渡辺謙の名言 一覧

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渡辺謙のプロフィール

渡辺謙、わたなべ・けん。日本の俳優。新潟県出身。高校卒業後、演劇集団「円」に研究生として入団。その後、『未知なる反乱』でテレビデビュー、『瀬戸内少年野球団』で映画デビューを果たす。映画やテレビドラマで数々の大役を演じ、数多くの賞を獲得した。主な出演作品に『ラストサムライ』『独眼竜政宗(NHK大河ドラマ)』『バットマン・ビギンズ』『明日の記憶』『沈まぬ太陽』ほか多数。

いま、お客様に何を伝えられるか、伝えるべきかを最初に考える。


海外に出ることで、日本の良さを再確認し、それを人に伝える方法を見つけられる。


米国で成功するには、捨てるべきものは捨て、守らなくてはいけないものを守るようにしないといけない。


向かい風に立ち向かうとパワーが出ます。人間不信に陥って仕事に逃げ込んだとき、仕事に対してすごいエネルギーが出ました。


何のために努力を続けるかというと、やはり自分のためです。いつからかコツコツ努力することがカッコ悪いという風潮がありますが、いいじゃないですか。カッコ悪くたって。


生まれつき心が強い人はいない。逆境に強いといわれている人にだって、迷いはいっぱいあったはずです。


僕らの世界では才能ってすごく曖昧なもので、僕自身、「俺の才能って何なんだ?」とずっと悩んできました。最近は「考え、悩み続けることができる」のが自分の才能なのかなと思っています。


とにかく考え続け、悩み続ける。役を演じるにあたって、いろんなものを見たり読んだりして、自分の中に取り込んでオリジナルにしていくのですが、本当にこれでいいのかなと、いつも「スタート」の声がかかる寸前まで悩み続けます。


若いころから大きな夢を語ることも大切だけど、目の前のことを地に這いつくばって必死にやることも大切です。映画界でも、演出でも脚本でもない裏方の仕事を血眼になってやっていた若い人が、メキメキと力をつけて監督に出世することがあるんです。目の前の仕事を一心不乱にやっていると、きっといろんなことに興味が出てきて自然に育っていくんですう。


いま幸か不幸か、息子や娘たちが僕と同じような道を歩きはじめています。ただ、努力の仕方については一切サジェスチョン(忠告)をしていません。というのも、教えても無駄だし、そもそも教えるべきものではないですから。「僕はこうだったよ」と教えても、時代も違うし、やろうとしていることも違うので、きっと役に立たない。それ以上に、どういうやり方がいいのか、自分で探してつかんで引きずり込まないと、オリジナルにならないですから。


苦労は買ってでもしろとよくいわれますが、そうなのかもしれません。逆境にさらされているときって、自分がどちらに向かって進んでいるのか、方向を見失いそうになるじゃないですか。そこにありとあらゆる知恵や感性、経験値を最大限に駆使していかないと、立ち往生して一歩も進めなくなってしまう。そこで前に進んでいこうというエネルギーを振り絞ることで、自分自身が鍛えられていくんでしょう。


仕事でスランプを感じたのは、30代後半です。順調に仕事をこなしていたのですが、「ああ、渡辺謙はこんな感じだね」という評価が固まりつつあることに危機感を持ったんです。そこで僕の30代を支えてくれた人気ドラマシリーズを、泣く泣くすべて降板しました。


僕の場合、最大の逆境だったのは病気と人間不信です。40歳前後でいろいろと騒動があって、精神的にひどく落ち込みました。病気は直すために何をしなければいけないかが自ずと見えてきますが、人間不信にはつける薬がない。この時期はとにかく仕事に励むしかありませんでした。


日々の小さな営みが、仕事では一番大切なんだと思います。ひいては仕事の成果にも影響していくんじゃないでしょうか。


超一流の仕事といえるのは、つまるところ、自分の仕事や人生にどこまできちんと向き合えたかじゃないでしょうか。


先輩から学ぶことは大切だけど、100%真似ることはできません。やっぱり最後は、それを自分なりにどう消化して仕事や人生に活かしていくかでしょう。


僕自身、俳優としてはまだまだだと思っているし、もっとたくさんのことを学ばないといけないと痛感しています。


仕事に対する熱意は、俳優業に限らずすべての仕事の原点じゃないでしょうか。『明日の記憶』は、原作を読んだとき、強く突き動かされるものがあって、居ても立っても居られないというか、「この仕事は絶対に自分がやりたい」と素直に感じたんです。そのぶん、こだわりも強く、俳優という枠を超えて、エグゼクティブ・プロデューサーという立場で参加させてもらいました。


