田川博己の名言 一覧

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田川博己のプロフィール

田川博己、たがわ・ひろみ。日本の経営者。旅行会社「JTB」社長。東京都出身。慶應義塾大学商学部卒業後、日本交通公社(のちのJTB)に入社。営業企画部企画課長、海外旅行営業部次長、川崎支店長、JTB International,Inc.取締役企画部長、JTB International,Inc.役副社長、日本交通公社営業企画部長、取締役、社名変更後JTB常務、日本営業本部長、営業企画本部長、旅行事業本部長、専務などを経て社長に就任。

どの市場もそうですが、稲刈りの前に開墾し、田植えをしなければマーケットは育たない。


大量輸送、効率最優先の経営スタイルはもはや通用しないといっていい。


地元の人が意外に気づかないだけで、光を当てると「えっ、そんなことが商売になるんですか」ということがたくさんあるんです。


私はいつもいうんですが、旅行会社の仕事というのは、海に浮かんだ氷山のように見え得るのは全体の3~4割程度で、6~7割は海の中にあって目には見えません。水鳥のように毎日、足をかきながら進んでいる。それが地域開発であったり、観光斡旋の仕事であったりするわけです。


誰がやったことだろうが、どんな事情があろうが、トップは何があっても自分で腹を切るつもりがなければならないと思います。


リスクマネジメントの基本は、いかにリスクを察知して迅速に判断するかということです。


自分で決断できるのは決断すればいいのですが、1%でも不安があったら人に聞いた方がいいのです。リスクマネジメントは、勇気でも度胸でもありませんから100%の自信がなければやっちゃいけない。社長であっても不安だったら部下に相談すべきです。もちろん、最終責任はすべてトップにあります。


経営判断をするとき、ほとんどが不安です。だから企業経営者はチーム制が大切なんです。責任を取るのはトップですが、処理はチームでやる。そのためにもチーム制をしっかり構築するのです。


責任者が「できるかぎり穏便に済ませたい」というふうになると、職場の空気が淀みますし、社員が不幸になります。責任者の資質で一番大切なのは、率先して火中の栗を拾えるか否かです。拾えば拾った結果手も熱いし、やけどするかもしれない。しかし、命までは取られない。逆に、置いたままにしておくと、爆発して命を取られてしまうかもしれない。それを覚悟するだけの勇気があるかどうかということです。


経営者の仕事は様々なレベルのコミュニケーションを増やして情報を得て、それを社員や部下に伝達し、ビジネスとして現実化してゆくことだと思います。そのプロセスでは「伝える」「連絡する」ことが重要な意味を持ちます。


気づきがヒントになって新しい商品や企画が生まれ、メモ書きによってスキマ時間やオフタイムに浮かんだアイデアが呼び起こされます。人と話をしているときでも、私は必ずメモを取ります。日本人は人前でメモを取るのは相手に失礼だと思っている節がありますが、欧米の経営トップやビジネスマンは平気でメモを取っているのを見ると、「ああ大事なことを理解して書いてくれているんだな」と思うし、逆にメモを取らないと「大事なことなのに、なぜメモをとらないのだろう」と感じます。


旅行会社はとくに売るものがありません。無から有を生み出すのが私たちの仕事です。常にアンテナを高くして時代の空気や流れを感じ取らなければいけません。オンとオフを問わず、どこでも観察力と感性を磨くべきだと思っています。


休日に妻とデパートに行くときも、消費者の動きの宝庫だと、つい興味深く来店客を眺めてしまいます。先日もあるデパートの食品売り場を歩いていたとき、通路の幅がゆったりしていてベビーカーで子供連れの方が心地よく買い物をしていることに気づきました。翻って、JTBの店舗はどうか。ファミリー向けのツアーを企画しているのに、ベビーカーの導線が確保されているかどうかと気になって、すぐに店舗に確認を取りました。


いまは月に3、4日程度しか完全に休める日はありませんが、それでも旅行に出かけたりしてしっかり休暇を取ります。平日には若手社員と飲みに行ったり、異業種交流会に参加する時間などもスケジュール管理で確保しています。


スケジュールを管理して生み出した時間は、目先の仕事でなく、未来への投資の時間にあてます。たとえば用件の合間にタウンウォッチングをしたり、出張先では余裕をもってスケジュールを組み地元の商店街を見て歩いたりすることで、生の情報に触れることができます。これがもとになってアイデアが生まれたこともありました。


考える時間をつくるために、いつもやっているのは、先に自分でスケジュールにカギをかけてしまうことです。集中して考える時間を確保したいときには、スケジュールをブロックする旨をあらかじめ秘書に伝えておきます。たとえば、講演の一週間前は必ず準備時間を2時間ほどとって、そこに他の予定は絶対に入れないようにしています。


自分の時間を獲得するために時間管理をして「この時間はこれをやる」と決めておかないと、スケジュールがどんどん埋まってしまいます。取締役となり、より大きな組織を預かるようになったときから、時間管理がますます重要になってきました。


