田原総一朗の名言 一覧

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田原総一朗のプロフィール

田原総一朗、たはら・そういちろう。日本のジャーナリスト、評論家、ニュースキャスター。滋賀県出身。早稲田大学文学部史学科卒業後、岩波映画製作所、東京12チャンネル(のちのテレビ東京)のディレクターを経て独立。フリージャーナリストとして執筆活動やテレビの討論番組司会などで活躍。

「言いたい奴には言わせておけ」というくらい図太い人の方が出世する。


似たことをやっているように見えても、後に続く人はきちんと学んで変化している。だから悲観する必要はない。


気持ちを絞り込む必要はない。チャンスがあればいつでもやってやるという気持ちを大事にすべき。


僕には信念はない。あるのは好奇心だけ。


僕は、理想に向かって走るより、いま面白そうなところに石を投げる生き方をしてきた。


信念がある人は立派です。でも、信念は時に重しとなります。信念が好奇心の行く手を阻むなら、むしろ信念なんていりません。


悩み続ける限りは現役である。もうこれでいいと満足した瞬間に、人は歩みを止める。


僕がいまもなお最前線で仕事をしているのは、好奇心が人一倍強いから。この年齢になっても、自分が知らないことやわからないことに出会うとワクワクしてしまう。


僕が会った優れた経営者は、人の話をよく聞くタイプが多かった。


優秀な経営者は、グレーなところを飲み込む懐の深さを持っている。


優れた経営者はネアカです。暗い人には人が寄ってこない。


報道とは、予断を持たずに取材をし、最終的にある種の結論に近い答えを導きだすものだと考えています。


本来、取材は何が起きているのかを知りたいという好奇心が先にあるはず。結論ありきの報道は「~べきだ」というキャンペーンと変わりません。


大切なのは、自分の感性に素直になること。視野を広げるとかにこだわらず、心のままにものを見ればいい。


守備範囲外でも、本当に面白いものならアンテナに引っかかってくる。


世の中がよくなるという未来図を示していけば、必ず道はひらけるはず。


はじめから堂々とオープンにしていたら、たとえ批判されても大きな問題には発展しにくい。


相手の本音を聞きたかったら、こっちも本音で話さないとダメ。こっちが真剣だから、向こうも「こいつにウソはつけないな」と考える。


僕は、相手が誰であっても、とにかく自分が聞きたいことをストレートにぶつけます。だから相手からも剥き出しの言葉が出てくるのでしょう。


経営者は日和見だと成功しない。経営者を見ていると、市場に振り回される腰の軽いタイプより、自分の信念を持って、それを貫き通しているタイプの方が成功している。


優れた政治家は、よく言えば柔軟、悪く言えば日和見。でも、政治家は清濁併せのむしたたかさがいる。状況に応じて意見を変えてもいいんです。


昔、作家の松本清張に「推理小説を書くのに疲れたらどうしますか」と聞いたら、「邪馬台国(関連の書籍の執筆)をやるんだ」。つまり根っから仕事が好きなの。僕とか堀江さんも同じ。もし仕事に飽きたら、次の仕事にいくだけだから。


僕がこの年まで現役で仕事している理由は2つある。やたらに好奇心が強いこと、いやな仕事はしないこと。


僕たちと違って、会社員には休みが必要だと思う。会社員は上から指示された仕事をしなきゃいけないから、おもしろいわけがない。僕は休みなんていらないけど、それは好きなことをやっているから。上の指示で動かざるをえない人は、仕事とプライベートの境目がない環境には耐えられないよ。


リーダーシップは命を懸けるということです。リーダーシップは、もともと軍隊用語。命を懸けてみせることで、みんなもついてくるんですよ。


成功するとそこに安住する人がいるけど、それじゃ面白くない。


この国で新しいものを根付かせたければ、既存勢力とのケンカを我慢し、したたかに共存する戦略が重要なのかもしれない。


僕は既存勢力と真正面から戦う人が嫌いではない。ただ、それがいい結果につながるとは限らない。


自分の失敗談を話すと、相手の表情が緩むのね。「田原さんも結構、落ちこぼれだったんだな」ということになって、相手も心を開いて自分の話をしてくれるようになる。そういう関係になったうえで本題を切り出せば、すごく中身の濃い話ができます。


好奇心の赴くままに好きなことをやればいい。そのほうが仕事も絶対に楽しいし、成功する確率も高くなる。いま私たちは、そういう時代を生きているんですよ。


僕は若いころに編集者から「日本は一穴主義だ」といわれたことがあるの。夫婦関係もそうだけど、政治なら政治、歴史なら歴史をずっと専門でやってきた人間が偉いと見なされるというんだね。「だから田原さんも偉くなりたければ、専門を絞ったほうがいいですよ」とその人からはいわれたけど、僕はそんなのはつまんないと思った。だからいつも、そのとき一番興味があることをテーマとして選んで仕事に取り組んできた。世の中では、僕のことを政治評論家だと思っている人も多いみたいだけど、あんなのはたくさんやっている仕事のうちのひとつだからね。でも一穴主義に縛られなかったからこそ、「田原はおもしろい。人と違うことをいう」ってことで評価されてきたんだと思う。


