盛田昭夫の名言 一覧

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盛田昭夫のプロフィール

盛田昭夫、もりた・あきお。日本の経営者。「ソニー」創業者の一人。愛知県出身。大阪帝国大学理学部物理学科卒業。太平洋戦争中、海軍技術中尉時代に戦時科学技術研究会で井深大と知り合う。井深大とともにソニーの前身である東京通信工業(東通工)を立ち上げた。以後、経営と営業でソニーの発展を支えた人物。

メーカーというものは、売ることまで責任を持つべきだ。


使うのは若い人だ。若い人たちがそれでいいというのだから、いいじゃないか。
【覚え書き|「ウォークマンという名称は英語的におかしいのでは?」と質問した社員に対しての言葉】


好奇心のない人間に用はない。


製造業やハイテク企業を、ビジネスだけでなくテクノロジーも熟知した人材が率いていかなくてはならない。


ソニーというのは生意気な人の個性を殺さない会社。


本質を見失ってはいけない。見失うと、いつでも改革という美名のもとに大切な本質が失われる。変えるべきは変え、変えないべきは変えない。


会社はお金を儲けるのを目的としているのだから、経理数字は会社の仕事を測るモノサシである。


人の心を打つためには、下を向いて原稿を読んではダメだ。


お祝いやお悔やみを伝えるときくらい、定型文を使わずに文章を自分で考えなさい。


アイデアの良い人は世の中にたくさんいるが、良いと思ったアイデアを実行する勇気のある人は少ない。


うちは絶対にレイオフしちゃいかん。利益が下がってもいいから、全員をキープしろ。その代わり、不景気の間を利用して社員教育を行う。
【覚書き|オイルショック時にサンディエゴ工場のマネージャーに言った言葉。クビを切らず、社員教育を徹底したおかげで、中核社員が育ち、社員のモラルとやる気が大きく向上した】


自分を開発し、発展していくためには、他人と同じ考え、同じ行動をしてはいけない。


人は誰でも種々様々な能力を持っているものなのに、どんな優れた能力があるかを知らずにいる場合が多い。


商品を売り込む場合、まず商品知識をしっかりと身につけ、相手を隅々まで知り尽くして、初めて成功が約束される。


座っていてボタモチを待っていてはダメなので、自力を発揮してボタモチを取りに行く欲がないような人間に、用はない。


私は新入社員の入社式でいつも次のように言うことにしている。「君たち、ソニーに入ったことをもし後悔するようなことがあったら、すぐに会社を辞めたまえ。人生は一度しかないんだ」


ソニーに関係のあるすべての人に幸福になってもらうことが私の念願であるが、とりわけ社員の幸福は、私の最大関心事である。なんといっても社員は、一度しかない人生の一番輝かしい時期をソニーに委ねる人たちであるから、絶対に幸福になってもらいたい。


激しい業界の中で、ブランドイメージづくりは並大抵のことではできない。あらゆる機会に、できる限り努力を続けて、顧客の中に、多くの消費者の中に、ソニーファンづくりを努めてきた。広告の面でも、パブリシティ(広報)にも、またさまざまな企画の中にも、ソニーの歩みの中に貫いてきたスペシャリティ(専門性、特殊性)を活かすことに努めた。「専門メーカーとしてのソニー」「世界で最初の製品を作るソニー」「技術のソニー」。かくて、全世界にわたって、ソニー製品はハイクオリティ、ハイプライスの一流品であるというイメージの上に立つことができた。


SONYの社名をつくるにあたって決められた2つの重要な決定基準

  1. 文字数は少ないこと。文字数が少ないほど印象面から見て極めて有利である。しかも誰でも簡単に記憶に残してくれる。しかし、3文字はあまりにも多くの組み合わせが使われており、混同を生じてしまって好ましくない。4文字ないし5文字であること。
  2. 世界に進出する以上、どこの国でも同じ発音で読まれ、感じよく耳に響く名であること。

