池谷裕二の名言 一覧

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池谷裕二のプロフィール

池谷裕二、いけがや・ゆうじ。日本の薬学博士、脳科学者。専門は薬理学、神経科学。海馬、大脳皮質を研究する。静岡県生まれ。東京大学大学院薬学系研究科で薬学博士号を取得。コロンビア大学客員研究員を経て、東京大学大学院薬学系研究科講師。脳の研究を一般にわかりやすく紹介する著書を数多く出版している。主な著書に『進化しすぎた脳』『海馬』『単純な脳、複雑な「私」』など

いまの状況はずっと続くのではなく、いずれ終わると考えておくと、いざ変化が訪れたときに、固執することがなくなります。


発想は料理のようなものです。料理は未知の食材をつくり出すものではなく、すでにある食材を巧みに組み合わせるもの。発想するということはそれに近いのです。


大人に適しているのは、自分の体験を情報と関連付けて覚える経験記憶です。最も簡単なのは人に話すことでしょう。単独では覚えにくい知識も、あのときあの人にこう説明したという経験と結びつければ、比較的容易に覚えられると思います。


入力の仕方は関係なく、出力する機会が多い方が記憶は定着すると考えられます。人に話すという行為は、まさに出力そのものです。覚えたい知識があれば、資料を何度も読み返すより、それを職場で話してみるとよいでしょう。その方が、ずっと記憶として定着します。


直感のもとになるのは「方法記憶」です。自転車に乗るときは体中の筋肉を使いますが、あまりに動きが複雑で、それを意識するのは困難です。しかし、実際は方法記憶として無意識の脳が記憶しているため、筋肉の動きを意識しなくても自転車に乗れます。直感もこれと同じで、意識はできなくても、無意識の脳が膨大な処理をして答えを導いてくれるのです。直感は、経験を積めば積むほど精度が増します。なんとなく浮かんだアイデアを上手く説明できずに窮することもあるかもしれませんが、キャリアを積んだビジネスマンなら選択に自信を持つべきです。


理由を説明できない直感とは異なり、思いついたあとに理由が説明できる考えを閃きといいます。閃きを生むには睡眠中の無意識の脳に考えてもらうのが最も効果的だと私は考えています。夜眠る前には、情報をインプットすると同時に、課題を再確認することです。私は毎日これを実行しています。


就寝前は、脳に睡眠中の課題を与える時間帯です。眠る直前まで仕事の資料や本などに目を通して、無意識の脳に仕事をさせるための情報を入力するとよいでしょう。


早く勉強の成果を出そうと最初から高度なところに挑戦する人がいますが、あれは逆効果です。脳科学者がサルに複雑な行動を学習させるとき、すべてを一度に教えることはありません。「届かない位置にあるエサを長い棒を使って取る」という行動を覚えさせる場合は、まず「棒を使えばエサが取れる」ことを学習させてから、「短い棒より長い棒の方が届きやすい」ことを教えます。基礎から徐々に難易度をあげていく方法は、一度に複雑なことを覚えるより最終的に早く多くのことを習得できることがわかっています。


もの覚えが悪くなったことを、脳の衰えのせいにするのは間違いです。年齢とともに新しいことを記憶しづらくなっているのは、たんに年不相応な記憶のやり方をしていることが原因でしょう。中学生ぐらいまでは知識記憶が優勢で、丸暗記をしてもどんどん頭に入ります。しかし、それ以上の年齢になると、経験記憶が上回り、丸暗記が難しくなります。にもかかわらず若いころと同じ記憶のやり方をしているから、新しいことが覚えられないのです。


忘れていたはずの記憶も、復習を繰り返すことで定着率が上がります。昔からよく言われることですが、やはり勉強はコツコツが基本です。短期的に結果を求めず、長い目で考えることがモチベーション維持につながるはずです。


すぐに学習の成果が出ないからといって、次のステップに進むのも厳禁です。記憶の半分は、覚えてから4時間以内に消えてしまいます。そこに追加して新しいことを覚えようとすると、記憶の干渉という現象が起こり、前の記憶はさらに忘れやすくなり、新しいことも記憶しづらくなります。焦って次に進むより、まずは復習です。


