田中健一(経営者)の名言 一覧

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田中健一(経営者)のプロフィール

田中健一、たなか・けんいち。日本の経営者。東レインターナショナル社長。京都出身。京都大学法学部卒業後、東レに入社。ニューヨークに4年間駐在したのち、マレーシア東レ子会社工場、香港本社の再建に成功。本社炭素繊維部門課長、事業部長などを務めたのち、子会社の東レインターナショナルに移り社長に就任。同社の年商を10年で6倍に成長させた。また、30年間赤字続きだった東レの出資先「蝶理」の再建を任され、1年で1000億円の借金を全額返済し黒字化を達成した。

仕事の一番の面白さは、自分のアイデアが活かせることだと思います。


ツキはあとから追いかけることができません。きたときに正面から捕まえなければならない。そのためには、落ち込んでいてはいけないのです。


私は、根は楽観的なのかもしれません。世の中はそんなにひどいところではない。ツキは誰にも平等にやってくる、と思っています。


私は、悩みやストレスにとことんつき合うタイプです。気分転換をすることなく、ずっとクヨクヨ考えます。1~2カ月も、ずっとクヨクヨしていたこともあります。同じような境遇の人と愚痴を言い合うこともしました。ずっとクヨクヨしていると、クヨクヨしていることに飽きてくるのでしょうか、あるときふと、「自分はなんてバカなことをしているんだろう」という気になります。自分を客体化して見ているもう一人の自分が「みっともないなあ」と思うのです。人によるのだと思いますが、下手にカラ元気を出していたら、そうは思えないかもしれません。ですから、落ち込むときは、とことん落ち込めばいいのではないでしょうか。いったん思いっきり落ち込んだほうが、立ち直りに勢いがつくかもしれません。


面白くない仕事だといって腐るのが一番怖い。左遷されても、それが本当の左遷になるのは、自滅したときです。暗くなって、何の知恵も出なくなり、さらには胃潰瘍やうつ病などで身体を壊す。そうなって初めて左遷になるのです。


当時、まだ小さかった東レインターナショナルに移籍になったときは、やっぱりショックでした。もともと寝つきがいいほうなのですが、一年間くらいは寝られなかった。妻を心配させてはいけないと思って、毎晩、狸寝入りをしていました。でも、このまま落ち込んでいたら身体まで壊してしまうと思い、「東レインターナショナルをナンバーワンの子会社にしてやる。いや、親会社よりも大きくしてやる」と考えを変えました。そこから、仕事が面白くなりました。小さい会社から始めてM&Aを繰り返し、ついには親会社が射程に入るまでに成長させることができました。


うまくいっていない仕事では、改善のために何かをしても、成果はなかなか出ません。味方の数も、花形部署のように多くない。でも、そこであっさりめげてはいけません。「10回のうち1回うまくいけばラッキーだ」くらいの気持ちで取り組まなければならない。忍耐力も必要です。


誰がみても面白くない、業績が挙がっていない仕事のほうが、力がつきます。うまくいっていない仕事の現場に真剣に向き合っていると、自然と改善点に気がつきます。「なぜだろう?」と思うことが出てくるのです。気がついたら、どうやって改善するのかを考える。一人では何もできませんから、誰を味方につけるのかも考える。スケジュールも考える。そう考えるときに、自分の経験や知識が活きる。これが仕事の面白さです。一回、二回と結果が出てくると、仕事がどんどん面白くなってきます。


放っておいても売れる商品を扱っている仕事は、一見、面白そうに見えます。業績がどんどん伸びていく。花形部署です。私が炭素繊維部門の事業部長をしていたときは、まさにそうでした。取引先にいっても、ほかの部門だと購買の担当者しか会ってくれないところで、常務クラスが会ってくれる。新聞記者も毎日くる。けれども、あとから振り返ってみれば、自分の力はつきませんでした。


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