植村甲午郎の名言 一覧

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植村甲午郎のプロフィール

植村甲午郎、うえむら・こうごろう。日本の経営者、官僚。第3代経団連会長。東京帝国大学法学部政治学科を卒業後、農務省に入省。大臣秘書官、資源局調査課長、企画院調査部長、企画院次長、日本経済連合委員会副委員長兼事務局長、経団連事務局長に就任したのち太平洋戦争後の公職追放に遭う。公職追放解除後、経団連に戻り副会長、会長。そのほか、ニッポン放送社長・会長。日本航空会長なども務めた経営者。

私の精神面の成長は相変わらず遅い。21世紀日本の夢を追いつつ、私ながらに一所懸命、牛歩を進めたいと思う。


顧みれば、私の人生行路にともしびとなって指導していただいた先輩、老若の友人多数に恵まれたことは、本当に幸運だったと思う。


23年余の官僚生活と戦後の経団連を通じて私が痛感したのは、一億同胞の資質が優秀でしかも勤勉なこと、貯蓄性向が高いこと、自由経済性のもとで創意工夫と自由活発な活動ができること、この三本柱こそが明治以来日本経済を今日まで発展させた原動力であったということである。この三本柱が揺るがない限り、日本経済の前途は洋々たるものと信ずる。


一年間の兵隊生活は、私にとって貴重な体験だった。厳しい規律の中で行動し、原始的な肉体労働にも耐えたのだから、もう少しぐらいのことには驚かないぞ、という自信を持つことができた。


私の仕事は一口で言えば、国防の基盤になる鉄や石炭、その他重要資源を調査し、これを整理編成することである。私は調査課長を十年近く勤め、その間、資源調査法を立案、同胞は公布された。業務が広範なので仕事は無限にある。だが在勤十年ともなると統計の数字などちょっと見ただけで勘が働き、誤りが発見できる。


人の上に立った者はむやみと腹を立てたり、下のものを叱ったりするもんじゃない。叱ったり怒ってみても、子供じゃあるまいし、まず実にはならん。


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