欲張りな学習はむしろ非効率です。焦らず基礎から順に学んでいった方が、じつはずっと早く目標を達成できるのです。たしかに最初に基礎を習得するのに時間はかかりますが、基礎を覚えると、その理論を応用して次の段階を容易に覚えられるようになります。


ルーティン化は、慌ただしい朝を過ごす人ほど効果的です。脳には「ワーキングメモリ」という短期的な記憶を処理するメモリがあります。ワーキングメモリは意外に容量が少なく、一度に意識できることは7つ程度が限界だといわれています。一方、無意識の記憶に制限はなく、無意識の領域に仕事をさせれば、より多くのことが同時並行で処理できます。この性質を利用しないのはもったいない。毎日やるようなこまごまとした仕事は、ルーティン化することで脳の無意識に任せてしまいましょう。


仕事や勉強で期待通りの成果が出ないと、努力を続けることが虚しくなるものです。しかし、そこで諦めてしまうと成長も止まります。思うような成果が上がらない人は、まず勉強法を見直すことから始めてみましょう。


朝出社して、今日はどの作業から取りかかろうかと考えているようでは、仕事は思うようにはかどりません。大切なのは、意識に立ちあがらないレベルまで習慣化してしまうことです。たとえば「まずメールチェックをして、次は予定表を書く」というように、やる作業を固定して毎日繰り返せば、いずれ苦も無くこなせるようになります。


受験生のころ、「必勝合格」と壁に貼って自分を励ましていた人はいないでしょうか。泥臭い印象があるのか、最近は以前ほど見かけなくなった気がします。しかし、精神論だといって馬鹿にしてはいけません。紙に書いて自分にハッパをかけるのは実は理にかなったやり方なのです。無意識に脳にメッセージが届き、やる気をかきたててくれるのです。


ルーティン化には、無意識の記憶を司る線条体や小脳が関与していると考えられます。毎日の習慣にすれば、朝のこまごまとした身支度が苦にならなくなるのも、無意識が勝手にやってくれるからです。ルーティン化は、面倒なことをやるのに非常に強力な方法なのです。


仕事に集中したいが、どうにも気が散って進まないという経験は誰しもあるものです。ただ、動物としては、むしろ集中力が高い方が不自然な状態だといえます。野生の動物は、常に周囲に気を配って危険を察知します。人間も同じで、何かに集中して道を歩いていたら、事故に遭う確率が高まります。この脳の性質に抗って集中力を高めるには、よそ見できないように意識して強制的に視野を狭めるしかありません。


子供のころ、毎朝、歯を磨くことを面倒に感じたことがある人は多いと思います。しかし、大人になって歯磨きを嫌がる人はほとんどいません。むしろ、磨かないと気持ち悪いという人の方が多いはずです。これは、歯磨きという行為がルーティンワーク化されたからです。


眠っているときは直前にやっていたことが最も再現されやすいので、僕は寝る前にもう一仕事するようにしています。眠っている間に脳が勝手に動いてくれることを期待しているんですよ。


眠る前に次の日の仕事をリストアップしておくことで、寝ている間に情報が整理、固定されると考えていいでしょう。浅い眠りのときに、脳が無意識のうちに情報として保存するのだと思います。


強く念じれば、その通りに体が動くことをイデオモーター(観念運動)と呼んでいます。これは無意識の作用。夢や目標を手帳に書き出し、机の前に貼って眺めると、脳が自然と準備を始める。そういうことも十分考えられるのではないでしょうか。


脳のワーキングメモリーは7つくらいなので、やるべきことが8つ以上あると、脳が全部を覚えられずに、「ものすごく忙しい」と勘違いをはじめるのではないでしょうか。でもよく考えると、8つ程度なら大したことはない。書き出すことで、それがわかって安心します。また、情報も整理され、気分が楽になるのだと思います。


