。私の好きな徒然草の一節にも「何かを成し遂げようと思ったら、そのことを胸に秘めないで口に出して話した方がいい」とあります。いつか成就してから言おうと思っていたらできません。やはり先に夢を語るほうがいい意味でのプレッシャーを受けるし、周りも応援してくれます。


私の最初のキャリアは政府系の銀行でした。そこで多くの企業の審査をして、1つだけ学んだことがあります。それは、いい企業というのは社長から末端の従業員まで同じことを言う。同じ問題意識を持っており、コミュニケーションが図られています。


日本が急激な変化が不得意だと言われていますが、実際は逆で急激にしか変われない。明治維新もそうでした。明治維新は世界に誇るショック・セラピーで、日本はショック療法の国なのです。


勉強には天井のあるものと天井のないものがある。試験は天井がある勉強です。ある範囲内を覚えれば合格点が取れます。しかし、社会にでたら甘くない。全て天井がないわけです。どこまで行っても青天井。私も長年経済学者をしておりますが、経済の問題はいつまで勉強しても極められないものです。


野球の野村克也元監督と対談して本を出版した際に聞いた話ですが、野村さんは「当時9連覇した巨人の川上(哲治)監督はミーティングで一体どんな話をしているのか」を調べたそうです。そこで分かったのは、川上さんが野球の技術の話は全くせずに、野球とどう向き合うかという姿勢についてばかり話していたということです。大事なのは姿勢、つまりプレイヤーの意識だと思います。


先日、国内マーケットか海外マーケットのどちらを重視するか社内で議論している企業の役員会に呼ばれ、講演をする機会がありました。そこで、私はシンプルな質問をしました。「あなたの会社は、トヨタになりたいですか。NTTになりたいですか」と聞きました。日本には国内では大変な存在感を持っているのに、国外に出たとたんに競争力を持っていない組織が多い。


私の本職は経済学者で、政治に興味があったわけではありません。小泉さんというしがらみを持たない特別な総理大臣が登場し「一緒に戦ってくれ」と直に請われた。それで「逃げてはいけない」と一時的に政治の世界に入ったのです。政治生命を考えず「いつ辞めてもいい覚悟で改革をしよう、この特別な総理大臣がいる間にできることをやろう」と考えていたからこそ、思い切った改革に乗り出せたのだと思います。


センターピンを倒すことが大切。ボウリングはセンターピンを倒しストライクを獲ります。ストライクがダメでもセンターピンが倒れれば、多くのピンが倒れる。しかしセンターピンを倒せないと、ピンはほとんど倒れません。政策も同じです。


14世紀イタリアで黒死病が流行した時、人口の約2割が亡くなるのですが、それでも生活水準は上がるのです。その理由は簡単で、痩せた土地を捨てて肥えた土地に集約する、比較優位の考えに立ったからです。つまり、無駄な部分を捨てて、人口が足りないだから競争力があるところに集約するのです。そうすることで生活水準が上がってルネサンスが起こったといわれています。日本もまさに今人口が減っているのだから、無駄な部分を捨てなければなりません。悪い会社は潰すべきです。


私の勤めている慶應義塾大学ももちろん初めからブランドというわけではありませんでした。福沢諭吉は当時物凄く批判されました。中でも彼が一番批判されたのが、日本で初めて授業料を取ったことです。「学問で商売をするのか」という批判に対し、彼は「学問だからこそ独立していかなければならない。だから授業料をとるのは学問を守ることになるのだ」と主張しました。


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