樋口裕一の名言 一覧

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樋口裕一のプロフィール

樋口裕一、ひぐち・ゆういち。日本の作家、翻訳家、教育者。多摩大学経営情報学部教授。大分県出身。早稲田大学第一文学部演劇科卒業、立教大学大学院文学博士後期課程修了。専攻はフランス文学。受験での小論文対策の権威としても知られている。翻訳書、一般書、参考書など幅広い著書を出版した。東進ハイスクール講師、京都産業大学文化学部客員教授を経て、多摩大学経営情報学部経営情報学科教授、京都産業大学客員教授に就任。主な著書に『ホンモノの文章力 自分を売り込む技術』『ホンモノの思考力 口ぐせで鍛える論理の技術』『頭がいい人、悪い人の話し方』『頭がいい人、悪い人の言い訳術』『頭がいい子に育つ樋口メソッドシリーズ』『本当に使える! 日本語練習ノート』など。

人は、やりがいのある仕事を与えられてこそ伸びていくものです。チャンスが来るのを待っているだけでは、一生、活躍の場を与えられません。


情報が自分の処理能力を超えて増えすぎると、人は自分の気に入っていったものだけを選んで、それ以外のものは受け入れられなくなる傾向があります。


自分の価値観を確認し、強化することばかりやっていると、やがて正しいのは自分だけで、それ以外にもいろいろな見方や考え方があることが、わからなくなってきます。


「コツコツ努力していれば誰かが見ていてくれるはず」なんていうのは昔の話です。自分は劣勢に立たされているんだという危機感を常に持って、いまのポジションを上げるために、自分をより大きく見せる努力をしなければいけません。


反論しようにも知識が足りない場合は、正直に「わかりません」と言いましょう。「わからない」というと「頭が悪い」と思われるのではないか、という心配はいりません。むしろ「わからない」と面と向かって言われると、たいていの人は「こいつ、只者じゃないな」と一目置くものです。そもそも、わからない自分が客観視できることは、頭がいい証拠でしょう。


ときには、理屈っぽくて嫌味な奴だと疎まれるかもしれません。でも論理的にものごとを考えられる人間は、現代社会の中で必ず使い道があります。会社の中でも独自のポジションを築き、「こういう仕事はアイツにしかできない」という仕事を必ず任せられるようになります。


質問の本来の目的は、相手を言い負かすことではなく、わからない部分を補足することにあるわけです。だから、質問するときに自分を無理やり賢そうに見せる必要はまったくありません。相手の言っていることを正確にとらえようとしている姿勢を示すだけでも、十分知的に見えます。逆に、自分が何かを主張したいがためだけの質問は、周囲をイライラさせます。質問をすることで目立とう、アピールしようなどと考えずに、わからない点があればストレートに質問をぶつけてみることです。


会議などで上司をまともに敵に回したら損をするだけです。味方のふりをしてチクリと刺すのが賢い人のやり方です。「たしかにおっしゃるとおりです」といったん相手の主張を認めたうえで、「しかし」と切り返し、「その案を実行に移そうとしたときに、部長のような優秀な方ならできるかもしれませんが、私のような凡人では……」などと、相手を上手く持ち上げながら持論を展開していくのがコツです。これなら上司のメンツを潰さずに、自分の言いたいことを言えます。


一番よくないのは、思いつきだけでモノを言う人ですね。言っているうちにつじつまが合わなくなったり、たとえを使って話しているうちにいつの間にか反対意見を擁護していたり、というのがよくあるパターンです。そうならないためには、普段から四部構成でものごとを考える訓練をしておくことです。四部構成というのは、「わたしは~と考える(主張表明)」「たしかに~しかし…(意見提示)」「なぜなら(根拠)」「このようなわけで(結論)」という型のことです。


実社会で頭がよさそうに振る舞う基本は、やはり論理的な人間に見せることです。「○○の面から見れば賛成だが、××の面からは反対だ」とか、「理由は三つある。ひとつは……」というような話し方を心がけるといいかもしれません。そういう話し方を習慣づけると、中身自体も論理的になってきます。


