松田公太の名言 一覧

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松田公太のプロフィール

松田公太、まつだ・こうた。日本の起業家。タリーズコーヒージャパンの創業者。5歳のときに父の転勤で海外に移住。アフリカのセネガル、アメリカのマサチューセッツ州で少年期を過ごし、18歳で帰国。筑波大学国際関係学類卒業後、三和銀行入行。5年間の勤務ののち退行し、米国タリーズコーヒーのフランチャイズとしてタリーズコーヒージャパンを創業。同社を3年でナスダックジャパンに上場させた経営者

私は常に、より困難な道を選んできました。なぜなら、茨の道を行く方が人間は成長できるからです。


百の理屈より、ひとつの行動が勝る。


人は机の前で座して考えるより、動きながらの方がより考えられる。


一杯のコーヒーを通じで、お客様、フェロー(従業員)、社会、そして株主に新しい価値を創造し、共に成長する。

一、その一杯に心を込める。
一、お客様の期待を超越する。
一、最高の仕事が経験できて、一人一人の可能性が広がる職場を作る。
一、子供たちや青少年の成長を促すために、地域社会に貢献する。
一、株主との信頼関係を築きあげる。


目標が設定できたら、すぐに行動に移そう。そして目標を達成するためには、様々な経験を積んでいくことだ。頭の中で結論を出すより、働きながら考える方が、人間の五感をフルに働かせることができる。100の理屈より、1つの行動が勝ることが多い。


私は一度やると決めたら、徹底的にやらなければ気がすまない。とことんやって結果が出なければ、その時点で理由を考えればよい。


アメリカで一時期「No Pain, No Gain(苦しみなくして得るものなし)」という言葉が流行った。私はこれを「No Fun, No Gain(楽しさなくして得るものなし)」と言いかえたい。何でも楽しみながら経験していけば、必ず自分にとってプラスになる。


私は挫折感とは無縁の人生を送ってきた。銀行での仕事がうまくいかなかったり、起業してからも失敗したことはあった。しかし、楽観的な性分なのか、それとも苦労を苦労と感じないのか、失敗を挫折とは考えないのだ。


あらゆる仕事について言えることだが、最も大切なのは情熱だ。


私が短期間で一店舗から上場企業までステップアップすることができたのは、自分の立てた目標に向かい、使命感と情熱を持って歩んできたからだと思っている。
【覚書き|タリーズコーヒージャパンは3年でナスダックに上場し、株式公開を果たした】


情熱は不思議と運をも引き寄せ、不可能だと思っていたことを可能にしてしまう力を持っている。


日本では株式公開をゴールと考える向きもあるが、上場とは本来、事業拡大に向けた手段のひとつであって、会社にとってはスタートラインに過ぎないはずだ。会社の成長を期待する投資家に株を買ってもらい、経営者は期待に応えられるように事業を大きくする。そうすれば、株価も上昇して投資家にも喜んでもらえることになる。


物件選びに関して、私は素人同然だった。しかし、結果的にはそれが良かったのかもしれない。神谷町(タリーズ2号店)の物件も、先入観を持たずに見ることができたのだ。
【覚書き|当時、外食産業不毛の地と呼ばれていた神谷町に出店したタリーズ2号店は大盛況となった】


能力がある人と情熱がある人、どちらを採用するかと問われれば、私は迷わず「情熱がある人」と答える。他の業界はどうか知らないが、タリーズのような飲食業では、情熱さえ持ち合わせていれば、人は必ず成長できると信じている。


アルバイト・フェロー(従業員)を叱るときは真剣に叱りなさい。そのとき、なぜ叱ったのか理解してもらうために、徹底的に理由を説明してください。そして、何よりもまずアルバイトフェローを好きになること。彼らに成長してもらいたいと心から思うことが大切です。


いくら技術的なことがマスターできても、経営理念を理解していなければ仕事は務まらない。たとえば、エスプレッソの抽出時間を間違ったとき、手間をいとわず作り直す作業ができなければならない。経営理念を教えず技術面だけを強調するのは、野球のルールも知らない人に、いきなりピッチングの仕方を指導するのと同じだと思う。


