真藤恒の名言 一覧

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真藤恒のプロフィール

真藤恒、しんとう・ひさし。NTT初代社長。工学博士。九州大学工学部卒業後、播磨造船に入社。その後、石川島播磨重工で常務・船舶事業部長、社長、相談役。その後、日本電電公社総裁に就任し、民営化でNTT初代社長になる。

反省し、直そうとするから改善があり、進歩がある。もし自分のやったことが正しいと思い込んだら、その人間の明日は来ない。


人間はだれでも人生における大きな転機がある。私の場合には、戦争でした。それと仕事を通じて知り合えた多くの人たち、なかでも土光敏夫さんとの巡り合いは私の人生を大きく変えました。戦争と土光さんとの出会いがなかったら、私の人生はいまとまったく異なるものだったでしょう。


造船屋時代にギリシャの船主であるオナシス氏(注:世界的海運王アリストテレス・オナシス)のパーティーで「シントー(真藤)、このパーティ用のヨットも古くなった。造船屋として一生に残るような船を作ってくれ」と言われた。「そんなものを作る気はありません。造船屋として経済発展に寄与する船をつくるのが天職だと思っています。金持ちの遊び道具は御免です」と私は答えた。同席した人は顔色を変えたが、オナシス氏は「わかった。シントーには建造を予定している大型タンカーを頼む」とその場で発注してくれました。オナシス氏はいろいろと言われていますが、優秀な経営者で、それ以来、死ぬまで付き合いました。


電電公社が民営化され日本電信電話(NTT)となったとき、公社時代から口酸っぱくして意識の変革を職員に言い続けた。私から見ればまだまだだが、民営化後のNTTの評判は概して良いようだ。この中で、私は次々と子会社を設立した。将来性はあるがリスクの高いものを、お客さんからいただいた料金でやってはいかんと思うし、そうかといってNTTが国鉄のようにならないためには、新しい分野へ挑戦しなければならないからだ。


初めて米国へ行った時、大変なショックを受けました。米国の生産性は、我が国より数倍も高いのです。当時、我が国の労働者より数倍の人件費を払っているにもかかわらず、製品はかえって安いという理由がわかりました。高い生産性の秘密は、大学卒の技術者が一般の労働者と一緒になって働いていることでした。生産現場の知恵というのは現場で手を汚し、汗を流して初めて本物になってくる。研究所でいくら優れた研究をやろうとしても、手を汚さなければだめです。


世界の巨人IBMと手を組めば飲み込まれると注意してくれる人もいる。しかし、それほどの相手だからこそ21世紀につながるような大きな仕事ができるはずだ。食うか食われるかの厳しい競争こそ企業を発展させる。日本が世界の中で生きていくためには、競争を続け、企業は未来分野へ進出していかなければならない。世の中のため仕事を作るのが、私の最後の使命だとさえ思っている。


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