林義郎(経営者)の名言 一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加

林義郎(経営者)のプロフィール

林義郎、はやし・よしろう。携帯電話キャリアのボーダフォン(現:ソフトバンクモバイル)会長。岐阜県出身。名古屋大学工学部卒業後、国鉄に入社。その後、国鉄と主要商社の合弁会社日本テレコムに移籍。常務取締役を勤めたのち、テレコムの携帯電話子会社東京デジタルホン専務・社長。その後、商号変更によりJ-フォン社長。また、世界最大の携帯電話会社ボーダフォンに同社が買収された後は会長と相談役を務めた。

経営者としては、世の中の動きや流れをよく見ることを心掛けてきました。経営者の実力、すなわち経営力というものは、人によってそれほど大きな差はないと思うんです。それなのに結果に大きな差がついてしまうのは、競争相手やお客さんの流れが見えているかどうかにかかっています。


日本テレコムやJフォンは外資に陥落したと見る人がいるかもしれません。でも私はそれほど意識していません。それに株主同士の交渉にはタッチできませんから、私にはどうしようもないことです。私なりの消化の仕方は、会社が良くなって、社員やお客さんがハッピーになれるかどうかの一点だけを考えることです。
【覚書き|Jフォンは英国の携帯キャリアであるボーダフォンに買収される。その後、さらにソフトバンクに買収された】


変化の時代に苦労の連続でしたが、変化に対する私の姿勢も時代とともに変わりました。国鉄のころは「変化に対処しよう」なんて言っていました。その程度でよかったんです。通信業界に入って「変化に即応しよう」。いまは「変化をチャンスとして受け止めてチャレンジしよう」です。黙っていても変化は起こるのだから、身を縮めて待つのではなく、自分から作り出せと。


国際基準にのっとった携帯電話や通信設備を使っていますから、どの国のメーカーにもビジネスを拡大するチャンスがあります。グローバルというのは相互交流することなんです。良いものを安くつくれる日本のメーカーにとっては大きな可能性が広がっていると思います。


私がもう少し若いころは現場によく出かけました。東京・秋葉原などの売り場です。店員がいろんな情報を教えてくれました。顧客からのクレーム集なんかも熟読し、返事も出しました。Jフォンがドコモやauを追撃できるようなところまで成長できたのも、マーケットのニーズを知るほかに業界の中でのポジションを冷静に把握し、目の前のライバルの一挙手一投足をじっくり観察した結果です。写メールのヒットは決して偶然ではなかったのだと思います。


小学生の時に麻雀を覚えまして、中学の時にはひとかどの腕前でした。腕ってそんなに違わないんですよ。勝つために一番重要なのはまわりを見ることができることです。自分の「手」を作ることにこだわりすぎると、思わぬ伏兵にドカンとやられる。相手のどの位置から何を出してくるのか、どういう順番で切ってくるか、牌を上に向けるか下に向けるか、全部見てるんです。そうすると相手の手の内がすーっと見えてくるんです。


山あり谷ありの仕事人生でした。振り出しは旧国鉄です。1984年に日本テレコムを設立し同時に転籍、それからは東京デジタルホン、Jフォンと、会社や社名が変わりましたが、ずっと通信関係の仕事に携わってきました。とんでもない変化の時代に苦労の連続でしたが、いい仕事と上司、仲間に恵まれました。面白かったですね。


人名ランダムピックアップ


経営・ビジネス・投資・仕事・お金・経済的な分野で成功を収めた人たちの名言を収録しています。

ページの先頭へ