江川達也の名言 一覧

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江川達也のプロフィール

江川達也、えがわ・たつや。日本の漫画家。愛知県出身。愛知教育大学教育学部数学科卒業後、名古屋市立東陵中学校に数学講師として約5か月間勤務後、小学生時代からの夢だった漫画家への道へ進む。漫画家本宮ひろ志氏のアシスタントをする傍らに描いた習作がコミックモーニング編集部の目にとまり、『BE FREE!』でデビュー。その後、『まじかる☆タルるートくん』『東京大学物語』などのヒット作を生み出した。また、各種メディアでコメンテーターとしても活躍した。

誰もが天才になることはできませんが、ある程度、努力でも差を縮めることは可能です。公式というルールがありますから、それを発見して使いこなすことができれば、仕事を効率的に進めることができます。だから、スピードは確実に上がるのです。


公式を知っているのと、それを使いこなせるかどうかはまた別の問題です。自分で新しい公式をつくれるようにならなければ、本当の意味で、公式を使いこなすことはできません。


僕は何か課題を与えられると、これを期限までにやり遂げるには、何をどの順番でやらなければいけないかをまず考えるということを、十代のころからやっていました。その結果、いまではどんなに複雑に絡み合ったものごとでも、どうやれば整理できるかがわかるようになったのです。


なんとか原稿の締め切りに間に合わせたけれど、こうすればよかったと、あとで思うことはあります。そういうときも、そこで新たに発見したことを次に活かせばいいと考えるから、間違いだとは思いません。


仕事で重要なのはスピードだけじゃないわけで、僕にはスローモーションに見える人にも、それなりの良さがあるのだから、そういう人はスピードを求められない仕事に就けばいいんじゃないでしょうか。逆に、分相応なスピードを追い求めると、事故を起こすかもしれない。自分の速度を知ることも、大切かも知れませんね。


「飛んでいる矢は止まっている」って、習ったでしょ。要するに、どんなに短い時間も、二つに分けることができるのだから、同じことをやるにも半分の時間でできるんじゃないかと、僕は学生のころに思ったんですよ。もちろん、いきなり何でも半分にはできませんが、0.1秒単位の無駄を見つけてなくすことを長い間続けていくと、時間の密度は濃くなるし、無限に圧縮できるという感覚もわかるように必ずなります。


あの合理化の権化のようなトヨタ自動車ですら、いまでも「工場で従業員が部品を運ぶ歩数を2歩減らすには、どうすればいいか」というようなことに、真剣に取り組んでいるのです。ああやって、0.1秒でも圧縮できないか、試行錯誤を繰り返していけば、時間は無限に圧縮できるのです。


誤解を恐れずに言うなら、手を抜いてでも締め切りに間に合わせるのがプロでしょう。編集者の想定するレベルは、当然、超えていなければ話になりません。それがプロですから。手を抜くというのはそこから先の話で、時間が許せば、自分としてはもっと描き込みたいという部分を制御してでも、締切りを守るということです。


一番大事なのは、仕事に正しい優先順位をつけることです。僕の場合は仕事を前にした瞬間に、計画立案プログラムが自動的に頭の中に広がるのです。これはもう、頭の中にそういう回路ができあがっているというよりほかありません。物理学者は海辺で崩れる波を見ても、数式が頭に思い浮かんでしまう……それに近い感覚ですね。僕がそれを瞬時にできるのは、訓練のたまものです。


基本は公式通りでも、細部には微妙なチューニングが必要です。これができないと、たんなるマニュアル人間の域は出られません。つまり、いざというときに応用が利かないから、結局、使えないのです。


サイコロの目が出る確率は、どれも6分の1です。だから、延々と1に賭け続ければ、最終的に正解率は6分の1になるはずなんです。ところが、理屈はそうでも、なかなか1が出ないと、ほとんどの人は途中で2や3に賭けてしまう。ずっと1で押し通すというモチベーションが、維持できないのです。


現在の僕は、意識して考えなくても、その場面に最適の黄金律を計算しています。それは、その人のセンスの問題。でも、人は訓練すれば、こういう頭の使い方はできるようになるんじゃないでしょうか。


普通は週刊誌連載一本につき、アシスタントが4人必要だといわれています。でも、僕の場合はアシスタントがいると、逆に仕事のペースが落ちてしまう。なぜなら、自分のイメージの描き方、方法なんかを一から教えながら描いていると、自分なら2時間で描ける絵が、3日もかかってしまうんです。だったら、最初から自分でやった方が、効率的じゃないですか。


かぜ考えることができないかといったら、安全で居心地のいい状態が未来永劫続くと、何の根拠もなく思い込んでいるからです。これから先も何も変わらないのなら、いままでのやり方を続けていればいいだけですから、自分で考えようなどという気持ちが起こらないのは当然でしょう。


僕自身、中学教師という安定した職を辞して、本宮ひろ志先生のアシスタントになるときは、その前にこれでいいのかと、何度も自問しました。でも、レールを外れなければ決して手にできないものがあるのも、また事実です。


社会というのは、これまで自分が見たことのない問題にばかり出くわすところだ。自分の頭で考えられない人間が増えれば、その国は滅びてしまう。


マニュアル人間の弱点は、目的達成のために最小限のことしか考えないことだ。つまり、思考に余裕がないのだ。


無能な教師たちが「ゆとり」を「怠けること」と勘違いしたものだから、効果があがらないばかりか、基礎学力の低下まで招いてしまった。


ほとんどの日本人は、他人より1点でも多く点数をとれば、それだけ幸せになれるというバカげたことを本気で信じ取り組んでいる。


どのように考え、行動すればいいかわからなくなったら、歴史に学ぶのも悪くはありません。とくに明治の日本は、素晴らしい思考力で苦境を乗り切った人をたくさん輩出していますから、手本を探すのにそれほど苦労はないはずです。


すでに考えない人が安全でいられる世の中ではなくなってきています。それに、誰にもわかるくらい環境が変化してから、じゃあ自分も新たな生き方を考えようと思っても、そのときはすでに手遅れです。だからそうなる前に、自らの意志で社会や会社のレールから外れて、否が応でも自分で考えざるを得ない状況に身をさらすのです。


本来、学問の本質とは何か、あるいはなぜ日本は先の戦争を戦い、敗れたのかといった根源的なことを無視して、ひたすら無意味な暗記競争を強いているのがいまの教育です。つまり、順応力があって学生時代成績の良かった人ほど、考える力は限りなくゼロに近いんじゃないでしょうか。しかし何も考えなくても、なに不自由なく暮らしていける。それが、戦後の日本社会の特徴だと思います。


昔誰かが考えついたやり方を覚えたって、そんなのちっとも楽しくないじゃないですか。それより僕は、自分で「江川流」の解法を考えだすのが好きだったんです。


たしかにいまは、ものを考えない人が多いですね。でもそれはある意味、仕方がないんじゃないですか。だってこの社会は、下手に考えない方が楽に生きられるし、ご褒美だってたくさんもらえるようにできているんですから。いい例が受験勉強です。あれはとにかく何も考えず、答えをひたすら暗記したほうが、成績が良くなる仕組みになっているんです。数学だって、最初から解き方のパターンをたくさん覚えておけば、簡単に高得点がとれちゃう。考えるなんてことは必要ないんです。


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