武田信玄の名言 一覧

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武田信玄のプロフィール

武田信玄、たけだ・しんげん。戦国時代の戦国大名。甲斐武田氏19代当主。父信虎が平定した甲斐を引き継ぎ、信濃・駿河・西上野・遠江と領土を広げた人物。軍略のみならず領国経営にも秀で、各地で治水事業と新田開発を行った。

弓矢の儀、取様(とりよう)の事、40歳より内は勝つように、40歳より後は負けざるように。
【覚え書き|弓矢の儀とは合戦のこと】


100人のうち99人に誉められる者は、決していい人物ではない。


およそ戦というものは、五分をもって上とし、七分を中とし、十分をもって下とす。五分は励みを生じ、七分は怠りが生じ、十分は驕りを生ず。


渋柿を切って甘柿を継ぐのは小心者のすることだ。国持ち大名にあっては、渋柿は渋柿として役に立つものだ。
【覚書き|渋柿は干せば干し柿として甘くなる。自国の弱みや、嫌な部下も使い方によっては良くも悪くもなるという趣旨の発言】


晴信の弓矢は欲のためではなく、民百姓を安楽にするためだと民に知らせれば、わしが軍を進めるのを待ち望むようになる。
【覚書き|武田晴信は信玄の諱。弓矢は戦や武力・武術のこと】


成せば成る、成さねば成らぬ、成る業を、成りぬと捨つる、人のはかなき


負けることのない戦いに負け、滅ぶことのない家が滅ぶのを、人はみな、天命と言っている。自分は天命とは思わず、みなそのやり方が悪いためであると思う。常々やり方をよくしておれば、負けることはあるまい。


六分七分の勝ちは十分の勝ちといっていい。八分の勝ちは危険の兆候。九分十分の勝ちは味方大敗の下地になる。


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