東通工(ソニーの前身である東京通信工業)は市販品を生産・販売する初期において、商法の鉄則ともいうべき、よい教訓を得、今日ソニーに脈々と流れる経営の基本ポリシーを打ち立てた。それは「自ら計画し、自ら生産した製品は、自らマーケットを作り、自らの販売計画によって販売すべきである」ということである。


そんなものがまだ生産されたこともなく、誰ひとりそれを見たこともないのに、どこかの一隅でこつこつと研究され、非常な苦心の末、製造された製品。その製品を商品としようとする場合には、その製品を手に入れたいという欲求を、人々の間に喚起させなければ、いかに優れた「製品」であっても「商品」にはなり得ない。


我々は敗戦にあったから、これは大変だと思って奮起した。やはり敗戦のような乱世に巡りあったチャンスというのは滅多にない。そういう意味で非常な試練を受けた。あのなかで激しいスクリーン(選別)にかけられ、そのチャンスに出てこん人間はもうとうに消えている。


会社は競争をしている。競争に勝つためには、やはり最小の努力で最大の効果を上げること、つまり、社員の一人一人が最も効果的に働くということが一番大事だ。世の中には、一生懸命に働いているのだが、効果があまり上がらない人もいる。私はそういう働き方はもったいないと思う。まじめに一生懸命働くことは大事なことだ。しかし、そうして働いても、効果があがらなかったら全然意味がない。


私たちが会社を始めたとき、うちの会社をどうしてやっていくべきか、教えてくれた人は全然いなかった。私たち一人一人が毎日毎日、我々の会社をどうやっていくか、必死になって考えてきた。いまも私たちに、この会社の今後はこうあるべきだ、こういうものを作りなさいと教えてくれる人は誰もいない。


狭い専門分野でとことんまで努力をしたならば、そこでは誰にも負けない実力がつけられるものだと、私たちは考えている。我々の得意の分野では誰にも負けないぞという自信が持てるものなのだ。


スポーツのオリンピックには、よく言われる有名な言葉がある。「オリンピックは参加することに意義がある。勝敗は二の次である」というクーベルタンの言葉だ。しかし、我々のビジネスのオリンピックでは、悠長なことは言っておれない。参加することだけでは意味はない。参加する以上は、そのオリンピックで勝たなければならない。


会社とはあくまで儲けるための団体である。血みどろの戦いの場である。楽しみ自体に目的を持たれてはたまったものではない。楽しみを追っかける小市民的な夢に安住している人間を、私はビジネスマン失格者と見なす。安閑としていては、会社の成長についていくことは難しい。口うるさいほどに言いたいのは、会社とは欲と二人連れの儲けるための団体である。この儲けの精神を忘れた時、すべてのサラリーマンは失格者として進歩から見放されるであろう。


社員の採用は、重大な買い物だと私は思っている。仮に、一人のサラリーマンが定年までに3000万円の給料をもらうとしよう。すると、会社にとって一人の社員を採用することは、当然3000万円の買い物をするということになる。高い買い物だ。こちらはちっとやそっとでは首を縦にふれない。だから、売り込むほう、つまり受験者も真剣になってもらわないと勝負にならない。ソニーを選ぶならそれなりの理由を持ってほしい。「景気がよさそうだ」「給料がいい」これではお話にならない。


私は、うちの会社は楽天主義者の集団だと自負している。たとえば、役員会なども、聞く人によったら掛け合い漫才をやっていると錯覚するかもしれないほどだ。それでこそ、競争に耐えうる神経が養われると、私は信じている。


あらゆる新製品の開発には、まず否定的なデータがふんぞり返っている。だが、かすかにポジティブな面が顔をのぞかせているはずだ。そこで否定的な面だけに気を奪われていたら、技術革新も何も生まれてくるはずがない。否定面をかなぐり捨て、わずかばかりの肯定面にしがみつくような人間でないと、いまの会社では通用しない。


