竹中宣雄の名言 一覧

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竹中宣雄のプロフィール

竹中宣雄、たけなか・のぶお。日本の経営者。ミサワホーム社長。和歌山県出身。法政大学社会学部卒業後、ミサワホームに入社。主に営業畑を歩む。庄内ミサワホーム(のちの東北ミサワホーム)取締役店長、代表取締役店長、ミサワホーム青森(のちの東北ミサワホーム)代表取締役店長、常務、専務、ミサワホーム営業企画部長、取締役、千葉ミサワホーム・ミサワホーム茨城(ともにのちのミサワホーム東関東)社長、ミサワホーム東京社長。ミサワホールディングス執行役員、などを経てミサワホーム社長に就任。

プレッシャーも必要です。人はプレッシャーを感じているときにしか成長をしませんから。


本人の自覚も大切ですが、自覚を促す社風も大切です。つねに「ほんのわずかな違い」を埋める努力をみんながするような社風をつくれるか。そこが、人が育つ会社になるかどうかの分かれ目ですね。


聞く力が重要です。人の話を聞くのは意外と大変ですよね。しかし、人間はじっくりと話を聞いてくれた人のことを信頼するものなのです。聞く能力が高い人は、お客様の信頼を獲得しやすいと思います。


ミサワホームは創立当初から、3歩も4歩も時代の先をいく企業でした。3歩、4歩は大げさかもしれませんが、つねに1歩か2歩は時代の先を歩いていたい。現在も、南極の昭和基地の最新の建物である「自然エネルギー棟」の建設を請け負って、新たな技術的バックボーンを磨いているところです。新しいものにチャレンジするミサワホームのDNAを眠らせることなく、新しい商品を育てていきたいと思っているのです。


長く安定的にお使いいただける住宅を建て、それを正しくリフォームしていただく。建てたらお終いではなく、建てたあともリフォームを通して何十年もおつき合いいただく。そのなかから収益は十分に上がってくると考えています。


大量生産大量消費の時代は、たしかに早く壊れたほうが企業には都合がよかったかもしれません。しかし、すでに日本は成熟社会です。どのような社会資本を形成していくことがサステナブル(持続可能)なのかを考えなくてはならない社会になったのです。もはや、スクラップ&ビルドを繰り返す時代ではなくなったことは明らかだと思います。


どうすればお客様を守れるかを技術的な面からさまざまに工夫している最中です。私も津波の被害に遭われた地域をみにいきましたが、建物が完全に流されてしまった地域でも基礎はしっかりと残っていました。つまり、基礎から下は確実に安全なわけですから、今後は地下シェルターも視野に入れて技術開発をしていく必要があると考えています。


常に改良し続けることは、お客様のためには違いないのですが、実は作り手である自分たちのためでもあるのです。住宅販売もそうですが売り手が飽きると、商品の魅力を十分に伝えられなくなる。お客様に感動を与え続けるためには、自らを刺激する戦略も必要なのだと思います。


住宅メーカーの仕事の醍醐味は、お客様から感謝の言葉をいただくことに尽きます。私が社長に就任したとき、40年も前に私が長野で担当したお客様がお祝いに駆けつけてくださった。40年も経っているんですよ。こんなうれしい気持ちを味わえる仕事は、ほかにはないと思いましたね。


お客様の信頼を得るには、当たり前に聞こえると思いますが、お客様との約束を確実に守ることです。なぜなら、注文住宅というものは、お客様と商談させていただいている間は形がないものだからです。お客様と我々のあいだには図面しかないわけです。たとえタオル掛け一本でも、お約束したものと違ったものを取りつけてしまえば、「こんなはずじゃなかった」ということになって、お客様との信頼関係がそこから崩れてしまう。ですから細部まできっちりと踏み込んだ商談をし、しかもお約束したことを確実に守らなくてはならない。基本的なことですが、これがものすごく大切なことなのです。


私も失敗をたくさんやっています。初めて20棟ぐらいの団地を任されたときのことですが、上司から損益の積算をやれと命じられたのです。これが見事に間違っていまして、全棟売り切ったときに利益がゼロになってしまったのです。会社に損をさせたに等しいのですが、なんと、上司からはこの件についてひと言も叱られませんでした。こういうことがあると、なんとかして会社に恩返しがしたいという気持ちになり、なるべく早くしたいと思うものです。