人生は自分で切り開くしかないわけですから、僕が下の世代に対して、「君らは○十代だから、○○した方がいい」とサジェスチョン(提言)すること自体、押しつけがましい気がします。


「個性を伸ばす」という観点でいえば、あまり自分をひとつのカテゴリーにはめて考えない方がいいかもしれません。いま「ニート」が増えているって問題になっていますが、「ニート」っていう枠に自分から既定しちゃって何も行動を起こさないというのはやっぱり甘えだと思う。僕もポスト団塊の世代で「三無主義(無気力・無関心・無責任)」と揶揄された世代なので、気力がわかない時代背景は理解できないわけじゃない。でも、世間が勝手につくったカテゴリーに自分をはめたところでつまらないのに変わりはありません。


結局、仕事が上手くなるというのは、スキルを習得するうんぬんよりも、どれだけ自分や他人の人生に対して真摯に向き合えているかってことではないでしょうか。仕事って全人格的な表現だから、その人の人生との向き合い方が如実に現れてしまう。付け焼刃で誤魔化すことはできません。


映画づくりで一番大切なのは、最初に自分が突き動かされた思いを、制作過程でいかに捻じ曲げずに育てていくかなんです。枝葉を伸ばすのではなく、幹を太くしていくイメージです。


自分を成長させるために大切なことがあるとすれば、人生で何かアクシデントに遭遇しても、逃げずにきちんと向き合うことではないでしょうか。嵐が通り過ぎるように受け流すのではなく、「残念だ」「悔しい」という気持ちをきちんと受け止めて整理して次につなげる。そういう生き方が、知らず知らずのうちに仕事の勘や生きる知恵に昇華されていく。何か特別なスキルを身につけて実力が一足に飛び上がるなんてなかなかないんじゃないでしょうか。


「仕事ができる人」というと何か特別なことがあるのって感じがしますが、おそらくそんなものはどこにもないし、教えられるもんじゃない。それこそ失敗を繰り返しながら薄皮を剥ぐように身につけたことの方が役に立つんじゃないでしょうか。僕だって日々の撮影の中でいろんなことを試して、そのなかで次につながっていくのは、せいぜい1割か5分程度です。そんなもんですよ。


映画づくりは派手な仕事のように思われるかもしれませんが、大半が地味な作業です。ワンカット、ワンカット、ゼロの状態から積み上げていく。橋をかけたりトンネルを掘ったりする作業に似ていますね。


現場で意見が食い違うことは茶飯事です。監督と僕だけではなく、スタッフも含めてそれぞれが違う人生を送ってきているわけですから、当然です。でも、真剣にそれぞれの思いを突き詰めていくことで分かり合える着地点が必ず見つかります。その着地点こそが「本当にお客様に届くもの」になってくれるんじゃないでしょうか。


映画作りで監督やスタッフと思いを共有できているか否かは、生命線といってもいいでしょう。とくに、監督と思いを共有できるかが何よりも大切です。「観客の心に響く映画をつくろう」という思いさえ共有していれば、あとは、いい作品に仕上げるために意見を出し合っていくだけです。


僕が考えるいい作品というのは、つくり手の思いがテーマというカテゴリーから勝手に溢れ出してしまうような作品なんです。だから「シニア向け」というふうに限定すると、想定したターゲットはもちろんのこと、結局、誰の心にも響かない作品になってしまうし、そんな創り方をすれば、予定調和の中で痩せ細ってしまいます。


僕らの映画の世界にも興行成績という数値目標があるけれど、それは通過点のひとつであってすべてじゃない。それよりも自分の中で何かを伝えたいという強い思いがあって、それがきちんと伝わったかどうかの方が重要だし、その思いが強ければ強いほど、相手に伝えるためにどう工夫すればいいかという悩みも湧いてきます。


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