江上剛の名言 一覧

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江上剛のプロフィール

江上剛、えがみ・ごう。日本の作家、コラムニスト、コメンテーター。兵庫県出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、第一勧業銀行に入行。広報部次長、築地支店長などを経て退行。経済小説『非情銀行』で作家デビュー。小説家、テレビのキャスター、コラムニストなど幅広い分野で活躍している。

時の経営者ではなくて、その企業にとって、何を成すのがベストなのかを追求すべき。


ブレずに自分の信念を貫くべき。それでクビになってもいいじゃないですか。腹をくくりましょうよ。人間、開き直れば、これほど強いものはありません。


「あのとき叱られたから伸びました」と述懐する人もいますが、それは結果論で、厳密には叱られたから伸びたのではないと思います。叱られ続けたら、10人のうち9人は萎縮して成長が止まってしまいます。


大リーグだって走攻守がそろったイチローみたいな万能選手はほかにいないわけです。会社でもそうで、走るのが速い部下、守るのが上手い部下、打撃がいい部下はいるけれど、パーフェクトな部下はまずいません。


部下は上司を見ています。この上司は自分の評価を高めることしか考えていない。見栄えのいい仕事を上手にとっていって、悪い仕事はみんな部下に回す。そういうことを恐ろしいくらい見ています。難しいプロジェクトに入るときはなおさらです。


私の30代はまさに「一所懸命」でした。自分が置かれたその時々の立場で、「一」つの「所」に「命」を「懸」けて働きました。一見、損な生き方のように感じるかもしれません。でも、決してそんなことはありませんでした。案外、周りはきちんと見てくれているものです。


ミッションをひとつに絞れば、いろんな知恵が出てきます。僕は「お客様のため」と軸足を定めたから、アイデアがどんどん浮かびました。ところが不思議なことに、お客に軸足を置いて提案すると、上司と喧嘩になるのです。当時の僕は、今日はどの上司と喧嘩しようか、などと考えながら出勤していたものです。


そもそも銀行に入りたいと思っていたわけではありませんでした。単なる巡り合わせで、旧第一勧業銀行に入社したのです。エリートの人は「これは本来、自分がやるべき仕事ではない」などと、腰掛の意識を持ちがちです。でも僕はそうは考えなかった。銀行マンになったからには、まずお客様のため。お客だけに軸足を置いてものごとを考えるようにしました。


大蔵省と喧嘩したこともありました。第一勧業銀行本店の業務開発部という部署で、株価連動定期預金という商品を考えたときのことです。いまでいう投資信託みたいなもので、間違いなくお客のためになるものでした。それに対して大蔵省は「銀行は証券みたいなことをやっちゃいかん」と怒りました。それでもお客様のためだと思ったから、これは定期預金だと言い張って実現させました。


49歳で銀行を辞めたとき、肩書を失った自分は、何もできない人間だと実感しました。でも30代で一所懸命やっていた自分を見てくれていた人たちが、いまも自分を支えてくれています。30代のころに目の前のことをあと先考えずにやっていてよかったなあ、と思っています。


上司自らが行動で示すことで、部下自身も自然に後輩の面倒を見るようになります。どんな部下も、上司を見ていることを忘れてはいけません。


ときには、仕事のできる部下を叱ったりして、周囲に優秀な部下を特別扱いしていないと思わせないと同時に、他の部下に対しては「自分もしっかりしなければいけない」と思わせることも大切です。


部下のあげた成果や案件などは、部下に直接、私の上司に話をさせました。部下の手柄は部下自身のものだからです。もちろん、上司には事前に話をしておき、根回しも忘れませんでした。私のさらに上の肩書を持つ上司と話をするのだから、部下は相当緊張しますが、それも経験です。ある程度のアドバイスはしますが、自らの言葉で上司に語ることは自信につながり、仕事に対する意欲も高まります。やがては、優秀な部下に育つ可能性も格段に高くなります。


銀行員時代、支店長として赴任した先の引継ぎで、前任者から「この支店では3人しか仕事をしていない」と言われて驚いたことがあります。確かにその3人は優秀でしたが、前任者は彼らにばかり仕事をさせることで成果を上げていました。これは成果主義の弊害でもあります。そこで私は、男女の区別なく順番を決めて、毎日、一人の部下と一緒に取引先を回りました。ときには、喫茶店に入ってお茶を飲みながら部下と話をして悩みを聞いたりしました。それは、部下の人となりを見つける貴重な時間でもあります。


いまや成果主義が主流となり、過大な目標が押し付けられることも増え、それが要領のいい上司や部下を増やす結果につながりました。また、成果を求められるあまり、一部社員によるデータのごまかしや数字の改ざん、企業不祥事も多発しています。そのため、社員個々の成績ではなく、チームワークで動いて、力を発揮することが求められるようになりました。部下の面倒を見ることは厄介なことですが、上司として、それをやらなければならなくなったのです。


普通のサラリーマンでも個人力は必要で、たとえば海外の小さな営業所で、本社の指示など待つ暇もなく、自分で判断して仕事をしている人などは、個人力が鍛えられているはずだ。逆に、親が会社で上司の指示を待つのが当たり前だと思っていると、子供もゆくゆくはそうなってしまうだろう。


