百鬼丸(切り絵師)の名言 一覧

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百鬼丸(切り絵師)のプロフィール

百鬼丸、ひゃっきまる。日本の切り絵師。山梨県出身。東洋大学工学部建築学科卒業後、設計事務所勤務、モデル事務所マネージャー、陶芸家などを経て切り絵師になる。雑誌や小説の挿絵や表紙絵などを担当。主な受賞に新聞広告優秀賞、日本文芸クラブ大賞(美術部門)ほか。百鬼丸という名は手塚治虫の漫画『どろろ』の主人公からとっており、のちに手塚治虫本人から使用許可を得た。その縁で手塚治虫のアニメ『村正』のキャラクターデザインを担当した。

ぼくは誰かに笑ってもらうのが大好きだし、お客さんに話をしながら切り絵をつくるライブも、みんなに喜んでもらいたいという考えの延長線上にあると思います。


切り絵をあしらった手拭いを、江戸の物売りの格好をして売り歩いています。どこかに卸してもいいのですが、街にこういう人間が現れたら、見ている人は楽しいだろうし、ぼくも手拭いが売れればうれしい。みんなが喜ぶことをしたい。


ぼくは、ごく初期を除いてオリジナルの切り絵をつくったことがありませんでした。しかし、オリジナルをつくってみると、やはり絵の持つパワーが全然違います。それを見た人が喜んでくれるのを見て、「自分のためにつくれば、誰もがいいなと思ってくれる作品ができるんだ」と分かりました。


ぼくの仲間の元編集者からは「百鬼丸さん、もう還暦を過ぎたんだから好きなことをやれよ」と言われました。この言葉は今でも耳に残っています。


何も見ずに下絵を描いていたのですが、プロになって1年ほどたったころ、アカデミックな絵の勉強をしないといけないと思い、画材屋が主催するデッサン教室に通うようになりました。そこで初めて実物を見て描いたところ、とても上手く描けたんです。そこから画風が、漫画からリアルなものに変わりましたね。


子どものころになりたかったのはスポーツ選手で、小学校で野球、中学からはテニスをやりました。大学では体育会の硬式テニス部に入って、すぐ上手くなって1年生でナンバーワン。2年でスランプに陥り、3年でまた上手くなりました。それは、どうしたら上手くなるかという技法やコツを考えるようになったからです。そして、そうした思考はその後の仕事にも生きています。


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