楠木建の名言 一覧

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楠木建のプロフィール

楠木建、くすのき・けん。日本の経営学者。一橋大学教授。東京出身。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ミラノのボッコーニ大学ビジネススクール客員教授などを経て、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。主な著書に『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』、主な共著に『ビジネス・アーキテクチャ』『知識とイノベーション』『イノベーションを生み出す力』など。

重要なのは「なぜ」という問いを立ててから、別の策を試みているかどうか。


制約や弱点を積極的に受け入れることによって、それらに思いがけない機会や強みが潜在していることに気づく。


ビジネスの目標は継続的に利益を生み出すこと。


最も危険なのは、商品を中途半端な改良でだらだらと延命を続けること。


状況を打破するには、イノベーションしかない。


今や、マーケティングは、イノベーションと同義。


利益を生み出す持続性こそ商売の王道である。


売り手が腰を据えて商品を長く育てようという意図を持たない限り、ロングセラーは育たない。


長期的に利益を上げることが、顧客が満足する価値を提供している最大の証拠。


大事なのは「抽象化」すること。個別のことではなく、その背後にある抽象化された論理は、違う文脈においても通用する汎用性がある。


ビジネスの最終的なゴールは儲けること。経営者の仕事は儲けること。


プレゼンでは本当に伝えたいことを伝えている。ただそれだけ。


面白がること。面白ければ自然と続く。


自分が面白いと思うから勉強できるわけで、本を読むにしても何かを考えるにしても、面白がる力があることが大切だ。センスはその人が経験の中で練り上げてきた論理の引き出しだから、大切なのはむしろ、自分の面白がることを見つける力といってもいい。


初めから「これはいいに違いない」という「そのまんま魅力的な戦略」は、みんなが同じことをやるから、結局のところ違いを作ることができない。差をつけるならば、同業他社が「そんなバカな」と思い込んでいることをやるしかない。


きれいな絵を描く経営者は多いが、そうした「戦略家」ほど、策におぼれて手数を惜しみ、せっかくのアイデアを物にできずに終わってしまうことが多い。


意味のないものをズルズル引っ張って、それがかえって世の中の損失になっていることが、どれだけ多いことか。ダメなものはきちんと破棄することが大切です。


まったく新しい戦略が成功する企業がときどき出てくる。当たり前のことかもしれないが、戦略のイノベーションは、それまでそうした戦略が存在しなかったからこそ、イノベーションになる。


オリンピックの体操競技では、EやFという高難度の技がある。新しい技のイノベーションは、誰もできなかった難度を克服した選手によって実現される。しかし、戦略イノベーションは様相が異なる。なぜその戦略がそれまでなかったのか。多くの場合、その理由は難度ではない。既存企業の思い込みが戦略イノベーションを阻んでいることが少なくない。つまり「できなかった」のではなく「思いつかなかった」のだ。だからイノベーションは往々にして、「言われてみれば当たり前」の話になる。


企業でも公共セクターの事業でも、本来一体であるべきものがバラバラになっていて、それが当たり前だと思い込んでいるケースがあると思います。


戦略の論理の本質は、「いかにして他社との違いをつくるか」です。競争を繰り広げる中、業界の平均以上の利益を上げている会社があるとしたら、それは競合他社との違いがあるからに他なりません。


競争戦略というのは、ありていに言って競争の中でどのように商売を成功させるかという話です。普通の人が昔から普通にやってきているのが商売です。自然科学とは違います。「誰もが知らなかった大発見」などというものはあり得ない。競争戦略は、その本質部分では「言われてみれば当たり前」の話になります。ただし、それは「言うまでもない話」ではありません。


早いうちから商売を丸ごと動かせるような仕事を社内に用意し、「これは」というセンスのある人をそうしたポストに就けて経験を蓄積させていけば、その人たちがセンスのいい人に育っていく可能性はあります。逆にいえば、センスの良い経営人材は、そういう方法でしか生まれないと思います。