忙しくて情報収集をしたりものごとを考える暇がないと嘆く人もいますが、スケジュールの工夫次第で、時間をつくりだすことも難しくないはずです。


余裕を持ってスケジュールを組むやり方は、添乗員時代に学びました。旅行には、飛行機の遅延やお客様のご病気など突然のスケジュール変更がつきものです。これらの不測の事態にも、フリータイムなどバッファとなる時間帯を組み込んでおけば、対応しやすくなります。何事も起きなければその時間帯を情報収集にあてればいいのです。


スケジュールに余裕を持たせて、メモを取る=情報収集の時間をつくることも心がけています。宿泊プランの企画担当者のとき、私が回った旅館の数は全国で数百件。現地からトンボ帰りではつまらないので、空いた時間に商店街を歩いて情報収集できるように予定を組みました。いまでも出張時は予定を詰め込みすぎないように気を付けて、次の用事まで余裕があればタウンウォッチングをします。そこで集めた情報はメモに落とし込み、地域交流ビジネスの関連部署に渡すようにしています。


企画立案にメモは欠かせません。優れた企画とは、アイデアマンが才能によって生み出すものではなく、情報収集の過程で生まれるものです。ヒントとなる素材はどこにでも転がっていて、それらをいかにキャッチするかが勝負です。ただ、頭の中だけで情報を蓄積して整理するのは難しい。そこでメモが役立つわけです。


メモの習慣を身につけたのは、入社3年目です。本社の国内旅行部で宿泊プランなどの商品作りを担当し、品質を維持したまま安く泊まれる「旅路クーポン」という商品を企画しました。ただ、広告代理店が持ってきたコピーがピンと来ないのです。結局自分でコピーを考えることにしました。そのとき参考にしたのが電車の中吊り広告です。中吊り広告はインパクトのあるコピーの宝庫です。ところが、通常は2日で入れ替わってしまいます。ですから、面白いと感じた言い回しや表現があると、電車を降りてすぐにメモをするようになりました。


仕事を部下に任せる勇気があれば、時間はいくらでも生まれます。それが私の実践する時間管理術の基本です。専務時代、営業企画本部長を務めたときもそうでした。もう一人の担当役員だった副本部長の取締役に相当部分を任せました。私があまり働くと、副本部長の仕事が浮いてしまうのです。「副」の役割が形式化している組織はたいてい上が働きすぎているはずです。


仕事を部下に任せるには、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)がスムーズに行われる仕組みが必要です。別に正式な手続きは必要なく、社長室にはいつでも入ってきて構いません。時間は10分でも5分でもいい。立ち話も歓迎だし、携帯電話での報告は日常茶飯事です。心理的なバリアの少ない関係を部下たちとの間に作ってきました。だから、仕事を下に任せる勇気と自信が生まれ、自分の時間が生まれます。


トップ自身が現場で見聞きした情報と、下から上がってきた情報をする合わせて判断すれば、経営をあるべき方向に進めることができます。情報のズレや停滞が頻発すれば、組織のどこかでタガが緩んでいる兆候で、立て直しが必要です。


社長になったいまも社外に出た際、次の用件まで時間の余裕があれば、車を降りてモードを切り替え、街を歩きます。地域では物産館を回るのが楽しみで、都市でも次々と新しい建築群が現れ、ウォッチングの材料に事欠きません。観察力や感じる力が衰えたら、旅行会社の経営者は務まりません。


私が仕事における時間管理を重視するのは、若いころ、添乗員の経験で鍛えられた部分が大きいのです。当時、JTBの社員は旅行を企画し、販売すると必ず添乗員としてツアーに同行しました。私も30代後半まで、80回くらい添乗を行いました。パック旅行や団体旅行に出かける顧客にとって、時間管理に優れた添乗員がいることほど安心できることはありません。


随時、時間の使い方を切り替え、現場で現実を直接感じ取るのは、部下に仕事を任せる仕組みとも結びついています。第一線から報連相で情報が順に上がってくるとき、すべての輪が上手くつながるのが理想ですが、組織が大きいと、ある段階で玉虫色に変わる可能性も否めません。私自身、社長就任前は「この話は上にあげるのをやめておくか」などと考えることもありました。


仕事を任せる場合、本当の意味での権限委譲と、任せるという名目での責任放棄や放任とではまったく異なります。私が人に仕事を任せることができるのは、そのための準備を十分に行い、任せられる仕組みをつくっているからです。ひとつは人選です。社長に就任した際も、それぞれの基幹業務を任せることができるかどうかという基準で人材を各ポストに就けました。


仕事を下に任せれば、本来すべき上の仕事ができるのに、下に任せないため下の仕事までしてしまう。忙しいとこぼす上司は仕事を任せることができず、自分で自分の首を絞めているのではないでしょうか。それは自信のなさの表れでもあります。もし、社内の各層ごとに下に任せる意識が徹底されれば、組織全体で会議に費やされる時間の総量はかなり削減されるでしょう。


