渡部賢一の名言 一覧

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渡部賢一のプロフィール

渡部賢一、わたなべ・けんいち。日本の経営者。野村ホールディングス社長。兵庫県出身。神戸大学経済学部卒業後、野村証券に入社。海外業務企画部長、主計二部長、総合企画室付部長、主計部長、取締役、常務、専務、執行役、副社長、国内営業部門CEOなどを経て社長に就任。

条件を定め、捨てるものは捨て、残すものは残す。決断が早ければ、早く先に進むことができる。これは野村の一貫した方針です。


過去にしがみついたり、前例を踏襲したり、上司に媚びたりすることは、私は好きではありません。だから根回しもしません。そんなことをするから、無駄な軋轢が生じるのです。


「違う部署なら好きにやっても構わないが、自分の配下には置きたくない」と、これまで何人かの上司に言われたことがあります。私の持論は「どんなにいい上司でも、いないのが一番」です。人には、その人なりの人生と仕事の経験、価値観があります。上司といえど、他人が、そのコピーになることはありえないのです。


下手な考え休むに似たり。熟慮してもいいことはあまりありません。たとえば、私は1時間かけて100点をとる人よりも、10分で60点取れる人を評価します。一時間後に状況は一変しているかもしれない。それが現代のビジネス環境です。短時間で必要な点数をとれる人の方が、いまは求められているのです。


証券会社の社員は、ときには電話一本で何十億円の契約をします。一人一人が会社を代表して仕事し、責任を負う。必要なことを、必要なときに、自分で決める。証券業は大人の商売です。だから仕事では即断即決が求められます。


日本初の商用コンピュータを導入したのは、じつは野村です。1955年のことです。65年には、調査部を分離独立させ、日本初の民間シンクタンクとして野村総合研究所を設立しました。「最初にやる」というのもまた、野村のDNAなのです。


証券会社の設備投資は「人」です。言い方は悪いかもしれませんが、「生もの」なのです。人事でも「俺は野村だ」「俺はリーマンだ」と言いあっている暇はない。そうした無用な気遣いに時間を割けば統合は失敗します。


社長に就任した年、私は「変化をつくる」「ワールドクラス」「スピード」という3つのキーワードを打ち出しました。ワールドクラスを目指すというビジョンを掲げ、そのためにはスピードをもって臨む。その結果、野村は変わる。「変化に対応する」では受け身すぎるし、遅すぎる。自ら変化をつくることが大切なのです。


即断即決するためには、精神を整えておかなくてはいけません。社長就任後も月一度は禅寺で座禅を組みます。金曜日の深夜から土曜日の明け方まで、考えを捨てる黙想をします。すると臍下丹田(へそ下の腹部)が充実してきます。そんな状態が、決断を下すには一番いいのです。


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