榊原定征の名言 一覧

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榊原定征のプロフィール

榊原定征、さかきばら・さだゆき。日本の経営者。東レ会長。愛知出身。名古屋大学大学院工学研究科応用化学専攻修士課程修了後、東洋レーヨン(のちの東レ)に入社。経営企画室長、取締役、技術センター所長、専務、副社長などを経て社長に就任。日本経団連会長、日本化学繊維協会会長、内閣府総合科学技術会議議員、商船三井社外取締役なども務めた経営者。

いままでの延長線上では数字は伸びません。新しい発想、新しい挑戦を考えだし、積極的に挑戦せよと言っています。


私が社長に就任した前年度は創業以来の危機的状況でした。立ち直るために「新しい東レをつくろう」と改革を始めて以来、私は意識改革を唱え、「大企業でも潰れることがある」という危機意識を持ち続けようと言いました。


メーカーは足元がしっかりしていないといけません。安全、防災、環境保全、企業倫理、法令順守、雇用をしっかり守ることなど、努力を積み重ねて立派な会社と言われてはじめて、コーポレート・ブランドは確立するのです。


長期的視点と、研究開発費を投入し続ける忍耐力が必要です。炭素繊維にかけ続けた研究開発費は累計で1000億円をはるかに超えています。成果がすぐに出なくても我慢して育ててきた歴代経営者には感謝しないといけません。私の責任は、次の世代のために新しい事業を育てることです。


炭素繊維は70年代に欧米の大手化学メーカーがそろって参入しましたが、用途開発に時間がかかるうえに研究開発費の負担が重く、脱落していきました。日本企業は「将来のために絶対やるべきだ」と思った事業は収益が赤字でも容認し、研究開発費をかけ続けました。長期的な視点で経営を行ってきたからできたことです。
【覚書き|炭素繊維で高いシェアをとっている理由について語った言葉】


研究開発陣は3000人を超え、研究開発費は年間約420億円です。総合化学メーカーとして、当社はコア技術に集中して研究開発を進め、絶えず進化しています。


1926年、レーヨン製造会社としてスタートし、ナイロンの研究を始めて、戦前にナイロン繊維を自社生産しました。生物化学の名でバイオ研究を始めたのも当社が日本初です。絶えず技術のフロンティアに挑戦する。これが当社のDNAです。


閉じこもった世界では価値観の多様化は進みません。海外からいろいろな人材を集め、切磋琢磨してこそ、国際的に先頭を走る発想が出てきます。


文部科学省の調査で「理科の授業が苦手」としている先生が小中学校で6割以上もいます。理科が苦手な先生から教えてもらったのでは、絶対に面白くならないし、興味もわかなくなります。私が理科や数学を好きになったのは、中学のときに素晴らしい理科の先生がいたからです。教え方の上手な数学の先生もいました。先生の影響というのは、すごく大きなものです。


私は若いときから勇猛果敢という言葉が好きなんです。勇猛果敢というと、言葉は荒っぽいんですけれども、勇気を持って難しいことにチャレンジしていこうということなんです。


日本人の中で国家の意識が希薄になりつつあると感じます。しかし、それではいけないわけで、国があっての国民だと思います。国民は、国の恩恵を受けると同時に、国に対して貢献しなければいけないですし、責任も果たさなくてはいけない。それで初めて、国家が形成されるわけですから、権利と義務という意識をしっかり持ってほしい。


企業が競争力を失い、同時に生活が豊かになるということはあり得ません。みんな同じ船に乗っているんですよ、ということをしっかりと示したい。


企業と国民生活は利益が相反するという見方が一部であります。ですが、企業が繁栄することは経済の好循環を起こし、国民生活を豊かにすることにつながります。


経済成長を達成する主役は民間企業であり、我々が牽引役を務めるという意気込みです。


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