これまで世の中で常識とされてきたことに、自分を縛りつけないことが大切。個人ができることは、昔よりもずっと広がっているわけだから。


僕は組織と個人の関係が、昔とはまったく違ってきたんだと思う。昔は組織が大きくて、個人は小さかった。だから個人は組織に頼って生きていくしかなかった。でもいまは、組織の規模は関係なくなった。僕はツイッターをやっているけど、フォロワーが40万人いる。40万というのは、週刊誌の発行部数並みです。個人が組織に頼らなくても、それだけの発信力をもてるようになったということ。


自分に都合のいい情報だけをもとに経営判断をしているようでは、いつ会社が倒れてもおかしくない。サラリーマンは、「自分はそういう人間がトップを務めている会社で働いているんだ」ということを認識しておいたほうがいい。


IT時代に本格的に突入しているにもかかわらず、日本の企業のトップの情報の取り方が、旧態依然としている。日本の上場企業のトップって、フェイスブックもツイッターもやってないでしょう?それでは情報が社内からしか上がってこないわけ。社内情報なんて、トップが喜びそうな情報ばかりだよね。


僕はサラリーマンの給料というのは、「我慢料」ではないかと思っているんですよ。やりたくもない仕事をやっている対価として、給料をもらっている。もちろん、なかには好きな仕事を楽しくやっていて、そのうえ給料までもらっているという人もいるだろうけど、それはごく少数。その状況は、昔もいまも、基本的には変わっていないと思うんですね。


社会に出たら正解がないのだから、正解を探したって意味がない。鈍になってチャレンジをする。そしてあきらめず、根気よくチャレンジを重ねる。そこで初めて運が開けてくるのです。


私は滋賀県の出身で近江商人の末裔なのですが、「運・鈍・根」というのを幼いころからよく祖母に聞かされました。一番大事なのが運。その運を開くには、鈍、つまりバカになる。近道をしない、要領よくやらない、小賢しいことをしない、ということです。そして、根、根気よく。鈍になって根になれば、運は開けてくるものだと。


幼いころ近江商人の「三方よし」という考えを教わったが、この意味が分かったのは40歳も過ぎたころです。まずは客に信頼される、次が社会または世間に信頼される、そして自分よし。川上にいる発想に立つと、まずは自分よしとなってしまう。そうではなく、よいかどうかを決めるのは客なのです。


日本の教育では、大学を卒業するまで正解のある問題を解くことばかりに力を入れている。ところが、社会に出たら正解なんてないんです。だから、大学まで教わったことは、そのまま社会には通用しない。正解のない問題にどう取り組むかが大事なのです。


人間というのは、ある程度の基盤、つまりカネ、収入がなかったら、幸せになれない。


私には嫌いな人間というものがいません。世間から叩かれている人や独裁者でも、問題の人物だからこそおおいに興味を持って、そのパワーの源や思考回路、魅力を知りたくなる。こちらがそういう姿勢で臨めば相手も次第に好感を持ってくれ、互いにどんどん好きになっていきます。そういう関係になった瞬間にポロッと本音が出るのです。


新幹線や飛行機の中は書斎だと思っていますから、移動中はたいてい、資料類に目を通しています。裁判の記録は分厚いので、携行して移動中に読めるようにと何冊にも分冊して綴じなおすといった工夫も凝らしながら。以前は移動中も原稿を書いていましたが、体力的にきつくなってきたので、現在では書くのは仕事部屋や自宅にして、移動時間は資料読みに利用というわけです。


執筆のため事件に関するたくさんの一次情報を集めるにあたっては、自分なりの仮説を立てます。しかし、取材を進めるにつれて、その仮説が崩れていくのが面白い。たくさんの当事者に実際に話を聞くことで、仮説が崩れていきます。もし崩れなかったら、少しも面白くありません。一人の当事者の話は氷山の一角。水面下にある部分まで探り出すにはたくさんの当事者と会う必要があり、そのことによって仮説がどんどん崩れていくのです。それが取材というもの。情報収集というものだと思います。


私は自分のことを「情報の交差点」だと称しています。しかも、「動く交差点」だと。私は嫌いな人がいないし好奇心が強いから、堀江貴文や鈴木宗男など拘置所に入ったような人とも、いまも付き合っています。だから、様々な人が私という交差点を通るのでしょう。


企業の経営者と会うときは、事前に必死に勉強します。手に入る限りの資料に目を通す。その人自身について書かれたものやインタビュー記事、企業や業界の現状などなど。質問する側のレベルが低ければ、話し手もそのレベルの話しかしてくれません。相手に「この人間ならこういうレベルまで話し合ってもいいかな」と感じさせる知識や情報を見せないと、深い話はなかなか出てこないものです。


取材はフェース・ツー・フェースでなければ駄目です。話を聞くなら、相手のツバがかかるぐらいの距離でなければ本当のことは聞き出せない。互いに話していて腹が立ったら殴られる距離です。


情報を得るうえで、私が最も心がけているのは、一次情報を得るということです。政治家や経営者、あるいは先端技術など各分野の専門家にしても、できる限り当事者に会う。私が得ている情報の7から8割は一次情報です。