人を育てる社風という意味では、失敗に寛容なことが大きいと思いますね。弊社には大きな失敗をした人にも、再びチャレンジをさせるという伝統があります。もう、敗者復活戦、大有りです。幹部のなかには、敗者復活戦で勝ち上がってきた人が大勢いますからね。


私は若い社員を相手に話をする機会があると、必ずプロ野球の3割打者の話をします。ご承知のように、プロ野球選手は4月の頭から10月の初旬までの約6カ月間、月曜日と金曜日以外はずっと試合をやり続けます。一回の試合で打席に立つチャンスは4回から5回。このうちの3割ヒットを打てば、一流のバッターだといわれます。2割8分だと凡庸な選手。2割7分9厘だと、ちょっと身分の保証はできないよと。これが、プロ野球の世界です。


大切なのは若手に成功体験を積ませることそのものではありません。若い人に成功体験を積ませるためには、当然、先輩社員の手助けが必要です。その、手助けしてくれた先輩の、どこを見るかが重要なのです。ただたんに、「手助けをしくれてありがとうございます」で終わってしまっては、本人の成長にはつながりません。どのポイントをどのように手助けされたかをしっかり見届けることが、成長につながるのです。手助けをされたポイントこそ「仕事のコツ」そのものだからです。


適度なプレッシャーをかけることも大切ですが、早い段階で成功体験を積ませてあげることが一番だと私は思っています。英語でアーリー・スモール・サクセスといいますが、研修を終えて職場に配属されたとき、小さなことでいいから、実務のうえでなるべく早く成功体験をさせてやる。しかも、ある程度の感覚で継続的に経験させてやることが、若い人の成長にとって一番の薬になると思います。


いまの若い人は本当にダメなのでしょうか。私自身、ミサワホームに入社して最初のお正月を迎えるとき先輩に声をかけられましてね、「おい竹中、正月はどうするんだ」「はい、明日から実家に帰ります」「そうか、正月休みが終わったら、ちゃんと会社に戻ってきてくれよ」と。先輩社員からみれば、若手はみんな頼りなくみえるのです。これはいつの時代も変わらないことだと思います。


一流と呼ばれる3割打者と、2割8分で終わってしまう平凡な選手が1カ月間に打つヒットの本数は、何本くらい違うと思いますか。たったの2本しか違わないのです。つまり、2週間に1本余計に打つか打たないかで、一流とそれ以外に評価が分かれてしまうわけです。私は住宅メーカーの営業マンに限らず、ビジネスマンの評価というものはこれとまったく同じだと思うのです。評価が分かれるポイントは「ほんのわずかな違い」でしかない。そのことを明確に意識して、わずか2本の差を埋めようと努力するかどうか。それだけで、一流のビジネスマンになれるかどうかが決まってしまうわけです。


交通事故で大けがをしたとき、特に気になったのが街中などの段差です。退院して会社に戻ると、青森にバリアフリーの住宅展示場をつくりました。要介護者や身体障害者でも生活しやすく、車いすで見てまわれる展示場です。レール伝いに浴槽に入れたり、住宅用エレベーターを付けたりした住宅は当時としては非常に珍しく、ニュースでも報じられました。


交通事故に遭い、8カ月間入院しました。この経験で我慢強くなり、小さなことには動じなくなりました。しばらく体が不自由で、これまでの生活がいかに恵まれていたかにも気づかされました。


リーダーを軸に3人でお客様に対応するチーム営業を始めました。当時の住宅販売は、営業マンが個人でお客様を囲い込むことが多かった。もちろん情報も独占します。これでは個人の力量に頼りきることになり、組織の力を生かせません。チーム営業は情報を共有し、みんなで知恵を出し合います。顧客情報のブラックボックス化がなくなり、組織での対応ができるようになりました。


ある日、私が出社すると、部下が取っ組み合いのケンカをしていました。私のやり方を理解した部下と、反発する部下がぶつかったのです。「何で所長の言ってることがわからないんだ」。部下の怒鳴り声を聞いて「理解させられなかったおれも悪い」と心の中で反省したものです。


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