窪田良の名言 一覧

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窪田良のプロフィール

窪田良、くぼた・りょう。日本人経営者、眼科医。創薬ベンチャー「アキュセラ」創業者。兵庫県出身。慶應義塾大学医学部を卒業。慶應義塾大学大学院で博士号を取得。眼科専門医として虎の門病院などで手術を行う。その後ワシントン大学助教授を務めたのち、バイオベンチャーのアキュセラをアメリカで創業。「失明をなくす」ことを旗印に様々な眼科治療薬を開発した。

イノベーションはみんなの知恵を出し合って生まれるもの。


危機的な状況は平常心で乗り越えるしかないと思っています。危機だと認識すればパフォーマンスが落ちてしまう。


失敗の良し悪しは、その後の行動によって変わる。なぜ失敗したのかしっかり検証すれば、後に役に立つ良い失敗となるでしょう。


みなさん、目が見えることは当たり前だと思われているでしょう。しかし、本当は有難いことなのです。


一人では自分の能力の限界が会社の限界になってしまう。私は社員と一緒に会社を成長させていきたい。


運は待っていたら手に入るものではありません。努力を重ねて掴みにいくもの。


安定は努力してこそ手に入る。私はよく「動的な安定」と呼んでいますが、自転車のように動き続けるから安定して進むことができる。


現状維持は甘えです。世界は進んでいますから、安定していると思って何もしなくなった人は沈んでしまいます。


私は夢までのプロセスも楽しんでいます。もちろん達成しようと努力をしていますが、できなくても満足してこの世を去れるでしょうね。


違和感を持ったり、苦しいと思う経験を乗り越えたとき、人間は一番成長する。


簡単に達成できたら、喜びなんて無い。


苦労が目の前に訪れたら、大事を成し遂げる前兆だと感じますね。むしろワクワク感の方が強い。


今や、たった一人の発想から始まった事業でも、仲間やお金を集めて、挑戦しやすい環境が整ってきた。面白い時代ですよ。


とりあえず行動を起こしてみてほしい。限りある人生の中で行動しないのはもったいないと思います。行動を起こせば様々な発見や感動、ひらめきが見つかって人生が豊かになるでしょう。


日本人は自分に厳しすぎるのかもしれません。あるいは自分に自信がない。厳しさも必要なことではありますが、他人と比べすぎずに自分のペースでいい。


みんなが私のように考えなくてもいいのです。私は淡々と前に進む。でも慎重派の社員も必要です。組織のバランスが整っていることが大事だと思っています。


一眼科医として患者さんと向き合っているとき、治せない病気があることを悔しく思い、研究者としての道を歩み始めました。


ベンチャー企業は大企業と同じことをしていても、組織力や資金力で敵うはずがありません。それに、99%は失敗に終わるようなハイリスクなことを手がけない限り、イノベーションは生まれないし、存在意義もないでしょう。


確かに未練は残りますが、何かを捨てないと新しいモノを手にすることはできないと思います。特にベンチャー経営では、こだわることが必ずしもプラスにはならない。


過去に様々な研究者を見てきましたが、仮説自体が間違っているというより、自身の仮説を信じることができないために諦めてしまう場合が少なくありません。


当社で働く研究者たちは16カ国から集まっています。育った環境や受けた教育が異なるので、会議をしても本当にビックリするようなアイデアが出てきます。これは実に大きな武器ですよ。


慶応義塾大学病院を辞めてワシントン大学に赴任した時も、アキュセラを創業した時も、周囲の友人には「無謀だ」と止められました。ただ、私には世界から失明をなくしたいという夢があります。その夢の最短距離に起業があると思えば、経営経験の有無などほとんど意識しませんでした。


成功に至るカギはほかにもありましたが、優れた仮説を構築できたことが2年で新規化合物を見つけられた要因です。


異なる知識や経験を組み合わせることで、思考の幅が広がり、仮説の精度が上がる。新しいコンセプトはそれまでの知識や経験の延長にしか生まれません。ただ、インプットしたモノを組み合わせて止揚しないと、イノベーションは生まれないと思います。


優れた仮説を構築できるようになるにはクロストレーニングが効果的でしょう。全く別の分野に挑戦することで、本業のブレークスルーを呼び起こすという思考法で、私自身はクロストレーニングを常に意識してきました。


イノベーションを起こすうえで重要なのは、どれだけ本質的な問いを立てることができるかです。すなわち、正しい解き方より正しい疑問。当初の問題設定がズレていれば、どれだけ努力しても成果は得られません。逆に、自らの仮説に蓋然性があると思うのであれば、諦めずに続けることです。


