林原健の名言 一覧

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林原健のプロフィール

林原 健、はやしばら・けん。岡山の代表的バイオメーカー(株)林原の社長。(株)林原は不動産事業と特許により大きな利益を生み出しているため上場せずに非公開会社として成長を続けていた。

人生で一番大切なことは、今を生きること。若い人で老後のことを考えるなんてナンセンス。


研究一本で特化していって、会社が大きくなると、経営に目が行き届かなくなる。そうすると大企業とほぼ変わらなくなってしまう。


番大事なのは雇用の確保。お得意さんに迷惑をかけないという2点だと思っている。


一度は死ぬのだから、とにかく前を向いて死ねばいい。後ろを振り返って心配する暇があったら、前に進む。それで死んだら仕方ない。
【覚書き:22歳で帰郷し、苦境に陥っていた林原の再建に取り組んだ時の言葉】


ソニーは井深大さんがモノを作り、盛田昭夫さんがそれを売って歩いたからうまくいった。ホンダも本田宗一郎と藤沢武夫のコンビで成功した。得意な分野は得意な人が手掛けた方が、両方が良くなるじゃないですか。


製造と販売を手掛けると、規模が大きくなってしんどい。研究開発は楽しいけれども、つくったり売ったりは、僕は楽しいことだとは思いません。


自分で最後までやろうとしたら、ベンチャーは成功できません。モノを創造することとモノを売ることとでは、まったく別の能力を必要とするからです。自分ができないことは、どんどん他社に頼って楽になるべきです。いまのベンチャーを見ていると、研究開発も販売も自分でやろうとする。それでは大企業と競争になって最後は潰されるのがオチです。


人と同じことをしなくてもいい環境が生まれている。かつては新製品が売れるようになるまでに5・6年かかっていましたが、いまはみんなが新しいものを探し求めていますから、新製品を出したとたんにワーッと売れる。売れるようになるまでの時間のリスクを省くことができるようになったんです。そのぶん独創にかけることができるわけです。


インフレの時代はモノが足りないわけですから、モノをつくれば売れました。仮に売れなくても、安くすれば売れました。ところがデフレの時代を迎えた今日は、良いものでなければ売れない。安くしても売れません。独創的でなければリスクの塊です。人真似ほどリスクの高いものはありません。


ペンシルロケットを開発した糸川英夫先生に「創造性を高める方法は、関心のある分野の知識や経験をできるだけ持つことだ」と教えられたことがあります。異分野の組み合わせから新しい発想が生まれるという考え方です。違った分野の組み合わせがA・Bの二種類だけではいけない。A・B・Cと三つ持っていれば、もっとたくさんの組み合わせができるわけです。五つ持てばほとんど無限大になります。【覚書き:ペンシルロケットとは東京大学生産技術研究所が開発した小型ロケット。大型ロケットが作れないなら小型ロケットで基礎実験をすればいいと逆転の発想で糸川博士が発案。様々な実験が行われ、収集されたデータは以後の日本宇宙技術に活用された】


弊社がメセナ(企業が芸術・文化活動にカネ・ヒト・モノを支援提供すること)に力を入れているのも、実は全社規模で異分野の経験をし、異分野の知識を持ちたいと考えているからなんです。たとえば、漆に関わる職人さんを社員として抱え込んでいますが、それは彼らとの交流から社員一人一人が知識的にも、文化的にも豊かになればと思うからです。


社員が心豊かな人間になればその個人はもとより、会社にとってもプラスになります。メセナといった場合、多くの人がお金を出しておしまいですが、うちはそういうことをしない。いまいったように、かかわった文化事業では、たとえば関係の職人さんごと抱え込んでしまいます。メセナ(企業が芸術・文化活動にカネ・ヒト・モノを支援提供すること)は社員の頭を柔軟にし、組織を柔らかくするためにも必要です。本業だけに関わっていたら、新しいアイデアは生まれません。創造とは、頭をひねって難しいことを考えることではありません。


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