ポジショニングにせよ、ブルーオーシャンにせよ、ホワイトスペースにせよ、あらゆる戦略論の考え方は「違いのつくり方についての論理」を提供しています。


「よそとは違う、良いことをやれ」という人がよくいますが、ある意味で矛盾しています。なぜなら、あからさまに良いことであれば、大抵よそでもやっていて違いになりません。いまは誰もやっていなくても、誰かがその良いことをやってぼろ儲けしていれば、すぐに真似する人が現れます。すると、違いが消えてしまう。これは戦略の宿命的なジレンマです。このジレンマを乗り越えるためには、時間的先行による専有とか、特許をとって模倣の障壁を高くするとか、様々な論理が考えられてきました。しかし、それだったら、最初から誰も真似したがらないようなこと、つまり「一見して非合理な要素」を入れた方が、持続的な競争優位につながるのではないでしょうか。


よく、自社の戦略について「生き残りのために、○○をせざるを得ない」という言い方をする経営者がいます。戦略は嫌々つくるものではありません。思わず人に話したくなる面白い話をする。ひと言でいえば、戦略をつくるということはそういうことなのです。


競争優位については割と単純な話で、「顧客が対価を支払いたいと思う水準を上げる」か「コストを下げる」か「ニッチに特化していくなどして無競争状態をつくりだす」かの3つの選択肢しかありません。


私の手元には、アマゾンに関する過去10年間分の新聞や雑誌記事のスクラップがあります。ネットバブルがはじけて赤字が続き散々にこき下ろされたかと思うと、最近では手放しの称賛を浴びたりと、同社の評価はその時々で大きくブレます。しかし、ある程度長い時間軸で見てみると、そうした表面的な評判の振幅にも関わらず、経営者の言っていること、やっていることは常に一貫しています。


企業がなぜ儲かるかというと、顧客に何らかの価値を提供するからです。その本質的な顧客価値の定義を意味しているものがコンセプトです。「本当のところ、誰に何を売っているのか」という問いに答えることといってもいいでしょう。そうした外側の理屈であるコンセプトと、内側の理屈である競争優位がそろって初めて、ゴールネットを揺らすシュートが放てるのです。


ビジネスの成功をあとから論理化しようとしても、理屈で説明できることはせいぜい全体の2割です。伊藤忠商事社長の丹羽(宇一郎)氏は「経営は論理と気合だ」と言っています。理屈では説明できない8割の部分が丹羽氏のいう気合に相当します。しかし、その2割の理屈を突き詰めて考えている人ほど、何が理屈ではないのか野生の勘ともいうべき事柄の意味を深いレベルで理解しています。だからますます気合が入って、野生の勘も研ぎ澄まされ、優れた戦略を編み出していけるようになるのです。「理屈ではないから、理屈が大切」なのです。


戦略を立案するのは、経営者はもちろんのこと、特定の利益責任を負っている事業のラインマネジャーのような人の役割です。しかし、いまそうした人はプレイングマネジャーとして自ら成果をあげることが求められ、仕事に追いまくられているのが現状です。


戦略の本質は「(他社との)違いをつくって、(その違いを)つなげる」ということです。違いがなければ、経済学的には完全競争の状態になって利潤はゼロになります。だから、競争他社に対する打ち手として違いをつくるのです。様々な打ち手を因果論理でつなぎ、それらを相互作用させながら、長期的な利益を実現していく。それが戦略の本質なのです。


自分でも面白いと思っていない話を人に聞かせ、ましてやそれで会社を動かそうとする。これは迷惑な話だし、そもそも上手くいくわけがありません。まずは自分の心の底から面白いと思えるストーリーをつくること。優れた戦略構築の出発点はいつもそこにあります。


戦略ストーリーはサイエンスというよりもアートの世界に属します。だから、スキルを磨くのではなく、センスを高めることの方がよほど大切になります。優れた戦略ストーリーの根幹は何か。それは、自分自身が誰よりもそのストーリーを面白がるということです。


