栗城史多の名言 一覧

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栗城史多のプロフィール

栗城史多、くりき・のぶかず。日本の登山家。北海道出身。札幌国際大学人文社会学部社会学科卒業。北米最高峰マッキンリー、南米最高峰アコンカグア、欧州最高峰エルブルース、アフリカ最高峰キリマンジャロなどの登頂に成功。その後、エベレスト登山をインターネットで生中継を行う。著書に『一歩を越える勇気』『NO LIMIT ノーリミット 自分を超える方法』ほか。主な受賞にファウスト大賞。

成功とか失敗とかを超えた、困難への挑戦にこそ意味がある。


人って、チャンスの在りかをいろいろ考えますけど、諦めないことがチャンスを引き寄せる要。


夢は多くの人が楽しめたり、喜んでくれることのほうが叶いやすい。


本当の失敗って、何もしないことだと思います。人間、挑戦しないとどんどん衰えていきますから。


人間は進化を繰り返しながら、成長してきた生き物です。誰かの何かへの挑戦が、必ず次の進化を呼び込む。


失敗の経験が、大切な学びと成長、そして人との出会いにつながることを何度も経験してきました。


大学時代の先輩は「楽しくなかったら下山しろ」と言っていました。生きて帰ってくれば、必ず次があります。


上手にやろうと考えず、ボロボロになっても怖さと向き合いながら挑戦を続けていけば、きっとたくさんの応援者が現れる。


できるかどうかわからないことに挑むからこそ、達成することに価値を感じられる。


批判されるのはつらい。でも、困難に打ち勝つことこそが、冒険家という仕事の役目です。


夢を語る大人を増やしたい。自分で夢人挑んだ人は、その価値を子供に伝えられる。そうすればチャレンジする人が増えて、日本にあるっていう閉塞感だってどうにかできそうじゃないですか。


人は誰もが冒険し、見えない山を登っている。夢を否定しないで自分の中にあるエベレストに一歩踏み出す人を増やすこと。それが僕の冒険です。


人生は不安など宿題が大きいほうが、たどり着いた答えは絶対に面白いものになります。そういった意味では、いつだって苦しみに感謝、ありがとうです。


山登りは執着が一番危険です。頂上近くにいると、無謀だと思っても行きたくなる。だからこそ、大事につながる一歩手前で、あきらめる勇気が重要です。


誰よりも一歩先に挑戦し続け、頑張る背中を見せる。そして、目指していることを明確な言葉にしてしっかり伝え続ける。そうやって僕はたくさんの仲間に出会い、支えられてきました。


ある中学校での講演後に、生徒さんに夢を聞いたら「ラクして生きたい」というわけですよ。本当に驚きました。日本はとても豊かな国になってしまったから、このままでいいやと考えて、頑張る場所が見つけづらくなったのかもしれません。でも、僕たちの先輩が汗水流して必死でつくってくれた環境なのだから、ラクするのは申し訳ないと思わないと。


山と対峙していると、お金も名誉も不要に思えてきます。確かに、あの世には両方持っていけないですからね。それよりも、自分の中にある直感やワクワクすることに正直に生きていきたいという気持ちがわいてくる。


ある大手企業に飛び込み営業を続けて、断られながらも6回目の訪問で偶然創業者に面会でき、スポンサーになっていただけたことがあります。5回目であきらめていたら、この話はなかったということ。だから僕は、常にチャンスは目の前にあると考えるようにしています。


登山という活動は何かモノを生み出すわけではありません。でも、自分の挑戦と、その失敗や成功を包み隠さず共有することで、誰かに感動を伝えられたり、また誰かの勇気や、力になれたりすると思えたんですね。この経験が「冒険の共有」という活動を始めようと決めた原点です。


講演の終わりによく「夢は何ですか?」とお聞きするのですが、例えば、素直に未来への夢を語る子どもの横で、大人が「それは無理だろう」という冷静な目で見ている。そんなシーンに出くわすたび、いろんな場所に「否定の壁」が存在していることを痛感し、これではいけないと思うようになりました。


大学3年の時、北米大陸最高峰のマッキンリーへの挑戦を決めたんです。初の海外遠征、しかも単独で行くと。そこで何が起こったかというと、挑戦への全否定です。友人も先生も口をそろえて「絶対に無理だ」「やめておけ」と……。あの否定の言葉の数々は、本当にきつかった。でも、現地へ発つ日、父が「お前を信じているよ」と言ってくれたんです。あの一言がなかったら、僕は挑戦をあきらめていたかもしれません。結果、マッキンリー登頂は成功し、帰国することができました。


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