私はまず必要額の半分に相当する3500万円を自分で調達しようとした。そう考えたのは、銀行員としての経験だった。そう考えたのは、銀行員としての経験からだった。企業のプロジェクトに融資する際にも、半分を企業が自前で出すとなると銀行に対する印象が良いのである。いまでこそ私は融資を受ける側にいるが、銀行員として考えれば、売り上げはゼロ、自己資金もありませんでは、いくら政府系といっても金は貸してくれないだろう。しかし、半分は自分で集めたとなれば、こいつは自分の金も注ぎ込んで真剣にやろうとしていると判断してもらえるのだ。


銀行では、仕事を通じて様々な企業の経営者と知り合うチャンスがある。しかも融資の際には、事業計画から財務内容、社長の経営理念まで会社のすべてをさらけ出してもらうことになる。そうした点でも、将来起業する際の勉強になると考えた。
【覚書き|三和銀行入行を決めた時を振り返っての発言】


店舗が増えていく過程では、私の判断ミスから3カ月で閉鎖に追い込まれた店もあった。それでもなんとか、タリーズコーヒージャパンの設立から3年2ヶ月というスピードで上場を達成できたのは、困難にぶつかった際には必ず、何が悪かったのか、どうすれば解決できるのか、徹底的に追求してきたからだ。失敗をすべて成功に向けた試験としてとらえ、何事も前向きに受け入れていくようにも務めた。


店員に話をすると、要件はタリーズ本社に連絡してくれという。もちろん、すぐに渡された番号に電話をかけた。呼び出そうとした相手は、店員から名前を聞いた創業者で会長のトム・オキーフ。いきなりと思われるかもしれないが、最初から意思決定権を持った人に話をするというのは、銀行での営業を通じて学んだやり方だ。結局、人を介して話をしても、気持ちは半分も伝わらない。
【覚書き|タリーズのフランチャイズ権を手に入れようと活動し始めたときを振り返っての発言。結局このときは電話を取り次いでもらえなかったが、その後の積極的なアプローチでフランチャイズ権を獲得した】


人は成長するための努力をやめてはならない。成長するのをやめたとき、つまり現状に甘んじた瞬間から、衰退がはじまってしまうからだ。どんなに物事が思い通りに進んでいようとも、その状況が永遠に続くことなどありえない。常に次を見据えて、備え、行動を起こしておく必要がある。


会社が成長するにしたがって、私の中でより鮮明になっていくことがある。それは、会社とは人こそすべてということだ。言い換えれば、一人の力がいかに小さいかという事実を思い知らされる。銀座(タリーズ1号店)で一年半、朝から晩までコーヒーをつくっていたときは、タリーズの明日を信じて一緒に頑張ってくれたアルバイトフェローのおかげで店を守り抜くことができた。3店舗に増えた時代には、無休で店を運営してくれたマネージャーフェローがいた。初めて自分たちの力で事務所を借りることができたときには、引っ越し代を節約するために、フェロー(スタッフ)全員が率先して徹夜で荷物運びをしてくれた。


新しいことを始めるときには、誰だって不安が付きまとう。とくにそれが独立であったり、転職であったり、自分の人生を大きく変えてしまうものであればなおさらだ。また、自分が正しいと思った道でも、様々な難関が押し寄せてくれば弱気になるのは、人間であればあたり前だろう。しかし、人生は一度きり。やらずに後悔するより、やれるところまでやって失敗を受け入れる方が納得できるではないか。


あなたは「あの人は生まれつき恵まれている。自分は平凡だから仕方ない」などと諦めていないだろうか?確かに、スタートラインでの差はあるかもしれない。しかし、特別な境遇にある人たちよりも強く情熱を持って取り組めば、何事にも負けないはずだと私は信じている。


ジョイント・コーポレーション方式(複数の大口出資者を募って会社を作る方式)には私の会社に対する考え方が込められていた。創業者として会社を後々まで支配することを考えれば、株式会社の資本金として最低限の一千万円で立上げ、私の出資比率をもっと高める方法もあった。しかし、私は協力関係にある企業と一緒に成長していくべきだと思った。また、そうした企業に出資してもらえば、彼らもタリーズの将来を本気で考えてくれるはずだ。