戦略をストーリーとして考え、組み立てるということは、創造的で楽しい仕事です。それなのに難しい目標設定を与えられ、眉間にしわを寄せて戦略を考える人がなんと多いことか。戦略は嫌々考えるものではありません。自分で面白がれるからこそ努力でき、努力が持続するのです。


センスは他人が育てるものではありません。本人がセンスのある人に育つのです。そのためには、社員がセンスのある人に育っていくための土壌を用意してあげることが大切です。


経済学でいう完全競争になったら、企業の余剰利潤はゼロです。利益を出すためには、完全競争から離れる必要があります。完全競争のひとつの前提は「みんな同じ」ということです。その前提を壊して、「違い」を構築すれば利益が出る可能性があります。だから「いかにして他社との違いをつくるか」が戦略の論理的本質になるという成り行きです。


優れた戦略には「Aをすれば、Bが起きる、そうなるとCが生まれる、それがDを触発して、Eになるから儲かる」という時間展開があるわけです。数学的な比喩でいえば、ストーリーは組み合わせではなく順列です。ものごとが起きる順番にこだわらないと、良いストーリーはできません。


優れた戦略をストーリーとしてつくっている人に共通しているのは、自分自身でそのストーリーを面白がっているということです。自分で面白くて仕方がなければ、おのずと人にも語りたくなります。そうやってストーリーが組織全体に浸透し、実行されるのです。優れた戦略ストーリーをつくった経営者は割と「話したがり」です。


戦略の本質はアナリシス(分析)ではなく、シンセシス(綜合)です。戦略を構想するという仕事は、特定の要素に対応した担当者の次元を超えています。商売全体をどう動かしていくかを考える経営者の仕事です。


スキルの総合点が高い人をトップに据えてしまうと悲惨です。社長の担当業務を粛々とこなすだけの「代表取締役担当者」になってしまいます。そういう会社からは、優れた戦略ストーリーは生まれません。


スキルではどうにもならない「センス」の領域があります。ストーリーになっている戦略を構想するということはまさにセンスの領域です。


私があの本(『ストーリーとしての競争戦略』)で言いたかったのは、あらゆる競争戦略は「ストーリー」という思考様式でつくられるべきだということです。「ストーリー戦略」といった新しい戦略論のカテゴリーを提示するものではそもそもない。競争戦略の本質をストーリーとして考えるという「戦略ストーリー」の本であり、「ストーリー戦略」の本ではないのです。


私の研究室には、よく企業の人たちが訪ねてきて、戦略のプレゼンテーションをしてくれます。「こういう戦略をお前はどう思うか」というわけです。しかし、そのうちの8割ぐらいは、聞いていても、なぜ儲かるのかがさっぱりわからない。そうした人たちは、大切なことは一応全部決めてあります。けれども、それらのひとつひとつの要素がどのようにつながって、その結果、なぜ儲かるのか、儲けに至る動きや流れがさっぱりわからない。戦略が静止画の羅列になっていて、ストーリーになっていないのです。


誰かがつくった戦略の分析ならばスキルで何とかなる。分析フレームワークもたくさんある。しかし、すでに存在している戦略を分析するということと、自らオリジナルな戦略ストーリーをつくるというのは、まるで違う仕事である。


戦略分析は担当者(たとえば経営企画部門の戦略スタッフ)の仕事です。しかし、戦略をつくるということは、商売全体を組み立てるということであり、担当者の手には負えません。あくまでも経営者の仕事です。


戦略は分析の産物ではありません。戦略の構想は何よりも「綜合(シンセシス)」の思考を必要とします。戦略をつくるという仕事にはそもそも「分析(アナリシス)」の思考とは相容れない面があります。分析と綜合の違いは、「スキル」と「センス」の違いといってもよいでしょう。分析がスキルを必要とするのに対し、綜合はセンスにかかっているのです。


