松田譲の名言 一覧

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松田譲のプロフィール

松田譲、まつだ・ゆずる。日本の経営者。協和発酵キリン社長。新潟出身。東京大学大学院博士課程修了後、協和発酵工業に入社。医薬総合研究所探索研究所長、執行役員、常務、社長などを経て、キリンファーマとの合併により発足した協和発酵キリンの社長に就任。

人と人をつなげる組織の力がないとビジネスは成り立たない。


外部の声を聞く姿勢を持つ。耳の痛い声ほど組織にとって有益な場合が多いのです。


社外からの指摘に耳を傾ける姿勢の重要性は、現場組織でも同じです。閉塞感にさいなまれ、ややもすれば企業組織は内に閉じこもりがちです。耳の痛い意見はできるだけ排除しようとするし、文字通り聞く耳を持たない社員が増えてしまう。けれども、それでは組織は成長しないし、活力も生まれません。


人は短所ばかりに目が行きますが、ひとつくらいは長所があるものです。その長所を活用するよう良いところだけを見ていくと、結局、個性ある人を尊重することになります。


製薬事業は長い年月と数百億円の資金を投入してやっと完成しますが、縦割りのセクショナリズムや自分の着想だけでやっている自己完結型の研究では何も成功しません。研究者やグループ、あるいは研究所などの組織間のコミュニケーションやネットワークこそが一番大事で、それが成功のカギを握っています。


研究者はテーマを決めて自分の研究に没頭していれば、周囲とのコミュニケーションに気を配らずにあまり会話をしなくても済むことがあります。しかし、実際に研究テーマを詰めていくには、研究者同士のディスカッションは極めて重要だし、研究の成果を商品化して世に問う際にはメッセージの伝え方で評価が違ってくることもあります。


自分の経営に対する考えにブレが生じなくなったとき、アナリストからの厳しい指摘や意見にも自然と自分の言葉で説明や反論ができるようになりました。アナリストたちへの説明の場が、有益な情報収集の場になったんです。


心の中ではすぐにでも逃げ出したかったですけれど、社長になったらそうはいかない。
【覚書き|社長就任後、証券アナリストから決算について厳しい質問を投げかけられたときを振り返っての発言】


大事なのは、社外から自社がどう見えているのかを把握しておくことです。アナリストなどは特にそうですが、外部の意見の方が、会社をより客観的に見ている場合が多いんです。「売上の割に利益率が低いが、これはなぜか」「今期の売上はどう達成するのか」。耳の痛い指摘も少なくありませんが、より的確に自社の課題をとらえている場合が多い。それらの声に耳をふさがないことが、会社のためになることもあります。


単にアナリストなどの声に耳を傾ければいいわけではありません。大事なのは彼らと意見を戦わせられるだけの論理を持っておくことです。利益率を上げるためには、どんな選択肢を持っているのか。今期の売上を達成させるための戦略は何か。常に考え、それを的確に説明できるようにしておかなければなりません。


社長に就任した後、月1回の社員への情報発信を始めました。毎回、現場社員の話に触発された会社に対する問題意識について、社内サイトで自分の考えを発表しました。地味な施策ですが、社員へのメッセージを書き続けることを通して、「トップはあるべき姿を提示する、そしてそれを腑に落ちるストーリーにして語ることが重要」だということがわかりました。


社員は、ストーリー性を持った物語としてトップの話を理解すると、あとは自発的に動くようになります。


社長は相手がどのように会社を見ていて、それに対して会社の実情を正確に説明できなければならないんだと、そのときに悟りました。この経験が、後の私の社長人生を変えたといってもいいんです。
【覚書き|社長就任後初の投資家向けミーティングで証券アナリストに「下方修正した業績すら未達となったが、これは一体なぜか」と問い詰められた経験について語った言葉】


入社2年目に、上司に(財)微生物化学研究会に出向しろと言われたときは、正直言って「自分は会社に必要とされていないのか」と悩みました。でも今になってみると、あれは社外の人と交わるまたとないチャンスでした。若い研究者は社内に閉じこもらず、どんどん外の空気に触れるべきだと思います。


「研究とは腰を据え、生涯をかけて取り組むもの」という考え方を否定はしません。しかし新薬というものは15年、20年という長い歳月をかけ、膨大な数の研究者がかかわって誕生するのです。ひとりの研究者ができることには限りがあります。


36歳で東京研究所主任研究員になりました。協和発酵の東京研究所といえば、世界で初めてアミノ酸を発酵法で工業的に生産する技術を生み出した研究所。そこの主任研究員ですから社内のステータスは高い。研究テーマは自分で決められ、裁量権も大きいのです。「これから自由に研究できるぞ」と思うと、うれしかったですね。東京研究所には優秀な研究者が集まっていましたが、それ故に、横のつながりがほとんどありませんでした。個人に大きな裁量権を与えた結果、横の連携ができない状況でした。主任同士が衝突することもしばしばで、廊下で口論が始まり、収拾がつかなくなることもありました。


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