当事者から話を聞く、一時情報源に迫るといっても、電話は駄目です。最近、新聞記者やテレビスタッフの取材力が落ちたのは、携帯電話のせいだと思う。政治家の携帯に電話して取材した気になっています。携帯電話は直接本人とつながるから、当事者から取材した気になってしまうのでしょう。しかし、電話なんかで政治家が本音を言うはずがない。


新聞やテレビの情報は鵜呑みにしない。情報は自分の足で稼ぎ、確認することが大切です。最近はテレビのスタッフも、すぐにグーグルやヤフーで検索して、それで済ませようとします。だから私は怒るのです。「ネットに出ている情報は情報ではない。出た瞬間に古くなっている。我々がつかまなければならないのは、グーグルやヤフーや新聞に出る前の情報だ」と。


各種の統計や数値も、そのまま信じないこと。たとえば、最近は格差問題に関して「サラリーマンの賃金は上がっていない」という統計が良く使われます。しかし、実際に調べてみると高齢者が大量に定年を迎え、景気回復で新入社員の採用数が増えたことが平均給与を押し下げているのです。
【覚書き|2007年時点での発言】


新聞は無論読みますが、それはヒントを得るため。現在とっているのは朝日、毎日、読売、日経、産経の5紙です。政治面でも経済面でも読んで刺激を受けた情報があったら、読んで終わりにしないで当事者に会う。「記事ではこうなっていましたが、どういうことですか」と確かめます。


強いのに弱いふりをするのは日本では美徳でも、国際社会ではうそつきなのだ。こんな演技は対日感情を悪化させる効果しかない。日本で上手に世渡りする秘訣は3つだと外国人が言う。1、弱者を装う、2、被害者ぶる、3、何事も不器用で下手くそですと言う。


私は興味の方向がすごく偏っています。政治や経済は好きだけど、芸能は関心がない。興味のないことまで無理して知ろうとしたら、きっとくたびれてしまって頭の働きも悪くなる。


健康の秘訣があるとしたら、脳天気なとこですね。好きなことをやっているだけという気持ちが強いから、悩まない。昔からストレスとは無縁なんです。


健康のためにやっていることはとくにないです。それでも毎日取材で飛び回ることができるのは、好奇心が旺盛だからでしょう。くたびれている暇はないんです。


京セラの稲盛和夫さんに取材したとき、面白い話を聞きました。彼は日本の企業にセラミックを売ろうとしたのですが、最初は相手にしてもらえなかった。それで本場のアメリカに売りに行った。アメリカはテストだけはしてくれるから、チャンスがあったんですね。結果、テキサス・インスツルメンツという大きな半導体会社が買ってくれて、京セラは世界的企業になった。


近江商人の言葉に「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」があります。僕は滋賀出身だから知っていますが、これは順番が違っていて、本当は「買い手、世間、売り手」。つまりまずお客に信頼され、それによって社会でも評価され、最終的に自分も潤うのです。


志を遂げるためには、まず目の前の人を喜ばせることが肝心。


本田宗一郎にしても盛田昭夫にしても、ゼロからの出発です。敗戦で何もなかったところから会社をつくって大きくして、その次の世代から右肩上がりになった。彼らが右肩上がりだから楽だったというのは大間違いだ。


先日、ある番組で本田宗一郎のことをやりました。その前はソニーの盛田昭夫。僕は二人ともよく知っているんだけれど、彼らにはコントロールなんていう言葉はない。二人が意識していたのは、現場がいかにやる気を出すか。つまりボトムアップです。


G7などの国際会議で、日本の大臣は発言が非常に少ないですね。でも、僕もそれは英語かできないせいじゃないと思う。欧米では発言しない人が馬鹿にされるけど、日本では「正解を言わないとダメ」と教えられるから、正解がないことがあたりまえの国際会議で発言ができなくなってしまう。日本人は、どうも正解にこだわりすぎるところがある。


僕は男性と女性を比べると、女性のほうが優秀だと思っています。女性は妊娠して出産できるけど、男性は空っぽでしょう。カマキリだって交尾の後はオスがメスに食べられるし、雪山で遭難しても、だいたい男は死んでしまう。女性のほうが強いんですよ。


数年前に日本で流行った「ハーバード白熱教室」では、サンデル教授は正解のない問題を学生たちに投げかけて議論をさせました。一方、日本の教育にはディスカッションがない。本当はディスカッションの中から創造力がつくられるのに、日本では答えはひとつだと教えるから、むしろ議論はしちゃいけなくなっている。


僕は小学3年生のときに算数が嫌いになりました。算数の時間に、「円を三等分しろ」という問題を出されたの。みんな普通に三等分してたけど、僕は「違う」と手をあげて、円をやたらに小さく分けました。すると先生から「むちゃくちゃ。こんなのは愚劣だ」と怒られてしまった。でも、この話を広中平祐(数学者。日本人2人目のフィールズ賞受賞者)にしたら、「それは微分のやり方だよ」と言われました。つまり、先生が答えはひとつしかないと思い込んでいて、そうではない答えは認められないんです。


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