池田弘(経営者)の名言 一覧

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池田弘(経営者)のプロフィール

池田弘、いけだ・ひろむ。日本の経営者、神主。「NSGグループ」代表、プロサッカークラブ「アルビレックス新潟」の会長。新潟県出身。國學院大學卒業後、実家の古町愛宕神社の宮司となる。従兄と共同で新潟総合学院を開設。同グループを日本有数の教育事業グループに成長させた。その後、アルビレックス新潟社長に就任。地域密着型の改革を行い、観客動員数でJリーグ記録を達成。チームのJ1昇格に貢献した。また、ベンチャーキャピタルを設立し、故郷新潟の起業家を支援する活動を行った。

会議も市場調査も全く意味がない。みんなで話し合ったり、データを分析したりして商売がうまくいくか分かるならこんな楽な話はない。


自分の勘を信じ勝負して、駄目なら責任を取る。それが経営者というもの。


今の日本を前進させていくのは、大きな挫折を経験し、それを高い志で乗り越えようとする人たちである。


「和」とは本来、自立した個が協調することを意味しますが、それを「みんな同じ」にすり替えてきた近代の日本で、真に個性的な人間がエリートになることなどありえません。彼らが個性を発揮して人生一発逆転を目指すとしたら、起業が残された数少ない道のひとつです。


日本の神道は多神教です。多神教とはさまざまな価値が並び立つことを認める宗教です。日本に仏教を広めた聖徳太子は、十七条憲法の中で「和を以て貴しとし、さかふる(さからう)こと無きを宗とせよ」と言っている。異質なものと協調して、無闇やたらと争いを起こすなという意味です。つまり、聖徳太子は仏教の布教に尽力しつつ、神道を排除せよとは言っていない。共存せよとおっしゃっているのです。この「異質なものと共存する和の精神」こそ、まさに多神教の神髄です。


石に囓り付いてでも経営を軌道に乗せて、ハイレベルな目標を達成するような人材の多くは、いわゆるエリートではない、人生で挫折を経験しているような人です。嘘だと思ったら、ジャスダックに上場しているベンチャー企業の経営者の学歴を調べてみるといいでしょう。中卒、高校中退、高卒の人が大多数です。


大きな目標、しかも利己的でない、利他的な大きな目標を持っている起業家ほど、燃えるような目をしているものなのです。そんな人材に出会うと、こちらも「おっ、こいつは見どころがあるな」と思うわけです。


ベンチャー経営で次々に襲いかかってくる困難を乗り越えるには、いったい何が必要でしょうか。潤沢な資金、優秀な人材、斬新なアイデア……。いずれも重要なことは間違いありませんが、こうしたものをいくら豊富に取り揃えたところで、ベンチャーが成功するとは限りません。一番大切なのは、起業家の志です。起業家がどんなレベルの志を持っているかが、最も重要なのです。自分さえ食べていければいいというような、志とはいえない「動機」レベルの場合もあるでしょう。一方で、日本を幸せな国に変えたいというような高い「志」もあります。どんなレベルの志を持つかで起業家の目つきや雰囲気はまったく変わります。


本来、神道は様々な価値観が並び立つことを認める宗教でしたが、中央集権国家をつくる必要にかられた明治政府は、神道を一神教的な国家神道につくりかえてしまいました。国家神道は異質なものを排除しつつ、一方で和の精神だけを強調しました。その結果、明治以降のわが国には、「異質なものを認めない和の精神」がはびこることになった。元来、個性の発揮をよしとしてきた多神教国家が、人と同じこと、人の輪から外れないことを要請する国家に変質してしまったのです。こうした風土は戦後も変わることなく、家族主義的な企業文化に継承されていきました。


相手の何を見れば信用できるのかといえば、それは「気」です。空気、雰囲気、活気……。日本語には気がつく言葉が大変に多くありますが、心にやましいところのある人物は、必ずやましい雰囲気を醸し出しているものなのです。ですから、じっと目を見てこちらを見返してくる瞳にやましさがなかったら、とりあえず人間としては信用していい。反対に、どれほど周到な事業計画書を持ってきたとしても、どこかやましそうな雰囲気を醸し出していたら、絶対に信用してはいけない。こうした感覚は、何人もの起業家に会っていくうちに、自然と磨かれてくるものです。


ベンチャー詐欺師の口車に乗ってお金を注ぎ込んでいては、いくらお金があっても足りません。正直言って、数少ないものの、私も過去にそうした経験をしていますが、信用できる人間を見抜く眼力を養うことができたと思います。


「神様が見ている」「お天道様が見ている」とは、たとえ誰の目からも見えない場所、隠れた場所であっても、神様は人間を取り巻いている森羅万象に宿っておられるのだから、すべてをお見通しだよという意味なのです。むろん、キリスト教のような一神教にも神様に見られているという感覚はあるでしょうが、一神教で大切なのは神様との契約です。契約をきちんと守っているかどうかが重要なのです。しかし、神道では、契約を守っているかどうかではなく、自分を取り囲んでいる八百万の神に対してやましいことをやっていないかどうかが大切なのです。


私が信頼するのは、頭のいい、お行儀のいいエリートではなく、あまりにも個性が強すぎて仲間外れにあったり、学校で先生から目をつけられたりしてドロップアウトせざるをえなかった、そしてそれを乗り越えて充実した人生を本気でつくり上げていこうとする人材です。そんな人こそ、石に囓り付いてでも事業を成長させる根性を持っている。


サッカーが不毛の県と言われた所で、一生懸命採算を合わせるべく、みなさんに応援してもらうべくやっているうちに、これだけの盛り上がりの結果が出たんだと思います。


コミュニティということがよく言われていますが、たとえば家族旅行に年に二回行っているのであれば、アルビレックスの試合に合わせて周辺の温泉を予約し、温泉を楽しみながら試合に来ていただく。みなさん湯布院に行って、別府の試合を見ているみたいなんです。おじいちゃんが「アルビレックスを応援に行こう」というと、孫が一緒に来てくれるみたいなこともある。あるいは町内会を通して申込書が回覧板で回ると「隣のおばあちゃんが行くんなら、私も行くわ」みたいな誘い合わせて来てくださるとか。家族をコアにして、町内が一緒に盛り上がる。勝った時は地元に戻って町内で酒盛りするとかね。


跡継ぎになると言われ、育てられたので、代々引き継いできたものを切り捨てることは難しい。ただ、神主だけでは生活していけない。そこで、お宮を継ぐという選択と同時に、事業を興すという選択をしました。


ニュービジネスの分野では、自己判断が非常に大事なので、若手起業家を支援するときも、自己判断能力があるかどうかを一番の判断基準にしています。


小さな子どもはエネルギーがあり余って、やんちゃをすることがあります。その中で、怒られたり、社会性を身に付けることで、何が正しいのか、何を反省すべきかを学んでいくのだと思います。母は、その判断を神様との対峙によって教えてくれました。「神様は目に見えないけれど、神殿にいる神様は、あなたのことをいつも見ています。だから、何を反省すべきか、良く考えなさい」ということです。


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