熊本浩志の名言 一覧

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熊本浩志のプロフィール

熊本浩志、くまもと・ひろし。日本の経営者。デザイン家電のリアル・フリート創業者。宮崎県出身。名古屋商科大学卒業後、東芝に入社。同社でデザイン家電アテハカシリーズをプロデュース後、東芝を飛び出し独立。日本のデザイン家電の先駆けリアル・フリート社を設立。社会人軟式野球クラブの東京バンバータの球団代表兼監督なども務めている。著書に『たかが野球で人生が変わる』。

「固定概念と先入観は最も悪」「過去の事例を参考にするな」と社員に徹底しています。私たちは今までにないビジネスモデルをつくっているわけですから、仮説検証をしながら自分たちでノウハウをつくっていくしかありません。そのためには、僕がそうだったように、一回の失敗でくじけず、どんどん挑戦していくしかないんです。


高校の野球部の監督に教わったのですが、「目的と目標を分けて考えること」が重要だと考えています。まず目的は、「日本の家電を再び世界に認めさせること」「家電から日本の住環境を変えること」のふたつです。一方、それを実現するための目標は、市場シェア1%である1000億円の売上を達成することです。まず目標ありきで、目標はその目的を達成するための手段です。このことは社員にも徹底しています。ですから、プレゼンでは「この企画の目的は……」と語りだしたら、その瞬間にボツです。


商品企画、デザイン、マーケティング、宣伝、営業など、通常大手メーカーでは縦割り組織で分担している機能を、当社では製造から販売まで一貫して行っています。そうしないと、本来のブランドコンセプトは、消費者にきちんと伝わっていかないと思うのです。


家電そのものの開発も、少しずつアイテムを増やしていきました。一貫しているのは、単体としての美しさではなく「部屋に置かれてインテリアに調和する家電」という視点でデザインしてきたことです。


通常、大手メーカーの家電は大型量販店で売られていますが、「店頭に出た途端に値引き」というのが当たり前になっています。それでは、作り手のモチベーションは一向に上がらないし、業界も健全ではありません。その状況をなんとか変えたいと考えました。それで、ライフスタイルショップやセレクトショップなどを主要販路としたのです。


営業から工場回り、経理まで、全部自分でやらなきゃいけませんでした。いま思えば、東芝に何十年いても経験できないことを、20代半ばで全部経験できたわけですから、そのときはつらかったですが、ラッキーでした。飛び込み営業を必死でつづけたものの目標は達成できず、残った在庫は2億円。人生最初の大きな挫折でした。
【覚書き|東芝勤務時代に企画した「デザイン家電アテハカ」に取り組んだ当時を振り返っての発言】


単調なエクセル入力ばかりやらされて、正直最初の一年は辞めたくて仕方がなかったのです。でも、「3年間限定の東芝の名刺を使って、やれる限りのことをやってみよう」と思ったんです。それで、定時になると真っ先に会社を出て、いろいろな業界の人に会いに行き、名刺を配りました。
【覚書き|東芝勤務時代を振り返っての発言】


現場にいる人が報われない、夢を持てない仕事に未来はないでしょう?


何言ってるんですか、僕の友達は自分が気に入ればTシャツに1万円払いますよ。家電だって値段をわかってくれる人はいるはずです。
【覚書き|東芝内でデザイン家電を売り出そうとしたとき、価格が高いと言われたことに対する返答】


将来的には1000億円企業を目指します。1000億円といっても、日本の家電市場全体から見ればわずか1%ですよ。たとえば、音楽の世界で誰でも知っている曲というと、CDセールスが100万枚くらい。ところがクラブシーンでその1%の1万枚売り上げた曲というのは、クラブに行けば誰でも知っています。そういう存在は強いですよね。マイナーシーンであってもトップになれば、数の理論を超えて、あるとき突然メジャーに躍り出るかもしれない。そういうのってカッコいいじゃないですか。


広告効果ももちろんあったのでしょうが、それより大切なのは、サローネという舞台に出たことで、社員が自分の仕事に誇りを持てたこと。社員の目線が上向きであれば、会社も必ず伸びていく。
【覚書き|サローネとはイタリアの見本市ミラノ・サローネのこと。独創性の強い生活用品、家電が出品され、世界中のバイヤーが集まるイベント】


ベンチャーである以上、やはり赤字続きではやっていけない。とはいえ、品質を重視するあまりコストがかさんで原価率が50%を超えてしまった商品もあります。コスト高でも値崩れがないという前提があれば、直販などで流通コストを抑えた分で吸収できます。


東芝という会社にとっては失敗だったというのはもちろん理解しています。でもアテハカが世に出たことで、明らかに何かが変わった。僕らは言ってみれば荒波に浮かぶ船なんです。みんなが止めたのも聞かずに漕ぎ出してしまった。でも、止めた人たちも決して僕らのやろうとしたことに否定的ではなかった。だから失敗したまま船を戻すわけにはいかないんです。
【覚書き|東芝時代、デザイン家電のアテハカシリーズを企画し、脱量販店を目指したが見込んだほど売れなかった。熊本氏は諦めず東芝を飛び出しデザイン家電ベンチャーを立ち上げた】


東芝に入ってまず感じたのは、この業界は「終わってる」ということ。家電は自動車と並ぶ日本の基幹産業だったはず。なのに現場は疲弊しきっていて、ものづくりの誇りも何もない。このままじゃヤバいと思いました。


プロジェクトXの見すぎかもしれないけど(笑)、ものをつくる行為というのは俺にとってものすごく尊いことなんですよ。だから当然、ものをつくる人も生き生きと働いていると思っていました。ところが、東芝時代に訪れた工場は、薄暗くて冬でも暖房すら入っていない。そこで働く人たちも「ここでつくったものなんて、どうせニッキュッパ(2980円)で売られるんでしょ」とあきらめ顔。


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