いいアイデアが思いつくのは、パソコンの画面をにらんでいる時ではありません。仕事の合間に、ちょっと席を立ったり、トイレに行った瞬間、フッとひらめくことが多い。歩く、場所を変える、ということが重要でそういうときには、脳の海馬周辺からシータ波という脳波が出ると考えられます。シータ波が強くなるのは、外部の情報を収集しようという意識的検索モードのときなんです。


人と会うことで揺らぎが生まれ、脳が刺激される。そもそも人間は社会性の強い動物です。初対面の会話では、声や表情などいろんな情報が入るため、脳がより刺激されるのではないでしょうか。


空腹のときに、海馬をはじめとした脳が活性化するため、仕事効率が高まるのではないでしょうか。自然界を見ても、昼間活動する動物は、朝と夕方に活発に動き、満腹になった午後はのんびいりとしている。ライオンだって朝と夕方しか狩りをしない。人間も同じだと思いますよ。


ルーティンワーク化するということは、無意識化するということ。無意識の記憶を司る線条体が関与していると考えられます。繰り返すことで体が覚える。無意識だから苦にならない。そういう状態を一般的には「集中している」と呼んでいるのです。集中しているときは時間を忘れて没頭しているでしょう?こういうときの脳は、動物的なシンプルな使い方をしていて、大脳皮質に前頭葉が麻痺している状態だと考えられます。時間感覚だけでなく、おそらく、喜怒哀楽や損得勘定も消えているのではないでしょうか。


人間は脳から変わらない。体からしか変えられないと私は考えます。脳は体に引っ張られる形で活性化される。作業興奮のメカニズムはまさにそれです。


人間は「エラー&コレクト」、すなわち自分のクセや欠点に気付き、修正しながら成長することで社会に適応してゆきます。


原稿や企画書を書かなければならないのに、集中できない。やる気が出ない。そんなときには、ワープロの前で指も動かさず呻吟するのではなく、まずはペンを持ってとにかく書いてみるのも一案です。そうすることで、脳が次第に活性化し、のめり込んでゆくということがあるのです。これを作業興奮といいます。興奮とは脳の神経細胞が活性化するという意味です。
【覚書き|呻吟、しんぎん。苦しみうめくこと】


指先の運動は脳を活性化させることが知られています。バイオリニストやピアニストは指を動かす脳領域が普通の人に比べて広いのですが、これは生まれつき演奏家の脳領域が普通の人に比べて広いのではなく、演奏や練習を続けたことで脳領域が広くなったと考えられます。つまり指を動かすことで、指を動かす脳領域が活性化されたわけです。


重要なことは「別にストレスを感じても構わないんだ」と思うことです。普段からストレスを怖いものと捉えていると、実際にストレスを受けたときに過剰反応を起こします。それよりも「ストレスはごく当たり前のもの。もしストレスを感じたとしても、私にはストレス解消法があるから大丈夫」と楽観している方が、より充実した毎日を過ごすことができるでしょう。


ストレスがないとモチベーションは上がらないし、成長もありません。私たちはストレスや不安を感じることによって、毎日の生活に上手く対応することを可能にしているのです。


ストレスとは「主観的な負荷」を指す言葉で、人にストレスを与える環境的な刺激はストレッサと呼びます。外的な要因であるストレッサに対して個人が感じる重圧がストレスです。したがって、同じストレッサに対しても、それにストレスを感じるかどうかは、個人によって差があるのです。


ストレス対処を担当するのは「海馬」という脳の役割です。海馬は恐怖を記憶しますが、慣れることでその恐怖体験の上に「怖くない」という別の記憶を上書きし、そのストレッサ(ストレスをもたらす外的要因)に対する耐性をつくります。その結果、ストレスに打ち勝つことができるようになります。


自分はストレスに弱いと感じている人は、普段から「なるべくストレスになることは避けよう」という心がけているため、無意識のうちに自己ケアができていることが多いものです。そのため、過剰なストレスを感じる前に対処ができます。