スキルと違って、センスは直接的には育てられません。しかし、育ちます。定型的な教科書がなくても、仕事生活の中で磨くことはできます。自らの戦略のセンスを磨くのに最も有効なのは、実際に経営者としての戦略作りを経験すること、そうした数場を踏むことです。


人材育成は最初に見極め、次に土壌をつくる。この順序と優先順位を見間違うと、スキルだけで人間を見る組織になってしまいます。結果として、「代表取締役担当者」のような意味不明なトップが増えてくる。


母国で弱くて海外で突然強くなった企業はほとんどありません。どのグローバル企業も、生まれ故郷の臭いや味わいのようなものを引きずっています。これは欧米企業も同じ。日本発のグローバル企業は、日本での強みをローカルで通用するようにマネジメントしているところが多いですね。


アラブのスルタン(王)から日本の落語家まで、「書生」「カバン持ち」という方法論は、昔から世界中にありました。これは、擬似的に経営を経験することでセンスを移転するという人間普遍の叡智(えいち)なのでしょう。


センスが育つのは、ほぼ自身の経験でしかありません。センスに依存する経営という仕事は、どうしても景気などの外的要因に左右されやすい。経営陣やCEO(最高経営責任者)の近くにいた経験がないと、難しいかもしれません。


経営人材は育てるものではなく育つもの。極論すれば、本人の「センス」。企業は、その人物が経営人材に育つのかどうかを見極めることが非常に重要になります。


企業のグローバル化は、過去の実績や成功体験が通用しにくい非連続性を超えたところにあります。


いわゆるグローバル人材がいないからグローバル化が進まないのではなくて、単に経営人材がいないだけ。その希少性が、グローバル化という言葉で浮き彫りにされているわけです。


経営人材はいまの日本に限らず、どの国のいつの時代でも、最も希少な経営資源なのです。その理由もシンプルで、育てられないから。


日本企業に求められているのは経営人材です。スキルをもった「グローバル担当者」も大事ですが、順序が違うのではないでしょうか。


グローバル人材を端的に言えば、慣れ親しんでいない場所に行って、自分で商売を丸ごと動かせる「経営人材」のこと。外国語でのコミュニケーション能力や国際的な専門知識をもつことなどではない。それらは単なるスキル。


経営者とはビジネスを丸ごと動かせる人。細かい一分野についてではなく、「要するに、こうやって稼いでいきましょう」と考えて、実行できる人が優れた経営者です。


完全に同じことは二度と起きません。優れた経営者は、個別具体的な事象から、必ず、「要するにこういうことだな」という抽象化された論理を引き出し、頭の中に入れておく。そして、別の問題に出会ったときに、使えそうな論理を取り出してきて解決できる。具体と抽象の行き来をする習慣を持つことは、我々にとっても有益。


「今、ここ」のことだけを切り取って、時間的にも空間的にも限られた状況で最適化する思考。これは「担当者」の思考です。長い時間軸を持って、広い視野で考えられるのが経営者。


社会のダイナミズムを考えずに、表面だけを切り取って「最近の若者は内向きで……」と考えることは、まさに経営者的思考の対極です。つまり、物事の総体を見ていないわけです。


今の日本は安全で安心、清潔です。不況とは言ってもギリシャやブラジル、シリアと比べればはるかに豊かで住みやすい。となれば、外に出たくなくなって当然。もし、日本人が昔と比べて内向きになっているとしたら、それこそ戦後日本の偉大な成果です。


儲けるためには、「要するにこうやって儲けるんだ」という、ビジネスの総体をとらえた戦略のストーリーを構築して、動かしていかなくてはいけない。それがうまいのが名経営者と呼ばれる人たちです。


プラットフォームという言葉を聞くと、多くの人は「規模の経済」や「範囲の経済」を連想し、資本力のある企業が膨大な顧客をつかまえれば、うまく回っていくという、「楽な商売」を連想しがちです。しかし、1件1件、個別の契約を積み上げるしかないのがサービス業。手数で顧客の支持を得ないと、スケールメリットは絵に描いた餅になる。


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