白洲次郎の名言 一覧

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白洲次郎のプロフィール

白洲次郎、しらす じろう。日本の官僚、経営者。兵庫県出身。ケンブリッジ大学卒業。帰国後、英字新聞『ジャパン・アドバタイザー』記者を経てセール・フレイザー商会に勤務。太平洋戦争後、終戦連絡中央事務局参与としてGHQとの交渉に従事し、米国側から「従順ならざる唯一の日本人」と評された。その後、貿易庁長官、外務省顧問、東北電力会長などを務めた。

臭い物は蓋をしないで、いつか始末しなけりやならないんだから、外へ出したらいいんだ。


このごろのマスコミの論調をそのまま世論だとお思いめさるな。国民はそんなに軽率でもないし一方的でもありません。


どうしたらよくなるか、それを工夫してゆくよりしょうがないじゃないか。よくなるとかならんというよりも、よくするほかに途(みち)がないことを認識すべきだ。


熱意だよ。日本でも明治維新の時の政治家とか実業家は、熱意があったからあれだけの仕事が出来たんだね。


僕は政治家じゃないし、人に何言われても一向に平気なんだ。僕はそういう所、わりに旧式なのよ。自分の良心はきれいだと思ってるから、人が何言おうと平気なんだ。


現代をあんまり早く掴み過ぎた奴は、いつでも不幸になっちゃうんだ。ちょっとばかり早く掴んだ奴が、非常な成功児になるんだ。


目前の安易主義は、将来の禍いのもと。


日本人も日本も欠点だらけらしいが、人間も国家も完全ではあり得ない。米国もまたその例外ではなかろう。


反省のない人間など使いものになるとは思わない。


永続性のない様なことはせぬがよい、しても無駄だから。


弱い奴が強い奴に抑え付けられるのは世の常で致し方なしと諦めもするが、言うことだけは正しいことを堂々と言って欲しい。


長く大事に持っているものは人に貰ったものより自分自身の苦心の結晶に限る。


私はお互にもっと自分自身を反省すべきだと思う。私などこの自分の反省の不足に毎日々々悩んでいると正直に白状するが、ことさらに産業の経営者にはこの反省が必要だと思う。


6、7年かかってついた癖は、そう1年や2年でぬけるものではない。


個人間においても、国際間においても、本当の友情は腹を割り合った仲にのみ生れる。相手が好きそうなことばかり言って一時的に相手を喜ばして、してやったりと思っているなど浅はかな極みである。


どうも今の電気会社は、電灯をつけてる家庭が一番大事なのだという感覚が足りない。
【覚書き|東北電力会長に就任したときの発言】


お偉方諸氏もみんな一度は若かったのだ。昔の若かった時代のことを思い出して見て下さい。青年を扱うのに雅量と同情をもってして頂きたい。


このごろ、経済界で、合理化合理化と盛んに、云(い)ってるけど、今の経営者に非常に大事なことは、何よりも先ず心構えを変えることだ。


すべての物事で大事なのはその事自体より、それに掛かり合っている原則だということを忘れてはならない。


日本人は盛んに、現実を凝視せよ、なんて言うけどね、事実を事実と認めて黙って見てるんじゃいけないんだ。議論したければ議論すればいいんだ。


いま日本でいけないのはすぐ人の脚をひっぱることだね。これは大変な奴だと思うと脚をひっぱっちゃう。だから日本で何かのトップにゆく奴は、毒にも薬にもならない奴が大部分だよ。


どうも日本人というのは、これは日本の教育の欠陥なんだけど、物事を考える時に、物事の原則っていうことをちっとも考えないんだ。


日本の人の悪口というのはね、単なる悪口で僕はそういうの、とても嫌いなんだ。僕はよく人の悪口言うけど、お前、こういうことをやってるな、よくないぞ、こうやったほうがいいぞって、具体的に言うんだよ。日本の批評っていうのは、あいつの右足の靴のかかとの減り方が気に食わないって、しつこく食い下がるんだ。


日本の人はよく、ジイドはこう言った、ボオドレエルはこう言ったなんて言うけど、どうだっていいじゃないか、ジイドが何を言おうと。昔は盛んに、カントは、ゲエテは、と言ったもんだ。それじゃお前は何だって訊くと、何にも持ってないんだ。日本人のものの言い方は、もっと直接に、ダイレクトに言わなきゃいけないよ。そういう言いい方を習わなきゃいけないよ。


(規制緩和によって)外資がはいってきたら、こうなる、ああなるとビクビクせずにもっと自信をもったらどうか。自分の技術に、自分の経営にそんなに自信がないのなら、そんな連中は交代したらいい。


意見の云いたい人は堂々と個人の資格で云うべし。何とか団体とかいう名にかくれて、数をたのんで、さも全会員の意志を代表する様な顔をしてやるのはやめてもらいたい。


何でもかんでもひとつのことを固執しろというのではない。妥協もいいだろうし、また必要なことも往々ある。しかしプリンシプル(原理原則)のない妥協は妥協でなくて、一時しのぎのごまかしに過ぎないのだと考える。


