石毛郁治の名言 一覧

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石毛郁治のプロフィール

石毛郁治、いしげ・いくじ。日本の経営者、科学者。東洋高圧社長。東京高等工業学校(のちの東京工業大学)卒業後、三井鉱山を経て東洋高圧に入社。同社で尿素の工業化に取り組んだ。その後社長となり、肥料用尿素の大量生産に成功。三井化学と東洋高圧を合併させ三井東圧化学を発足させ相談役に就任した。

友人の多い人はいい。人生を豊かにし、生命を温めてくれる。それには、いつどこで会っても、「よお、どうした」という気軽さ、胆の太さが必要だ。


硫安同値の尿素をつくる、一応計算では成り立つのですが、出来上がってしまった今日ではなんとでも申せますものの、当時は私にも確信はありませんでした。しかし、このままでは自滅のほかないので、上手くいかなかったら私が腹を切るつもりで踏み切りました。
【覚書き|東洋高圧時代、北海道に硫酸の工場をつくったものの硫酸がつくれなくなり危機に陥ったときを振り返っての発言。このあと同社は、尿素の大量生産に成功した】


現場員になって第一に感じたことは人が多すぎるということでした。これは、だいぶ減らせると思いました。私はまず職工の名前を覚えることを心がけました。それから仕事をマスターするために工程ごとに彼らに加わって働いてみました。
【覚書き|三井鉱山九州炭鉱事務所に配属された当時を振り返っての発言】


硫安工業協会長時代に河野農相と渡り合ったので、世間では私をよっぽどの向こう見ずと思っておられる向きもあるようですが、それほどでもありません。友人たちは私を口が悪いと申しますが、こんな皮肉な世の中に住んでいるんですから、相手を怒らせない程度の毒舌ぐらい吐かなければ溜飲が下がらないじゃァありませんか。


三人で受け持ちの工程を一人抜いて私が入る。ちょっと工夫すれば二人でもできる。なるほどと連中が納得したところで、二人でやらせる。不平の連中は仕事から外して遊ばせておく。人数は減っても仕事が楽になるから、真面目な連中は喜んで協力する。
【覚書き:三井鉱山大牟田コークス製造工場の人員整理に取り掛かった時を振り返っての発言】


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