実は、創業当初のビジネスモデルは3年で破綻しました。最初は網膜神経細胞を長期的に存命させる技術を使って、大手製薬会社の創薬支援ビジネスを手がけようと思っていました。ところが、3年間必死に頑張りましたが、製薬会社に高いフィー(料金)を払っていただくビジネスには、とてもじゃないがなりそうもなかった。続けるか否か――。もう、必死に考えました。そして、原点に立ち返りました。私がなぜ起業したのか。それを改めて問い直したんです。私が起業したのは失明に至る病をなくしたいと考えたため。別に経営者になってカネを稼ぎたいわけではない。それを再確認した私は3年間で蓄積した技術とノウハウをいったん捨てました。もちろん、独自技術に対する思い入れはありましたよ。ただ、それにこだわっても、その先に未来がないことは分かっていた。


シアトルでは例えば、地元の経営者が起業家候補の相談に乗る「コーヒーミーティング」という会があり、経営に関する様々な悩みを打ち明けることができます。創業時、会社の登記費用を準備できなかった際も弁護士が出世払いで実務を引き受けてくれました。社会の理解と支援も起業家の裾野を広げるうえで重要だと思います。


創業後はずっと会議室がなかったので、オフィスのそばのコーヒーショップでよく打ち合わせをしていました。すると、いつも遅くまでワイワイガヤガヤやっていたからでしょうか。ある時、店主が「君たちは何をしているのか」と聞いてきました。そこで、失明を防ぐ治療薬を開発していると説明すると、すごく感激してくれて、その日のコーヒー代をまけてくれました。たった1回のコーヒー代にすぎません。ですが、このような社会の温かい目は、ともすれば壁に突き当たってくじけそうになっているベンチャー企業にとって、大きな心の支えになります。


日本が真にイノベーティブな社会を目指すのであれば、人材の多様性を進め、異質なモノを許容する社会を作ることが必要です。これは、移民を入れろという単純な話をしているのではありません。海外で幼少期を過ごしたり、大学で留学したり、異質な文化に触れた人が増えるだけでも変わります。日本が米国に劣るとは考えていませんが、起業家という目線で見ると、留学や移住などで世界中から人材が集まる米国の方がイノベーションに向いています。


加齢黄斑変性を飲み薬で治すというアプローチは過去になく、難易度が極めて高いチャレンジです。それを実現するには、全く新しい仮説を構築しなければなりません。その際にカギを握るのは組織の多様性です。思いもよらない発想はバックボーンが異なる人同士が議論を戦わせることで生み出されるものだからです。


渡米する前は日本で暮らしていましたから、帰国して創業するという選択肢もあったかもしれません。ただ、ベンチャー経営ということを考えると、そのままシアトルで起業する方がいいと思いました。やはり米国の方が研究者の多様性に富んでいたということが大きいですね。「多様性と薬剤開発に何の関係があるのか」と思うかもしれませんが、新薬開発のように未知のモノを見つける時には人材の多様性が不可欠です。


私は失明をなくしたい。もちろん、医者として患者さんの治療に当たる日々は充実していましたが、医者としてできることには限界がある。ならば、自分で治療法を見つけようと思ったんです。


創薬ベンチャーを設立したのは目に対する興味からです。私は子供の頃から目が大好きで、小さい頃は小動物を捕まえては目ばかりを見ていました。学生の頃には役者や宇宙飛行士など別の道を志したこともありましたが、その間も目はずっと気になっていました。慶応義塾大学大学院医学研究科で網膜疾患に関わる遺伝子探索を始めましたが、それも目に関心があったため。眼科医になったのも、目が好きだからです。


もとから起業したいと思っていたわけではありません。治療する薬がない。そして誰もつくろうとしていませんでした。ならば私がつくるしかないと思い、起業に至ったのです。


はるか先の目標に向けて頑張り続けられるのは、ゴールを見て走っていないからかもしれません。今やるべきことをやるだけです。いわば、足元を見て走っている状態。後ろを振り返ってみたら案外進んでいたという感覚ですね。


社員が自分で責任を取れる範囲であえて任せることも必要でしょう。もしかしたら上手くいかないかもしれませんが、私だけではできないことが実現される可能性を摘みたくないのです。


ただの白線の上を歩くことはできますよね。でも同じ太さでも高層ビルの上に渡った鉄骨だと思うと、足がすくんでしまいます。このように、危機だと思うとパフォーマンスは下がるのです。


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