栗山英樹の名言 一覧

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栗山英樹のプロフィール

栗山英樹、くりやま・ひでき。日本のプロ野球選手(外野手)、プロ野球監督、スポーツジャーナリスト。東京出身。中学3年時に小平市ポニーリーグチームに所属し、投手として日米大会に出場し大会MVPを獲得。スカウトされ創価高校に入学し、野球部で主将兼エースを務めた。高校卒業後、東京学芸大学教育学部に進み、硬式野球部で投手・内野手として活躍。その後、入団テストを受け、ヤクルトスワローズにドラフト外入団をする。ゴールデングラブ賞などを獲得。引退後は野球解説者、白鴎大学教授などを務めたのち、日本ハムファイターズ監督となる。コーチ、監督経験なしにも関わらず、一年目でリーグ優勝を果たした。

監督が選手を信じられなければ、本当に結果が出なくなってしまう。選手が自分を信じられないとしても、「俺はおまえをできるやつだと思っている」と選手に言う。だって、本当にできる可能性が人間にはあるのですから。


選手を試合で起用するときには、僕はその選手を全面的に信じています。コーチは、選手の実力や状態を冷静に評価できないとダメですが、首脳陣のなかで僕ぐらいは、選手を信じてあげようと思っています。


指導者にとって大事なのは、選手と一緒にどれだけ成長していけるか。僕もまだ全然ダメだから、成長しないといけない。それは伸びしろがあるということ。選手と一緒に成長していければ、当然チームはよくなる。選手は試合で経験しながら成長できるけれど、我々は試合に出られない。選手の10倍は努力しないと、選手と一緒に成長できない。


監督就任時、もちろん不安はありました。とくに頭をよぎったのは、「実績のない自分が監督になったときに、はたして選手はついてきてくれるだろうか」ということでした。でも僕は、「そういうことは考えてはいけない」と思うことにしたんです。僕はただ選手を信じ、選手とチームの成長を願うだけ。選手のほうが僕をどう評価するかについては、いっさい考えない。いわば「片思いの一方通行の関係」にしようと思ったんです。


レギュラーがケガするのはすごく痛い。でも、違う選手がチャンスを得られる可能性がある。そこで成長すれば、レギュラーが戻ってきたときにはプラスアルファが生まれている。


選手を育てるのは監督の仕事ですが、しかし結局のところ、その選手が伸びるかどうかは本人次第です。人は育つときには、自分の力で育っていくはずです。ただ僕にできるのは、「彼なら伸びる」と信じて、活躍できる環境をつくってあげるだけだと思っています。


選手が全力を出し切る環境を整えたとしても、結果が出ない場合もあります。しかし、全力を出せる機会を与えられたのに結果が出なければ、選手は人のせいにできませんから、自分に何が足りないかを本気で考えるようになります。それが成長のきっかけになります。


ピンチヒッターを送り出す場面でも、「ここはお前しかいない。お前なら絶対にできる。頼むぞ」と監督からいわれて打席に立つのと、「ほかに選手がいないから、しょうがないな」といわれて打席に立つのとでは、選手は当然前者のほうが力を発揮するでしょう。だったら監督は、選手を信じて打席に送り出すべきなのです。


監督と選手の関係を、会社に置き換えれば、上司と部下の関係になるでしょうが、僕にだって「部下から評価されたい」という思いはあります。でも、その気持ちが強くなりすぎると、部下から評価してもらうために自分の振る舞いを変えるようになります。これでは、行動にブレが生じます。監督としての僕に求められているのは、「チームと選手を成長させ、そして優勝すること」です。そのために、自分ができることをやり尽くすのが役割です。だったら、「自分は選手からどう評価されているんだろうか」という思いは、邪魔になるのです。


20年間現場を離れて、スポーツジャーナリストとしてメディアの世界に身を置いていたからこそ、いまプラスになっていることもあります。マスメディアは、マジョリティが知りたいと思っているテーマを取り上げて、人々に伝えるのが役割です。それと同時に、マイノリティな意見や出来事にも意識を向けることが求められます。こういう場では、「俺が俺が」と、自分が表現したいことやいいたいことばかりを押し出していると、人々の思いや欲求をつかみ取るのが困難になります。ですから僕は、取材をするときには、視聴者や読者が知りたいことを念頭に置きつつ、選手の考えや生き様をわかりやすく魅力的に伝えるために、自分はたんなる媒体に徹することを心がけていました。