世界という枠に放り込まれてもいいように、実践的な英語を学ばせることも大切だ。インターネットひとつとっても、英語のサイトにアクセスできるのと、できないのとでは情報の得られ方がまったく違う。世界の広さを認識させることが、子供を骨太にするためのひとつの方法であると思う。


企業を見れば一目瞭然だが、何十年も生き残っていける企業というのは、規模の大小ではなく、世界を相手にして闘っていける力があるかどうかで決まる。それは個人の生き方でも同じだ。


子供に「好きなことをやれ」というのは野放図すぎる。一番よくないのは、子供にああしろ、こうしろと指図し、親がかなえられなかった夢を押し付けることである。我慢したり努力したりするプロセスが不可欠なのだということをきちんと教え、ゴールを一緒に考えてやることだ。


革新的な事業に乗り出すようなとき、社内の大半は「積極的な賛成者」「積極的な反対者」ではなく、勝ち馬に乗ろうとしているだけの「中間層」です。彼らには、どんな意見であれ、とにかく発言させておくこと。それが失敗したときの保険になるからです。新しいプロジェクトに成功の保証はありません。提案者は失敗したら責任を被ります。でも、中間層は「だから失敗すると言っただろう」と逃げることができる。彼らに逃げ道を用意しておけば、企画を通しやすくなるのです。


会議を進める中で、自分たちが意図している方向へ意見が集約できるように布石を打ち、流れをコントロールすることが大切です。具体的には、自分たちの意図に賛同してくれそうな意見をチョイスしながら、その代表的な意見を集約して紹介する。それによって流れをつくるということです。


会議にも「結論を出す会議」と「結論を出さなくていい、ガス抜きのような会議」の2種類があります。後者なら、みんなにひと通り意見を出させればいいわけです。しかし、ある一定の結論は出さなければならない。そういうときに避けなければいけないのが、強引に結論へ持っていこうとすることです。「結論ありき」の印象を持たれてしまい、「それなら会議をする必要はなかったんじゃないか」と噛みつかれる恐れがありますから。


会議は極力少なく、短く。時間を区切ることも大切です。


会議は極力少なく、短く。時間を区切ることも大切です。


一方的に話すだけではなく、聞くところからコミュニケーションは始まります。ですから上司は、悪い報告を受けた途端に「なんだ、それは!」などと頭ごなしに怒らないことです。中間管理職がやってしまいがちなことですが、わざと大げさに叱ってみせて「厳しい上司ぶり」を上役にアピールする人がいます。それは絶対にやってはいけないことです。また、トラブルの報告を受けたからには、上司は覚悟を決めて、命がけで解決にあたらなくてはいけません。


銀行の支店長時代、部下を叱るときは公憤なのか、私憤なのかを常に考えました。自分の腹立ちを満足させるために怒っているなら、それは私憤ですからやってはいけない。


頼みにくい仕事、嫌な仕事には2種類あると思います。まず、自分がやりたくないので代わりに誰かにやらせようという仕事。これはもちろん、人に任せてはいけません。もうひとつは、自分はやらなくてはいけないが、自分一人では絶対にできない仕事です。


難しい仕事に挑戦するとき、まずは自分が覚悟する。絶対に逃げないと覚悟するのです。そして部下が10の仕事をやるなら、自分は20。部下が10の責任だったら、自分は20の責任を負う。そういう姿を見せつつ、やるべきことを徐々に伝えていきました。
【覚書き|銀行員時代、総会屋との関係遮断の仕事を任された当時を振り返っての発言】


話すときはわかりやすい言葉を使うことが肝心です。銀行には「期中平均残高」「乖離幅」など独特の業界用語があります。こういう用語を使って、支店の全体会議を開いたらどうなるか。上司は同じ銀行員だから話は伝わると思い込んでいますが、ほとんど伝わらないというのが実態です。


上司に悪い情報を入れて、褒められたためしがありますか?普通は怒られます。それを経験的に知っているから、部下は悪い情報をなかなか上げようとしないのです。


銀行の支店長時代、外回りの営業マンが営業日誌をあげてくるとき、一件も悪い情報がなかったとします。一日お客さんと接していながら、クレームもなければ、改善につながるご意見もなかったということです。でもそれは極めて不自然です。外回りであれ、窓口業務であれ、きっと何かはあるはずです。だから僕は、クレームやトラブル情報は必ず日誌に書きなさいと指示していました。


出向先を新天地と心得、そこの仕事で最善を尽くせば、自ずと道は開けてくるはず。私の知人に、倒産寸前の鉄鋼会社に出向させられた人がいました。ところが、その人は会社に馴染んで、立て直しに腕を振るい、その後は再建専門の経営者として有名になりました。もし鉄鋼会社に出向しなければ、その人は大成しなかったかもしれません。


懸命に仕事をしていれば、それを評価して助けてくれる人が、必ずまわりにいるもの。営業のスキルでも、財務のノウハウでも、何でもかまいません。どこに行っても通用するように自分の腕を磨いておけば、あなたを拾う神が間違いなく現れるでしょう。


私は、50代に必要なのは「自分を捨てる力」だと考えています。身に染み付いた我欲や見栄の一切を、思い切って捨ててみる。いままで50年生きてこられたのだから、御の字です。これからの第二の人生を輝かせるためにも、人生をリセットしましょう。


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