新しい、いいと思ったことは実行する勇気が必要である。ソニーはアイデアがいいと言われるが、じつはアイデアはそれほどずば抜けて良くはないのである。アイデアのいい人は世の中にたくさんあるが、いいと思ったアイデアを実行する勇気のある人は少ない。我々はそれをガムシャラにやるだけである。


自分の能力を発揮できない職場、必ずしも「自分はこの職場でなくては」という強い希望を持ってその職場を選択したとは限らぬのに、いつまでもそこに腰を据えていることは、社会全体の不利益にもなるだろう。自分の欲するところに就職する機会を多く持てるような環境を作ることこそ、人材開発の大前提なのである。


私は、アメリカやヨーロッパで経営者連中を前に講演するとき、よく次のような話をする。「あなた方は、不景気になるとすぐレイオフをする。しかし景気がいい時は、あなたがたの判断で、工場や生産を拡大しようと思って人を雇うんでしょう。つまり、儲けようと思って人を雇う。それなのに、景気が悪くなるとお前はクビだという。いったい、経営者にそんな権利があるのだろうか。むしろ、経営者がその責任を負うべきであって、労働者をクビにして損害を回避しようとするのは勝手すぎるように思える」


私は経営においても基本原則というものをはっきり認識することが非常に重要だと考えている。それは理念とはやや次元の違う概念であるが、理念と同様に経営にとって極めて重要な要素だと思う。私はいままで、ずいぶん多くの意思決定を行ってきたが、いつの場合でも、基本原則に基づいてデシジョン(決定、決断)を行ってきた。例えば、東京通信工業からソニーへ社名を変えるときも、変えるなら世界的に通用する名前にしようということで、井深さんと二人で必死に考えたわけだが、できるだけ短くて、ローマ字で書いて世界中でどこへ行っても同じ発音で読まれ、しかも日本人にも読める名前という基本原則ができた。


もし、死ぬときに「俺は大事な人生を、あんなところでムダに過ごしてしまったな」と思ったとしたら、これほど不幸なことはない。やはり、「俺はソニーで働けて幸せだった」と思って死ぬようにしてあげることが、社員に対する最大の務めだと思う。


できることなら競争を避け、和気あいあいでいきたい気持ちは誰にでもある。しかし、自由経済の会社である以上、競争があり、競争するなら勝たねばならない。会社へ出てきた以上は、毎日が競争なのである。これをよく頭の中に叩き込むことが大切であろう。


他人がやるから自分もやるといったやり方は、現実の問題として極めて多くみられるケースである。これは、まず問題を己の問題としてプリミティブ(根源的)に考えてみようとしないところからきている。日本特有のメンツとか、対抗意識からくることもあるだろう。すべてを他人サイドからみて決めるのである。そのため、自分の現在ある本当の姿がわからないのである。


自由経済は、競争を前提とした社会機構である。競争が前提となる以上、やはり勝たねばならない。勝たなければ敗北者になるだけである。とすれば、経営者たるものは、自分の経営体を率いて競争に勝つということが使命であり、それ以外のなにものでもない。


名よりも実をあげることがビジネスだ。実業という文字の通り、とにかく実がなければならない。
他人がやるから自分もやる。マーケットの大きさを無視して、みんな同じようなことをやって叩き合いをやるから、利益がなくなってしまう。マーケット、それに利益というものをもっと考えなければいけないと思う。


いままでの日本経済は伸びる一方だった。しかも成長のテンポが予想以上に速かった。だが最近は事情が変わった。作ったから売れるという時代ではなくなった。売れるものを、売れるだけ作る。売れないものは、早く作るのをやめる。マーケットに従って生産をいかに上手くコントロールするかが、これからの大きな課題だと思う。


日本では社長もサラリーマンの一番上ということになっているから、社長にも定年あり、という会社さえある。アメリカでは定年はない。しかし、一年ごとに厳しくその能力を評価され、少しでも失敗があればたちまちクビになる。社長といえども決して神様ではなく、株主によって会社の運営がまずいと判断されればリコールされる。