監督一年目の最初の日に僕が行なったのが、「監督としてこれだけは守る」という自分との約束をまとめることでした。一例を挙げると、「絶対に選手たちに嘘はつかない」「言ったことはすべてやり尽くす」といったものがあります。これをシーズン中に何回も読み直しました。一年間、何とかブレずにやることができたとしたら、この「自分との約束」の存在は大きいですね。


僕はプロ野球選手としてたいした実績もないし、29歳のときにユニフォームを脱いでから、コーチの経験もまったくありませんでした。だから、将来自分のところに監督就任のオファーがくる可能性は、非常に低いだろうと考えていました。ただし、機会があったときに備えて、これからのプロ野球で求められる監督像やコーチ像について、自分なりに考えたり勉強をしたりしていました。とはいえ「まさか自分が監督をやることはないだろう」と思っていましたから、本気の準備がどこまでできていたかというと、ちょっと自信はありませんが……。


選手起用において大切なのは、監督が明確な目的と根拠をもって選手を起用することです。一時の迷いや気まぐれで起用していると、選手は監督の姿勢にブしがあることに必ず気づきます。そして同時に監督は、自分の起用方針を選手たちがどう感じているかについても、敏感である必要があります。


開幕投手を任せた斎藤佑樹をシーズン途中で二軍に降格させたのは、彼が周囲を納得させるだけのピッチングを続けることができなかったからです。何試合連続して打たれたからダメといったことではなく、周囲を納得させられるラインをクリアしているかどうかが、判断基準になりました。


ほかの選手たちが納得していない選手起用を続けることは、チームを崩壊させる要因になります。これは翔(中田翔選手)に限らず、ほかの選手起用についても同じです。だから僕は、ベンチで選手たちが作り出す空気感を感じ取るようにしていました。


長いシーズン、すべてがうまくいくということは絶対にありません。一打逆転のチャンスに起用した選手が三振して、その試合を落としてしまうこともあるでしょう。けれども、三振がその選手の成長につながるものであれば、それはチームの財産になります。だから僕はいつも、「この場面ではどの選手を起用すれば、たとえ失敗に終わった場合でもチームの将来にプラスになるか」を意識しながら、指揮を執っていました。


一般に選手の育成とチームの勝利は、両立が難しいといわれます。若い選手は、試合のなかで失敗を重ねながら成長していくものです。そのため、選手の育成を優先させれば、チームの勝利をある程度度外視しなくてはいけない場面が出てきます。逆に、チームの勝利を重視すれば、若い選手に失敗が許されるチャンスを与えにくくなる。だから両立は難しいわけです。でも僕は、両立は不可能ではないと思っていました。プロ野球では年間144試合のうち、80勝前後すれば、残りは50敗しても優勝することができます。ということは、その50敗を選手の成長につながる負け試合にすれば、選手を育てながらでも優勝できるはずだからです。


野球の技術的なものは勉強できるけれど、人として持っているものはなかなか変えづらい。指導者には人への愛情、情熱が絶対になければいけない。選手たちをまず動かすものは、彼らをどれだけ思っているか。そういう思いを持っている人たちに来てもらった。
【覚書き|コーチの選定基準について語った言葉】


うちの選手たちは本当に純粋。僕が素直に出すことを普通に受け止めてくれる。だから後半からはあまり感情を隠さないようにした。僕が隠しても、選手たちはいろんなことをわかっているので。


プロ野球選手は個人事業主だけど、組織に貢献できないと自分のためにならない。うちの選手たちがその姿勢を持っていることはわかったから、あえて、もっと野球に集中しやすいように「自分のために」と言った。だって、家族の笑顔が一番嬉しいでしょ?「家族のためにおまえも笑顔を見せてくれ」という思いでした。


現役時代、もっと努力できたかもしれない。「自分でもプロ野球選手になれた」なんて、思うべきではないことを思ってしまったことで、いい面も悪い面も経験した。


経験がないと批判されていることについて考えている暇があったら、選手がどうすれば活躍できるかを考えたほうがいいに決まっている。もともと、他人が自分をどう思うかは気にならない。選手に対しても同じで、自分が一方的に片思いをするんだと思っている。
【覚書き|監督経験なしで日本ハムファイターズ監督に就任した当時について語った言葉】


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