牛田一雄の名言 一覧

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牛田一雄のプロフィール

牛田一雄、うしだ・かずお。日本の経営者、光学技術者。「ニコン」社長。東京出身。東京大学工学部応用物理学科卒業後、日本光学工業(のちのニコン)に入社。レンズ設計に長期間携わる。その後、精機カンパニー半導体露光装置事業部投影レンズ統括部長、執行役員精機カンパニー開発本部長、副社長などを経て社長に就任。

変化に対応できないと生き物は滅びていく。


企業は変わらなければ滅びる、というのが私の考えです。そこで、まず組織を変えました。


日本勢は圧倒的シェアを持つなかで、エボリューション(順次発展)をすればいいと思っていた。一方、ASMLは技術でレボリューション(革命)を起こし、オセロゲームのようにシェアを奪った。ニコンがこの差を埋め、追い抜く世界最高性能を持った製品を送り出すことができたのは、今年4月。14年の歳月を要した。


当社はあと数年で創立100周年を迎えます。私の頭の中には、医療も含め新しい事業の「種」となる構想があります。次の100年につなげられるよう、これらの種を着実にまいていきます。


社内に欠けている技術は、積極的なM&A(合併・買収)で取り込みます。ニコンは自前主義でしたが、それだけでは新しい事業を作ることはできません。


私は入社から50歳まで、顕微鏡や半導体露光装置などの光学設計に携わり研究一筋の生活を送ってきました。50歳で半導体装置などの精機カンパニーの開発本部長に就き、未経験なことばかりで困惑したことを覚えています。当時はとにかく生産や技術、営業担当者など、一人ひとりに話を聞いて回り、開発本部の方向性を決めるようにしていました。そのやり方は、今の私の経営にも引き継がれています。各部門の声に耳を傾けながら、困難な経営環境も乗り越えていきたいと思います。


なぜ今ニコンが変わらなければならないか。それは、カメラ市場の停滞という難局にあるからです。スマートフォンの台頭で、コンパクトカメラの販売は厳しく、一眼カメラも急激な成長は見込めません。売上の7割以上をカメラという一事業に頼る状態は、会社として非常に危険です。


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