日本企業は一見営利団体のようではあるが、中身は社会保障団体のような様相を呈している。なるべく評価を減らして、年功によってみんなが平等にというのだが、それは企業にとってみれば大変な悪平等だ。社会保障が企業と一体になっていると、働かなくても働いても同じものがもらえることになりがちである。とすれば、人間は次第に勤労意欲を失って怠惰になっていくだろう。


50年前には、あなたの会社のブランドも、いまのソニーと同様、誰ひとり知らなかったに違いない。我々は将来のために、いまや50年の第一歩を踏み出すのだ。50年後にはソニーもあなたの会社同様、必ず有名にしてみせる。
【覚書き|アメリカの有名な大メーカーから、ソニーのラジオをその大メーカー名で販売させてくれるなら10万台発注すると言われ断ったときの言葉】


東通工(ソニーの前身の東京通信工業)にとって大事なポリシーは「そうすべきであり、そうしなければならないと知ったこと」は、あらゆる努力のもとに、ただちに実行に移すこと。


腕のいい人はみんな独立するというけれど、それはとんでもないことで、独立した方がいい人は独立した方がいいし、会社の中で腕をふるえる人は、会社の中で腕をふるえばいい。会社という機構の中で腕を磨ける人だってたくさんいると思う。


競争が激しくなればなるほど、企業体の持つ力というものを最高度に発揮しなければならない。そのようなとき、アベレージ(平均)が大事だからといって組織を決めて、人間を平均値で見るということで、はたして企業体のマキシマム(最大限)の力が得られるかどうか。仕事ができる人には力のある仕事を与える。力の落ちた者には力の落ちた仕事を与える。そういうものに合わせていかないと、アウトプット(出力)はマキシマムに出てこない。


会社がいつも前進するためには、他人の踏んでいない道を進まなければならない。他人の踏んでいない道を進むためには、他人の教えをそのままやっていたのでは間に合わない。他人の教えを受けても、その上に自分の知恵を加えて、自分の道を切り拓かねばならない。自分の特徴を活かし、その特徴を毎日磨き、向上させる努力を続けなければならない。


「私はどういうことができるんだ」「どういうことが、人よりうまいんだ」「どういうことをしたら、人を追いぬけるか」ということを知らないと、競争には勝てない。人と人との競争でもそうだし、会社と会社との競争でも同じこと。社員の一人一人が、その得意の分野で最大限に能力を生かしてこそ、その会社が競争に勝ち抜けるのだ。


いつまでも勝ち抜くためには、我々の貴重な戦力を本当に得意な専門的なものに集中しなければならない。自分の得意なところで勝つ以外にないんだということを、よく知らねばならない。得意なことだけ一生懸命やることによってのみ、競争に勝てる。これは簡単明瞭な原則である。


会社というところは、一番簡単に言うと、潰れる可能性のある組織だということだ。入ったばかりのときから縁起でもないというかもしれないが、君が入った会社でも、いつ潰れるかわからないのだ。まさかと思うかもしれないが会社は潰れる可能性を例外なく持っている。もし君たちが、会社からもらう給料以上のことを会社のためにしなかったら、会社はだんだんやせ細ってついには潰れてしまうことになる。


荒っぽい積極性、いわゆる日本流の腹芸は、技術革新の時代では毒にこそなれ薬にはならない。積極性の中に、細心の配慮と繊細な精神が行き届いていなければ失敗は目に見えている。青白きインテリはもっと困る。さらに手におえないのは、大学卒という看板で世の中を渡れると思っている連中だ。


否定面にとらわれる人間にかぎって、失敗の理由を一生懸命数え上げたがる。いったん何かに失敗したら、いくら失敗の理由を並べ立ててもはじまらない。失敗すれば、誰が何と言っても敗者である。この種の人間には、私は声をかけないだろう。


会社はお金を儲けるのを目的としているのだから、経理数字は会社内の仕事を計るものさしである。だから社員は誰でも、その専門がなんであろうとも、経理データを理解する知識を持つべきである。そこで我が社でも、社内で各種の講座を持ち、専門外でしかも会社員として必要な教育をし始めている。


