柵山正樹の名言 一覧

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柵山正樹のプロフィール

柵山正樹、さくやま・まさき。日本の経営者。「三菱電機」社長。兵庫県出身。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、三菱電機に入社。電力・産業システム事業本部副事業本部長、電力システム製作所長、常務執行役、取締役専務執行役、執行役副社長などを経て社長に就任。

失敗しないことが大事なのではなく、はじめは失敗してでも最終的に成功することが大事だ。


「このまま」を続けると劣化していくだけ。常にチェンジしていくことが大事。


業績がよいときには、これ以上チェンジしないでいい、このままでいいという誤解を持ってしまう。私はこれが一番危ないと思うんです。


私は地味でいいと思っています。地味でも着実にやっていく会社でありたい。
【覚え書き|「三菱電機は地味な会社」と言われていることについてのコメント】


足元はしっかりとやりつつ、長く安定成長するために手を打っていく。そうしないと持続的な成長は実現できない。


根っこが共通なところで開発して、みんなで分けて使うのが当社の強み。


幅広い製品を持っているなら、それらを擦り合わせ強みを発揮するやり方もある。


景気変動の影響を受けにくい事業と、受けやすい事業のバランスが重要。


10年先、20年先に花開く技術というのは、今から仕込んでいかないとモノにならない。


ホームランを狙うよりシングルヒットを積み重ねていこう。


きれいな花を咲かせるためには、まず根っこを大きくすることが大切です。根っこを育てずに見えるところだけ大きくすると、強い風が吹いたらすぐ倒れ、日照りが続くとすぐ枯れる木になってしまう。


「頑張ります」ではダメ。その理由を瞬時に計算して説明できる人は、やはり仕事もできます。数字力は、個人としての根っこといってもいい。


想定外の環境変化は必ず起きるものです。そのときに「ダメだった」では無責任。大きな環境変化があっても大丈夫なように、何らかの余裕を持って計画を立てたほうがいい。


「部下に挑戦させ、成功させる」。これこそが、組織を運営していくうえでトップに求められるミッションだと信じています。私自身も常にそうありたいと振る舞ってきました。


私が入社した当時の上司は、無謀な挑戦を後押しし、成功まで導いてくれた。


研究開発は成長戦略を推進する要。世の中の変化に対応していくためには、すべての動きを前倒しして、未来志向の研究開発に戦略的に投資する必要がある。


私たちが強みを持っているのは、デジタル製品ではなく、もう少しアナログな社会インフラ系の製品です。その領域で10年後、20年後に必要な技術は何か、という考え方をしています。


私も若い頃、いろいろと失敗してつまずきましたが、そのときには先輩に「柵山、むこうずねのキズは武士の勲章や」と言われましてね。それが非常によかった。


私は2001年がわが社の一つの原点だったと思っています。2000年はITバブルの年で、その翌年にITバブルが崩壊して、非常に厳しい経営状況に陥った。営業利益ベースで赤字に落ちたわけです。それが生まれ変わるきっかけになりました。


プランを審議するとき、私はいつも「晴ればかりではない。雨が降ったときどうなる?」と聞きます。これに対して、調子のいい答えを返す社員は信用できない。数字の裏づけがあってこそ強靱なプランといえます。


短期的に業績をよくするには、コスト削減が手っ取り早い。しかし、中長期で見れば、お客様に認められる製品をつくることや、生産性を高めることが大事。


すべてコンピュータに頼るのは危険です。自分で計算できる力がないと、インプットする数値を間違えたとき、おかしな結果が出てきても違和感を抱かずに見逃しやすいのです。ですから、最初のラフな設計くらいは電卓で計算できるようになったほうがいい。


入社6年目に米国企業との交換留学に参加した。1年間だが、貴重な経験だった。選抜された技術者4人で渡米したものの、滞在先はバラバラで研修も一人ぼっち。次第に度胸もすわっていった。今にして思えば、商談などで外国人と接しても動じないのは、異文化に飛び込むチャンスを若い頃に与えてくれたからだと感謝している。


三菱電機は2014年3月期に、連結売上高が6年ぶりに4兆円を超えました。業績が非常に好調な状況で社長のバトンを引き継いだ形です。ですが、私自身は非常に強い危機感を抱いています。今の地平のままでいたら数年後には堕ちてしまう。就任早々、「変革に挑戦し続け、次の地平を拓く」というスローガンを掲げたポスターを全社に貼りました。


私が受配電システム事業所長だった頃の話です。当時の工場は、リードタイムが長く、仕掛かり在庫も多かった。運営効率を高めるため、私はほぼ毎日工場に入り、現場の班長に「力イゼン」の重要性を説いて回りました。現場の班長の中には、最初は反発するような態度の人がいたのは事実です。それでも私は何度もしつこく話をし、こちらの考えを伝え、相手にも考えてもらえるように努めました。最終的には現場で自らが考え、行動してくれるようになり、工場のリードタイムと仕掛かり在庫は半分になりました。


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