永山治の名言 一覧

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永山治のプロフィール

永山治、ながやま・おさむ。日本の経営者。中外製薬社長。東京出身。慶應義塾大学商学部卒業後、日本長期信用銀行(のちの新生銀行)に入行。日本長期信用銀行ロンドン支店勤務を経て中外製薬に入社。営業本部部長、国際事業部部長、開発企画本部副部長、事業企画部長、開発企画本部副本部長、薬専事業部副事業部長、取締役、常務取締役、副社長などを経て社長に就任。そのほか、日本製薬工業協会会長、日本製薬団体連合会副会長、東京大学経済学部非常勤講師などを務めた。

長く親しまれ、定着するための信頼を得る地道な努力こそが大事。


昔は類似薬でも生き残ることができるのどかな時代もありました。でも今は、本当に良いものだけが選ばれる時代。


大きな流れをとらえることが大事。時代の潮目を読み、事業の枠組みをしっかり整えれば、多少のトラブルが起こっても解決できる。


勝ち残るには、良いものをつくるだけでは不十分。一番に市場導入に漕ぎ着けるスピードが求められる。


経営者になった頃は30年後に、会社あるいは従業員の人が安心して仕事できるような会社にしたいと思っていましたが、いまや10年先もだんだん分からなくなってきました。でも2~3年では、なかなか会社を変えられない。10年前に考えたことを、そのまま達成することはまずありません。それでも目標達成にはいま、何が欠けているのかということを常に見つけ出していくことが必要だと思います。そうした文化をきちっと会社の中に作ることが非常に大事なのです。


これまでの薬や診断薬は今後も中心として残ります。でも、それ以外で患者さんやお医者さんが求めているソリューションがあります。今までは薬は症状がある人に全部使って、3割効いたとか4割効いたとかいう世界でした。そこで、事前に遺伝子的に効かないことが分かっている場合には事前に外すということが可能になるように、バイオマーカーとセットで薬を開発するようにしています。


今後の10年は、過去の10年以上に業界の状況は変わっていくでしょう。単純に今までのように50社ある会社が30社になるといったことだけでは事態を解決できません。残っていけるかは、患者にどれだけ貢献できるかにかかっています。


国内同士の提携が普通の日本のやり方だと思うし、そういう打診を受けたことも実はあります。ただ、当時の中外のバイオだけでは世界の競争には勝ち続けられない。組むならバイオも化学合成も強い会社ですが、なかなか日本にはなかったんですね。


2000年6月、米大統領のビル・クリントンと英首相のトニー・ブレアが、ヒトゲノムの概要解読を終了したと発表しました。「生命の世紀」などという言い方も生まれました。病気の原因と遺伝子の関係について、毎日のように発見がある中で薬を作るには、膨大な費用がかかります。中外は化学合成による創薬が主流の国内製薬企業の中で、いち早くバイオ分野に注力してきました。(腎性貧血治療に用いられる)エリスロポエチン(EPO)など成功例もあります。でも、宇宙のように限度がない世界で、当社だけが単独でリスクのあるバイオ分野の新製品開発を必ずやっていけるというのは、もう全くイリュージョンです。時期が来たら動かねばならないということで、新年の挨拶や中期計画などを通じて、社員に対しては問題意識を投げかけ続けていました。
【覚書き|スイスのロシュに自社株式の50.1%を売って傘下に入った理由について語った言葉】


スイスのロシュには自分から戦略提携を打診したんですよ。2年ぐらいかけていくつかの会社を検討しましたが、企業カルチャーと物の考え方が一致しないとなかなか難しい。単に会社を売却して、後はもう向こうの一部としてやっていくならもっと単純ですが。そうでなくて日本の研究を強化し、サイズは向こうの方が大きくとも、こちらも自主的に経営するような方式で考えてくれ、当社の研究開発の強化も支援してくれるということで、ロシュに絞り込んだのです。


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