石田礼助(石田禮助)の名言 一覧

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石田礼助(石田禮助)のプロフィール

石田礼助、石田禮助、いしだ・れいすけ。日本の経営者。三井物産社長、国鉄総裁。静岡県出身。東京高等商業学校(のちの一橋大学)卒業後、三井物産に入社。入社後、シアトル、ボンベイ、大連、カルカッタ、ニューヨーク支店長などを歴任。取締役、常務などを経て社長に就任。55歳で三井物産を退社し、産業設備営団顧問、交易営団総裁などを務めたのち太平洋戦争後の公職追放を受ける。その後、日本国有鉄道監査委員長を経て、国鉄総裁に就任した。自らヤング・ソルジャーと称して国鉄改革にあたった。

生来、粗にして野だが卑ではないつもりだ。丁寧な言葉を使おうと思っても、生まれつきでできない。無理に使うと、マンキー(山猿)が裃を着たような、おかしなことになる。無礼なことがあれば、よろしくお願いしたい。


俺はマンキー(山猿)だよ。マンキーが勲章さげた姿見られるか。見られやせんよ、キミ。
【覚書き|国鉄総裁在任中、勲一等叙勲を辞退したときの発言。】


一国の生活水準の高低は、運送力いかんにかかっている。


年間50億人という人命を預かる職は、金をもらってやるべきではない。公職は奉仕すべきもの、したがって総裁報酬は返上する。
【覚書き|社会奉仕として国鉄総裁を引き受けたため、給料返上を申し出たときの発言。実際は制度上の問題から完全にゼロにできず、就任当初は月10万円、のちに月に洋酒1本のみを給料として受け取った】


能力主義だとか言って人間の能力がやかましく言われているようだが、なんですねぇ、能力のある人間というのはやっぱり考える人間だと思う。味方として頼もしく、敵として怖いのは考えるやつですよ。


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