田村哲夫の名言 一覧

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田村哲夫のプロフィール

田村哲夫、たむら・てつお。日本の教育者。東京出身。東京大学法学部卒業後、住友銀行に入行。その後、同行を退行し渋谷学園理事を経て理事長となる。学校法人渋谷教育学園理事長、渋谷教育学園幕張中・高校校長、東京医療保健大学理事長、麻布学園理事、青葉学園理事、日本私立中学校高等学校連合会会長、日本ユネスコ国内委員会会長、中央教育審議会委員などを務めた。

何でも制度を変えれば改革できるわけでない。現場が変わることも大切です。


うれしいのは各大学で当校の卒業生が存在感を発揮しているとよく耳にすることです。やはり「鉄は熱いうちに打て」。中学高校教育が変わっていけば、そこから進学した子供たちによって米国と同様、日本の大学も必ず変わっていく。ですからいまも現場からの変革に力を入れる毎日を送っています。


当校の創立の精神は「自調自考」です。「何でも自分で調べて自分で考える」。人生で最も多感な時期にこれを繰り返すと皆、おのずと自我に目覚め、自らの方向を見つけていきます。それがまさに個性を尊重した教育だと自負しています。おかげで、近年は毎年数人が海外の大学に進学する傾向が定着してくる一方で、日本で評価が高い大学への進学実績も随分上がってきました。


強調したいのは、米国が世界に誇れる大学を抱えるに至ったのは制度改革によってではなく、制度が変わり、やる気のある人を受け入れていったことで変わっていった点です。


米国は第1次大戦後に大学制度の抜本的な改革を行いました。膨大な数の移民が欧州から来た。民主主義とは、オバマ大統領も言っているように、「何にでもなれることを保証する制度」です。だから大学に進学したいという子が出てくれば行けるようにする必要があった。そこで、ラテン語を中心にエリートを対象に教育していたハーバード大学やエール大学なども巻き込んで、大学入試を高校までのカリキュラムに応じたものに大改革したのです。


米国の大学が世界で圧倒的な存在感を誇る背景には第1次大戦以降、世界が右往左往している時に大学制度の抜本改革に着手したことが大きい。これにより米国は先輩格の欧州を含め、世界がうらやむ今の体制を作り上げました。


冷戦構造が崩れて以降20年間、日本は成長が止まっています。どんどん内向きになり、その状況から脱せずにいる。理由は多々ありますが、考えるべき理由のひとつに依然として「個性」を重視しない教育があると思います。


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