石橋信夫の名言 一覧

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石橋信夫のプロフィール

石橋信夫、いしばし・のぶお。日本の経営者。大和ハウスグループの創業者。奈良県立吉野林業学校卒業後、吉野中央木材に入社。取締役まで務めたのち、大和ハウス工業を設立。その後、同社を企業グループへと大きく成長させた。

フッと出てきたときに書いておかないと忘れていく。そんなもんやで。
【覚え書き|枕元やトイレにまでメモ帳を置いている理由について語った言葉】


どんなに売れる商品でも、3年後には墓場へやれ。


長たるものは決断が一番大事。


わかるやつにはわかるが、わからんやつにはわからん。
【覚書き|氏は直接的に部下に教えるのではなく、禅問答のような謎かけをして考えさせる教育を行った。上記は謎かけをしたあとによく言った言葉。】


事業を興すときは、何をしたら儲かるかではなく世の中のためになるかどうかで考えろ。


困難を解決するのが社長の仕事だ。


運の悪い人とつきあうと運がとられる。


天下の国鉄といえど、昔は駕籠(かご)かきだったではないか。今も日立から部品が入ってこなければ何もできない。日立だって社員40名からスタートしたと聞いている。どんな大きな会社も、小さな時代はあったではないか。
【覚書き|大和ハウス工業を創業したてのころ、国鉄にセールスに行ったときに「そんな小さな会社に天下の国鉄が発注できるか」と言われたときの発言】


人に嫌われるのが嫌な者は、経営者にはなるな。


私は経営を耳で学んだ。これこそ生きた経営学である。私は学問はないが「聞学(もんがく)」は習得した。これが何よりの武器なのである。
【覚書き|上記発言はたたき上げの創業社長の経験からの経営哲学を語ったもの】


ここまで大きくなったら社会の公器や。3万人の社員のうしろには家族がおるやろ。協力会社も、取引先もあるやろ。そんな大勢の人に迷惑をかけることは断じてできへん。だから、会社を頼むな。
【覚え書き|社員が3万人を超えたときに後継者に語った言葉】


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