自分の意見が正しいことを説明するのに、その一部を権威に頼ろうとするのは、テクニックとしてないわけではありません。ただし、他人の分析や意見というのは、自分が問題としている前提とは異なるものから得られたものですから、裏付けとしては弱い。それに権威に寄りかかっている姿は、いかにも頭が悪そうに見えるので、あまりお勧めしたくはありません。


話がうまく通じない人の多くは、相手の話がちゃんと聞けていません。聞く力がつけば、同時に話す力も自然とアップするはずです。加えて、自分の意見に説得力を持たせようと思ったら、なぜ自分はそう思うのか、裏付けをきちんと説明することです。裏付けが加わって初めて、論理的に相手を説得することができるのです。


異なる価値観を持つ人を理解するための訓練に、いろいろな価値観の集積の場である新聞の投書欄を利用することをお勧めします。そこに掲載されている記事を読むだけでも、職業や年齢によってずいぶん違う考え方があることがわかるはずです。さらに思考を深めようと思うなら、自分とは最も遠い意見を選んで、賛成と反対、両方の立場に立ち、それぞれ根拠を2つずつ挙げるということをやってみるといいでしょう。これが自然にできるようになれば、どんな価値観の人の話も正確に聞けるし、自分のことも客観視できるようになります。


ネットにはありとあらゆる価値観に基づいたコンテンツが溢れているというのに、多くの人たちは自分の趣向に合ったものにしかアクセスしていません。結局、インターネットで世界が広がった気になっているのは自分だけです。世界中の人とつながっているといっても、それは同じ価値観の人だけでしかありません。


小学校に作文の授業はあっても、いまの先生はただ「思った通りに書きなさい」としか指導しません。自由に書かせるのが、個性重視の教育だと思っているのかもしれません。しかし、好き勝手に書いていても論理的な文章なんて、永久に書けるようになるわけがありません。


論理的な文章が書けなければ、論理的に話せないわけですから、言いたいことが伝わらないのは当然です。また読む方でも、たとえば新聞のような短い文章でさえ、論旨を追って読むということができない。そのため、他者との会話の前提となる知識や教養を仕入れる機会が減って、コミュニケーションはますます難しくなっているのです。


欧米人にとって社会というのは、宗教や言語が異なる人たちの集まりですから。彼らは何の努力もなしに自然と分かり合えるなんて、最初から思っていません。何かを得ようとしたら、言葉でその意思を伝え、相手を説き伏せるしかありません。欧米人が二項対立のような論理的思考を好むのも、それが異質な他者を説得するのに効果的だからでしょう。


中身のない文章を難しい言葉で書くのは「下手なビジネス文書」、反対に、中身のある内容をやさしくわかりやすく書くのは「上手なビジネス文書」と心得てください。


書き出しに妙に凝ろうとするあまり、メールひとつもなかなか打てない人がいます。しかし、これは愚かなことです。小説なら、書き出しに凝る必要もあるでしょうが、ビジネス文書は決まりきった書き出しで全然かまいません。書き出しで悩むより、書く内容にこそ心を配るべきです。


時候の挨拶や、儀礼的な文章は、ビジネス文書では原則として不要です。事務的な内容に終始するのを避けたいのなら、すべて書き終えたあとに、たとえば「このプロジェクトが終了したら、打ち上げを兼ねて飲みにいきませんか」などと書いたほうがずっとマシです。


現代社会におけるビジネスパーソンは、自己主張をしないと仕事になりません。しかし、和を重んじる日本では、出すぎるのも、周りから浮くのも、できれば避けたいものです。そうした現実を考えると、「問題提起 + 意見提示 + 結論」の文章の型は多くの機会に活用できるでしょう。


知的な話し方を身につける手っ取り早い方法は、「知的に見える話し方」を身につけることです。本当に知的になるのは難しい。ですから、まず、外見を整えましょう。


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