松田恒次の名言 一覧

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松田恒次のプロフィール

松田恒次、まつだ・つねじ。東洋工業(現:マツダ)3代目社長・会長。マツダの前身である東洋工業創業者の松田重次郎の息子。三輪自動車メーカーの東洋工業を四輪自動車メーカーに変更し、国内シェア3位まで成長させる。また、ロータリーエンジンの開発・量産に世界で初めて成功する。現在のマツダの基礎を築いた経営者

私の場合、座右の銘はひとつやふたつにとどまらない。読書から得るものもあれば、「公私の別を明確に」「無駄を省いて贅沢を」といったように、生活体験に基づくものもあり、また他人の言っていることでも、心打たれれば、どしどし取り入れて自分の生活の規範にしようとしているからである。


社会組織が分業になっている以上、私たちは「この道にかけては俺がいなければ」というほどの責任と自負を持ち、お互いがお互いその道のオーソリティ(権威)になる、それがつまりは世間に尽くすことになるだろうと思う。同じことを会社に当てはめて考えてみれば、その道、その道で立派な人ができれば会社全体が上手くいく。


優れた技術はどしどし導入している。社内にあっても、研究や研究のための施設には惜しみなく資金をかけている。無駄を省いてこそできる贅沢なのである。


どんなに素質のある選手を集めても、その生活環境が恵まれなければ立派な選手は育たない。
【覚書き|破産していたプロ野球球団広島カープに支援し、真っ先に合宿所を建設したことについて語った言葉】


復社してみると、社内の秩序の乱れは以前にもましてひどいように感じられた。私は、あるいは綱紀粛正の先兵のように思われたかもしれないが、とにかく社業を振興させるためには、何をおいても綱紀の粛正はやらなければならないことだった。
【覚書き|一時離れていた東洋工業(のちのマツダ)に戻ったときを振り返っての発言】


私は会社を飛び出したとき、外部から会社を見る機会に恵まれた。社内の綱紀がどんなにタルんでいるかがよく分かった。それにとかくの噂もすぐ耳に入った。


私は広島の地で自動車づくりに専念している身である。自動車づくり、それはたしかに一隅の仕事に過ぎないかもしれない。しかし私は、よりよい車をつくり出そうと努力し、それに生きがいを感じている。しかも幸い社内では、若い人たちが立派に育って多士済々、何ものにも代えがたい宝になっている。かくて私は従来にも増して「一業に徹して世に貢献したい」と念ずるのである。


「IBMを使おう」と言っても、社内ではまだ誰も知らなかった。いろいろ検討した結果の採決でも、賛成3に反対7の実情だったが、私はこればかりは譲れないと、強引にワンマンぶりを発揮して導入した。研究のための施設には惜しみなく資金をかける。いわゆる無駄を省いてこそできる贅沢なのである。


マツダの成長の背景には、我が国の自動車産業が発展期にあったという時の利があった。そればかりか、過去の先輩社員、経営者がまじめに積み重ねてきた努力の結晶が素地にあった。


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