プリンシプルは何と訳してよいか知らない。「原則」とでもいうのか。日本も、ますます国際社会の一員となり、我々もますます外国人との接触が多くなる。西洋人とつき合うには、すべての言動にプリンシプルがはっきりしていることは絶対に必要である。


この民主主義の世の中では財界人であろうが誰であろうが、みんな政治に対して発言権を持っている筈だ。政治に対して意見をいう権利があるのだ。意見を云って何が悪い。政治に干渉するのはけしからんと怒るのは、戦前軍部が統帥権に干渉したと怒ったのと少々は似ていないか。


人を攻撃するのはその人の前でやるがいい。鬼のいないまの洗濯でもあるまいし、もっと堂々と闘争はやってもらいたい。


経済人はもっともっと自己反省してみても悪くはなかろう。やれ補助金だ、やれ割当だと、こまってくるとすぐ政府になんとかしてくれと泣きつく乞食根性は、もうやめてもらいたいものだ。


政治に一人合点は最も危険でもある。


政治をやる人はもっともっと行政の対象の国民の立場になって考えてみるがいい。農民の生活の向上を叫びたい人は、農民の生活がどんなものかと体験してからにしてもらいたい。


新しい農耕法にしろ、施肥法にしろ、農作物の新種にしろ、現在、政府その他の機関でやっているような、やれパンフレットだ、やれ演説会だ、それ講習会だのといったことでは効果は大して期待出来ない。農民に普及せんとすることを実際に農村に出向いて、実際に2年なり3年なりやってみるがいい。それがほんとにいいことなら、必ず宣伝なんか全然不要で、どんどんそれを真似ていくことは請合いである。


おのれの好まざることを人に施すなかれと先祖代々教わってきた我々も、人の好まざることを人に施した挙句、人の好まざることはやっぱりおのれも好まざるものであったと気がついた。因果応報。何をかいわん。


個人関係においても、国際関係においても永続きする友情は、双方が腹を打ち開けて話すことである。そこに何等の遠慮もあってはならないと私は信じる。


私の言いたいのは眼の前に横たわるこの難局は容易なことで乗切れるものではないと言うことだ。どんな嫌なことでも、事実は事実として勇気を持って直視直面することだ。


私の知っている人々でも、皆がよい人だと褒め過ぎて悪口を言われない様な人々は、おしなべて馬鹿に限るようだ。オシャカ様やキリストの様な人物がおるのなら喜んで例外を認めるが。


井戸の中の蛙は大海を知らないという諺があったようだが、大事なことは、この蛙が大海を知る可能性がないにしても、井戸の中にいる自分を、井戸の外から眺められることさえ出来れば、用はいくらか足りるような気もする。昨年の終りにアメリカに行った時、その蛙の私が井戸の外に出たような気もしないことはなかった。


日本人は一般的に非常に何でも総括論的の筆法がお好きらしい。仙台の女は不美人なり、否(いな)仙台の女は美人なりと簡単に何字かで表現しないと承知しないらしい。戦争中の八紘一宇(はっこういちう)とか、東亜共栄圏とか一億一心とか、問題は少し違うが、物の考え方というか行き方というか知らないが、およそ複雑な事程簡単に片付けてしまいたいらしい。英語でいうGeneralizationという意味の日本語の適訳は知らないが、Generalizationはあまり智恵のある奴のすることとは思わない。


吾々の時代に、この馬鹿な戦争をして元も子も無くしてしまった現在、次の時代に来る人々のためには幾許(いくばく)でもこの負担を軽くして、少しでももっと明るい世の中にして次の時代に引継ぐ義務をも感じる。


国際感覚を国民に持たせるという問題だが、日本は北欧の人みたいに、地理的の条件に恵まれてないから、これを養成するにはやはり勉強するよりほかにしょうがない。意識的に、日本というものは、世界の国の一国であるということを考えるように教育することだ。昔の教育勅語のようにそれをしつこく頭に入れることだ。そういう方法で、ある程度出来る。


将来の日本が生きて行くに大切なことは、全部なら一番いいのだが、なるべく多くの人が、日本の国の行き方ということを、国際的に非常に鋭敏になって考えて行くことだ。今度は、自己中心の考え方をしたらいっぺんに潰されてしまう。


この頃やたらに日本の輸出産業の重要性を強調するにつれて、「戦争前にこうこういう商品は一年幾ら売り上げたからそこまでいかなくちゃならない」とか「これは大事な輸出産業だからシッカリやらなくちゃいかん」というような議論をさかんに聞く。僕はそういうふうには考えない。経済的にも地理的にも新しい国になったのであるからには、今の日本としてどういうものがこの国に適した輸出産業であるか、ということをここで考え直すのが大事な問題だと思う。


英国では会社の社長に給仕がお茶を持ってきたら、必ず「ありがとう」という。当り前のことだが気持が好い。日本でも子供に親がもっとこういうことを教えなければいけない。これがほんとうの民主教育というものだと、僕は思う。


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