稲山嘉寛の名言 一覧

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稲山嘉寛のプロフィール

稲山嘉寛、いなやま・よしひろ。新日本製鉄社長・会長。第5代経団連会長。東京都出身。東京帝国大学経済学部商業学科卒業後、商工省に入省し官営の八幡製鉄所に配属される。八幡製鉄所副参事、民営化後日本製鉄販売第四課長、九州支部長、営業部次長、その他の役職を経て新日本製鉄の合併で中心的な役割を果たし、初代社長・会長となる。そのほか、日本ホッケー協会会長なども務めた経営者。

天才はついに努力に及ばない。


人間には、過去を振り返って、憧れや郷愁を感じて楽しむ人と、常に将来に向かって生きている人とがあると思う。私はどちらかというと、懐古趣味にほど遠い部類に属するようだ。私は過去はできるだけサッパリと彼方へ押しやろうと努めている。したがって、過去を振り返って記念としたり、郷愁を楽しんだりすることは元来、あまり好きな性格ではない。


私は小さいころから、牧太さんや章一さんの仕事を見ていて、先見の明というものは、時勢を得なければ結局失敗に終わるということを知らされた。実業の世界では、頭ばかりで先走っても駄目である。
【覚書き|牧太さん、章一さんとは稲山氏の伯父。ともに先進的な商売で失敗した】


恐るべきは人間の煩悩であり、男性の持つ権力に対する執念である。わずか一握りの権力者が抱く妄想も、一朝にして世界を修羅の巷と化せしむるに十分である。
【覚書き|第二次世界大戦直前の時期を振り返っての発言】


特殊な知識や技能で身を立てる人は別だが管理者の立場に立って、企業経営に参加しようとするならば、わずか大学時代の専門に自らを釘付けにしないで、社会へ出てから、理科系の人は法律や経営の常識を、また経済系の人は理科系の一般常識を身につける必要がある。


父から教わった遊びの第一条件は、男は大いに遊べ、だが自分で稼いだ金でだということだった。なるほど、そう言われてみると、父はときおりどこへも出かけず一日中、長火鉢の脇で海苔の缶などを枕にしてゴロゴロ寝ていたことがあった。そんなときはきっと父の軍資金が不如意のときであったらしい。決して無理な工面をしたり、あとで苦しむような遊びをしなかったようである。


己の分を知っている人は、人の信頼も得られ、社会の中で重くなっていく。不満な人は会社で絶対に伸びない。
【覚書き:経団連会長時に出世する人はどんな人かと問われての発言】


人を待たすときには、NOと言わなければならない人から会ってやれ。YESと言える相手はいくら待たしてもいいが、待たされた挙句NOと言われると、人間誰しも気分を害するからね。


競争によってのみ会社は発展してきたとみるのは間違いではなかろうか。競争というのはモノを生産するよりも、むしろ奪い合うものだと思う。奪い合った結果は、破壊に落ち着かざるを得ない。反対に協調すれば生産は増えていく。


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