旅行業のようなサービス産業では、答えはすべて現場にあります。とりわけ変化の激しい時代にはトップ自身が現場で新しいものを経験しながら、経営判断をしていかなければなりません。会議室にいる時間を絞り、現場に出る。当社の場合、その度合いは各地域の営業拠点を分社化していこうどんどん高まってきました。


私は必要最低限の会議にしか時間を使わないタイプです。経営関連で出席するのは経営会議と取締役会くらいで、営業系や総務系など基幹業務に関する会議はすべて担当役員に任せています。それは、トップ自ら社外へ出て、現場に行く時間を確保するためです。


多くの日本人は他人に迷惑をかけたくないあまり、自分で問題を抱え込んで悩みがちです。しかし、リスクマネジメントの本質からすると、実は抱え込むこと自体が迷惑をかけることもあります。ですから、問題が起きたら正直に早く報告なり相談なりをして、判断を仰いだ方がいい。


「20代は多少粗削りでもいいから、思い切って仕事に挑戦しなさい」と新入社員によく言っています。20代は責任が発生しないので思い切ってやればいいんです。そして30代になったら徹底的に勉強する。20代に培った挑戦心と、30代の勤勉さが、その後のビジネスマンとしての土台になります。


国内旅行部にいた20代のころの私は、「先輩を先輩と思わない田川」とよく言われました(笑)。仕事では生意気でしたが、もちろん5時を過ぎてプライベートな時間になれば先輩は先輩ですから、飲み会にも積極的に参加してお酒を注いで回っていました。どうです、かわいらしい後輩でしょう(笑)。そういう具合に、メリハリをきっちりつける仕事のやり方が大切だと思います。


20代に無我夢中で先輩とやり取りをして、ワーッと意見を出すと必ずといってよいほど先輩から言い返されます。じつは、そこに答えがいくつかあるんです。ところが若い人は、先輩とのコミュニケーションの中にあるヒントに気づかないのです。つまり、課題として残るわけです。そうやって、20代は自分で解決できない問題を積み上げる年代です。そして30代になると、問題解決の方法を考え始める。


東京で一番外国人に人気があるのが、浅草の合羽橋道具街です。合羽橋には、寿司屋で使う道具とか風呂敷などが売ってあって、外国人は帯をテーブルクロス代わりにしたり、風呂敷を買って壁紙に使ったりして実にユニークです。つまり、地域ならではのよいものを引き出せば、観光資源は無限にある。我々はお客様の目で、それを見つけるお手伝いができます。


いまは多品種少量生産の時代ですから、旅行商品もシフトチェンジしていくことが必要だと思います。


観光開発は、私たち旅行会社の一社で声をあげてもなかなか実現できません。利益最優先になれば、地元の人にも抵抗感があるでしょうし、自分たちの生活に土足で入られても困るという面もあります。ですから地元と共同開発して観光客を魅力ある地域の暮らしを体験していただくことが基本です。すると訪れる側も受け入れる側もツアーの味わいが実感できるはずです。その範囲を地元の人とも相談しながら進めていけばいいのです。


私が30代のころ、東京丸の内本社の営業で「サマーセールスキャンペーン」というのをやったんです。テーマは「夏は自然に帰ろう」でした。これを全国標語でつくった。そうしたら、北海道支店の連中が「いい加減にしてくれ、北海道の人はしょっちゅう自然に浸っているんだから、夏は都会で遊ぼうというキャンペーンをやってくれないか」と言ってきたんです。当たり前といえば当たり前ですが、そのときの経緯を覚えていて、50代で本社の役員になって、新しい企業体質をつくる際、地域は地域にそれぞれ合った形の旅行スタイルを貫くべきだとして、地元に権限やヒト、モノ、カネを与えたんです。


旅行会社はもはやチケットを売ればいいという時代ではなくなったのです。いま私たちが築いてきたビジネスモデルが問われています。ですから人材も当然「単に旅行が好き」という人ではなく、「自分で考えを提案し、お客様に喜んでもらう仕事が好き」という人でないと務まりません。


観光というのは、経済、文化、教育、健康というふうに裾野が広い業界です。八百屋のご主人でも、お寺のご住職でも、小学校の校長先生でも、お医者さんでも、JRの駅長さんでもいい。いろんな人を巻き込んで異業種交流で観光を盛り上げるべきです。全員参加でやれば各々が自分も関わっているという意識を共有することができます。私の経験でいえば、全員参加で組織をつくって実践した街ほど順調に行くケースが多い。


我々が扱う旅行商品というのは目に見えません。したがって、受け皿となる地域の方々に誇りを持っていただくために、まず「住んでよし」というものを一緒につくりあげていかないと、旅行会社としての新しいたびに形は生まれないのです。そこで、我々は「旅行業」という言葉をやめて「交流文化産業」という造語をつくったのです。交流することによって文化が生まれ、それを文化論だけでなく、ビジネスとして生業にしていくわけです。


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