毎日を悲観的に過ごせというつもりはありませんが、このくらい悪いことが起きるかもしれないと、頭の中でシミュレーションをしておくと、実際に不測の事態が起こった際に感じるストレスを軽減できます。これは準備された心、「プリぺアド・マインド」といいますが、このような予測を心のどこかに持っておくことは必要でしょう。


スポーツで身体を動かすことがストレスを軽減するということもあるのですが、それだけではありません。「運動すればストレスが軽くなる」と自分で思い込んでいることこそ大きな意味があります。自分はこれをすれば気持ちが楽になると信じて、ストレスを感じたときの逃げ道を用意しておくことで、実際にストレスホルモンの上昇は抑えられます。


ストレスというと、条件反射的に「悪いもの」「排除すべきもの」と思ってしまう人がほとんどです。しかし、ストレスがまったくない状態では、人は学習できないし、成長もあり得ません。過剰なストレスは好ましくありませんが、日常的に生じるストレスならば、それと向き合うことが生きるエネルギー源になるのです。


人は個性によって縛られた思考しかできません。他の人とのコンビネーションがあると、発想にダイナミックスが生まれるのです。


私の場合は、研究室の学生に「先生のアイデアはつまらない」とか「先生のアイデアは間違っている」とどんどん否定してもらうようにしていますし、こうした意見をお互いに言い合おうといつも言っています。もちろん、頭から否定するのではなく、「それは面白い。でもこういうふうにも考えられないか?」と互いに言い合うのです。こうして脳が2つ、3つと合わさると、1+1が2になるのではなく、それ以上の発想が生まれてくるのが面白いところです。


所詮、自分の脳から出てくるアイデアなんてタカが知れています。私たちは自分がさまざまな考え方ができると勘違いしていますが、実は、人間の思考は想像以上にワンパターンです。しかも、長く生きれば生きるほどワンパターンになっていきます。ですから、創造的な発想をしようと思うなら、他人と脳を合わせることです。


あまりに突拍子もない発想はダメ。拒絶されてしまう。人間の文化背景には必ず受け入れ可能な範囲があるのです。これまでにあったアイデアとはちょっと変わっていて、「ああ、こういう手もあったか」と思われるくらいがちょうどいい。


たくさんある材料をランダムに組み合わせても、良いアイデアが生まれるわけではありません。料理で言えば、組み合わせる素材がたくさんあったほうが新しいメニューは作りやすいですが、しかし、いかに創作料理といえども、絶対に合わない組み合わせはあります。逆に、まだ試したことはないけれども、「経験上、これとこれとは合いそうだ」という目星をつけることもできます。ですから、経験によって料理が上手になるように、訓練によってひらめきやアイデアの発想もうまくなる側面があります。


実は、正確な記憶は、脳にとって負担があまり大きくありません。それに比べて、間違って思い出すというのはとても難しいことです。コンピュータをイメージすればわかりやすいでしょう。データを記録し、必要に応じて取り出すのは、当たり前のようにできます。しかし、「ときどき勘違いして不正確なアウトプットをする」ということをコンピュータにやらせようとすれば、かなり複雑なプログラムを書かなければなりません。ですから、人間の脳がここまで大きくなったのは、記憶を勘違いする能力を発達させることと表裏一体だったと言えるでしょう。


閃くためには、知識を入力することは必須だとしても、そのあとは覚えたことをしばらく寝かせた方がいい。覚えた直後の記憶は鮮明すぎます。時間がたつにつれ記憶の内容がだんだん曖昧になっていきます。そうすると、他の記憶とブレンドしやすくなる。


人間の発想は記憶の間違いから生まれます。発想というのは記憶の組み合わせの妙だと言えます。


適応能力の高い人にこそ、私は素質を認めます。


人間は、記憶の内容が似ていたり、記憶した時期が近かったりすると、Aという記憶とBという記憶を間違えたり、AとBが混ざったりして、不正確に思い出すことがあります。こうして記憶が曖昧になって組み合わされることによってさまざまなアイデアが生まれるのが創造性というものの正体です。そのわかりやすい例が、架空のストーリーであったり、芸術作品だったりするわけです。