私は、日本人一人一人は優秀な国民だと信じているが、広い意味での適材適所に配置する自由度がなく、ただ何々大学出とか高校出、中学出というようなことで人間を評価し、本当の意味の実力が使われていないため、非常な無駄になっているのではないか。


自由経済の原則とは何か。それは、誰もがどんな商売でも自由にできるということである。誰でもできるということは、必ず競争が伴うということでもある。したがって、競争に負けた会社はつぶれざるを得ないから、是が非でも競争に勝たなければならない。


経営者たるものは、敵を良く知らなければならない。そのためには、自分の商売の一番武器になる専門知識を持っていなければならない。それがあってこそ、自分の事業の先を見通すことも可能なのである。ところが、いままで日本では、ただ人をうまくまとめる人がトップになるといった傾向が強かった。これからの経営者は、事務屋であっても技術的知識も兼ね備え、技術屋であれば経理の知識もあるという、両刀使いでなければ務まらないであろう。


勝つためにはどうしなければならないか。それには、敵を知り、己を知ることがまず第一。スポーツと同じで、勝とうと思えば、自分は何ができ、敵はどのくらいの力があるかを知らなければならない。要するに、自分には何ができるか、自分は何をやるのが一番得手なのか、自分のやっていることが上手くいっているかどうか、というように、己を知ることが肝心である。


日本の判断では、売上高の大きいのが偉いが、アメリカでは利益の大きいのが尊重される。いくら仕事の間口を広げ、それによって売上を伸ばしても、利益が増えなければ経営者の評価は上がらない。一株あたり利益(EPS)が最大の注目点だ。


日本人のマーケットというものに対する考え方にも問題があると思う。日本では、ひとつ何か新しい製品が出ると、我も我もと真似して出てくる。ある会社がラジオをやれば、みなラジオ。テープレコーダーをやれば、みなテープだ。他社がやって自分の社がやらないと、何か沽券にかかわるような気がするらしい。


日本の企業は間接部門(直接儲けを生み出さない総務、勤労、人事などの部署)にたくさんの人間を抱えている。これに対する給料支払いは相当の金額になる。それに給料の値上がりが全部かぶさってきたら大変なことになる。給料は上がる、間接人員は減らせないでは、外国の企業に太刀打ちできっこないと思う。


日本は「位」で会社が動き、アメリカでは「ポジション」で動くと言ってもよかろう。ポジションというのは、責任と権限の限界を示すもので、上のほうに行けばいくほど、当然大きな責任と権限があることになる。日本のように勤続何年になったから、その年功によって部長の席を与える、取締役にするということはありえない。


日本といえば、低賃金というのが国際的にも通り相場だが、もはや現在の国際経済は、低賃金では競争できない段階に達しているのである。いま必要なのは、なによりも生産性の向上である。言いかえれば、仕事の量である。


日本人は地位が高くなればなるほど働かなくなるとよく言われる。平社員から係長、課長、部長、取締役と位が上がっていくということは、だんだん神様に近づいていくんだ、という考え方だからである。神様に近づくのだから、次第に楽になるのは当たり前。会社にはゆっくり出てきてよろしい、秘書が持ってくるコーヒーをソファでゆっくり飲む、昼間からゴルフに行くというように、平社員のできないことが重役にできるのは神様に近づいたためである。日本は重役天国といわれるが、これが続く限りは外国との競争に打ち勝つことは難しいような気がする。


日本株の国際化に大きな役割を果たしたと思う。欧州市場にも上場して、ソニーを世界的基盤に立つ企業にしたい。
【覚書き:ソニーを日本企業で初めて、ニューヨーク証券取引所に上場させたときの言葉】


人は誰でも種々様々な能力を持っているものなのに、自分がどんなに優れた能力があるかを知らずにいる場合が多いと思う。どの世界でも、偉人というものはたいて、自分で自分の能力を発見し、育てていった人であろう。


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