人に何かを教えるときには2つの方法があります。答えを教えてしまうのがひとつの方法。もうひとつは、答えを悟らせる方法です。社会に出てからは、相手の顔色をうかがったり、情報を分析して解決策を考えたりといった、自分で悟らなければいけない場面のほうが圧倒的に多い。しかし、教育の場面では答えを教える方法ばかりが行なわれてしまうのは、悟らせる教育には技術がいるからです。


多くの学生を指導していて感じるのは、最初からプレゼンが上手い人というのは、相手の立場に立てる人である、ということです。


研究者にはプレゼンテーション能力が必須です。そもそも研究成果を学会で発表するのにもプレゼン能力が必須ですし、研究費の獲得のためにもプレゼン能力が必要になる。


注意しなくてはいけないのは、人によって違う、遺伝的に決まってくる性格もあるということ。自分がある方法でうまくいったからといって部下にも同じやり方を押し付けるのは独り善がりでしかありません。


おそらく、平社員がいきなり社長の仕事を与えられたら耐えられないでしょう。でも、徐々に出世していって、失敗しながら徐々に責任が増していくから、社長になったときにはそのストレスに耐えられるようになっている。ストレス耐性がつくというのはそういうことだと思います。


ストレス耐性についても、後天的に身につけられる面があります。これは動物実験ですが、継続的に小さなストレスを与えていると、あるとき大きなストレスが来ても耐えられることがわかっています。


本質的に自分を変えられるかどうかは、はなはだ疑問です。でも、「変わるぞ」「頑張るぞ」と思って生きるほうが、滑稽かもしれないけれど、良い生き方ではないでしょうか。


現在では、遺伝で決まることと後天的に決まることは半々くらいだと言われています。半分も変えられる、というのはすごいことです。そう考えると、遺伝子で決まっている半分に目を向けて残念がるよりも、自分を変えるための脳を持っていることに目を向けて期待するほうが、はるかに健全だと私は思います。と同時に、私の英語のように、遺伝的にどうしても苦手なことは、諦めることでラクになる部分もあります。


私たちはなぜこんなに大きな脳を持っているのか。それは、経験や学習によって自分を変えていくためです。遺伝で決まっていることだけで生きていくならカエルやハエと変わりません。遺伝で決まっているデフォルトからどれだけ乖離できるか、どれだけ羽ばたくことができるか。そのために脳があるのです。


自分の適性がわからないという人もいるかもしれませんが、今まで生きているのですから、「けっこう逆境に強いな」とか「本番に弱いタイプだな」といったことは、なんとなくわかるはずです。周りの人に聞いてもいいでしょう。


私たちの個性は単純ではなく、千差万別です。共通の成功ルールはありません。ある人にとっては良い方法も、別の人がやれば逆効果かもしれない。自分に本当は何が向いているのかをきちんと考えることが重要です。


一般に、豊富な知識や経験があると、それが「殻」をつくってしまって発想の邪魔をします。


座学と現場主義ではどちらがいいか、といった議論がありますね。これについても、脳の観点からは、どちらがいいとは言えません。人によって、きちんと段階を踏んで勉強したい人もいれば、行き当たりばったりで挑戦して成功する人もいますから。


富士山をイメージしてもらうとわかりやすいのですが、高くて美しい山は、一点の噴火口から噴き上げることでできています。そして、高い山は必ず裾野が広い。一点の能力を高めることで、その周辺の能力も付随して上がることを、専門用語で「学習能力の転移」と呼びます。


面白いのは、熱中して、ある一点を徹底的に掘り下げると、その周辺の能力まで高まっていくことです。特定の能力を高めると、それに関連した周辺の分野の問題に遭遇したときに、なぜか正しい答えがいきなりわかってしまうことがあります。それを、人は直感力と呼ぶわけです。「一芸は多芸に通ず」と言われるのもこれです。


知識や経験を身につけるときに「いつでも通用するわけではない」という保留を付けること、必要なときにほんの少しだけ常識を外れることが大事だと思います。


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