タリーズ・ジャパンには大資本がバックについていなかった。本家のタリーズUSAからの出資は780万円だけ。銀座に店を開くために要した7000万円は私が親戚や金融機関から借りて集めた。成功するも失敗するも、すべては私次第だった。タリーズUSAとの契約内容は、コーヒー豆を買い、ドリンク類に限っては同じメニューを提供するということくらい。当時は店の設計、運営マニュアルなどもないに等しい状態で、私自身も経営者としての経験はおろか、アルバイトを含め、コーヒーショップで働いたことすらなかった。


株式公開の具体的なメリットとしては、知名度、信用力、資金、人材、という四つがあった。とりわけ知名度と信用力の問題では、上場する前のタリーズには苦労が多かった。事実、上場の効果は大きかった。タリーズのフランチャイズを希望する問い合わせにしても、以前はせいぜい一日に1、2件だったのが、上場後には10件から15件に急増した。


もちろん、フェロー(従業員)から上がってくる情報は重視し、徹底的に分析は加えるが、理論だけでは決められないことも多いのがビジネスなのだ。「カン」に頼って最後の決断を下すというのは、唯一、経営者だけに与えられた特別な権限だと信じている。


従来の日本企業では、創業者が上場後も過半数の株式を所有し、会社を支配し続けるケースが珍しくない。だが、私は企業の経営者と所有者は別であるべきだと思う。たとえ創業者が経営者を兼ねていようと、株主から罷免される緊張感がなければ、健全な経営は難しいのではなかろうか。


笑顔は訓練で作れるものなんだ。俺も銀行員だったころ、笑顔がなかった時期があった。ちょうど弟がなくなって、笑顔なんて作る気にもならなかった。その頃は、営業に出てもまったく駄目だった。だけど上司の言葉で気付かされて、それからは意識的に笑顔をつくろうと努めた。すると、たったそれだけのことなのに営業の成績も不思議と上がった。最初は無理にでもいいんだ。笑顔を心掛けていたら、本物の笑顔ができるようになり、人とのコミュニケーションが楽しくなってくるから。
【覚書き|アルバイトに語った言葉】


フェロー(従業員)同士は名前をファーストネームで呼び合うことにした。これは経営理念の作成以来、ずっと守っている伝統だ。一緒に働く仲間にファーストネームで呼びかけることで、お互いに親しみを持ち、絆を築くことができると信じている。


「思い立ったが吉日」「聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥」というのは、子供のころ、母が教えてくれた格言である。とことんチャレンジしてみないと気が済まない私の性格には、いまは亡き母に教えられたことが生きている。


サービスとはお客様の顔を見て、自然な会話ができるようになってこそ本物と言える。もちろん、これはマニュアルを実践するよりは、はるかに難しいこと。あの店に行けば、コーヒーを買いながら気持ちの良い会話まで楽しめる。そうした印象を広めることも、リピーターを増やすためには不可欠だった。


私は人に会うのが大好きだ。自分の知らない人の話を聞くのは実に楽しい。そんな私にとって就職活動は、いろいろな業界の人と会える絶好の機会だった。就職活動を通じて、全部で40社ほどの人と会ったと思う。二度とない機会だけに、できるだけいろいろな業界の話を聞こうと試みた。業界もメーカーから商社、広告代理店、銀行、証券までと幅広かった。


10代の8年間を過ごしたアメリカの生活は、私の人生に大きな影響を与えている。起業家精神(ベンチャースピリット)について、何も学校やビジネススクールで勉強しなくても、アルバイトなどを通じて実生活から自然に学べてしまう。それがアメリカの良いところだと思う。


最初に好感触を得たからといって、それだけで契約が取れるわけではない。少しでも油断して、電話だけで「宜しくお願いします」なんてやっていると、いつの間にか話がひっくり返ってしまうことは日常茶飯事。契約書にサインするまで、また、売買や融資の契約であれば口座にお金が入金されるまで、気を許すことはできない。詰めが一番重要であり、最もエネルギーをかけるべきところだ。


会社を始めて以来、嬉しいこと、悲しいこと、苦しいこと、楽しいこと、本当に様々なことを経営を通じて経験してきた。以前から感じていたことだが、とくにここ数年で痛感するようになったのは人間の弱さである。自分のミスや自分の弱さ、不出来を認められずに、言い訳をしたり、他人のせいにしたりする人がいかに多いことか。私自身、自分の弱さは十分に自覚しているつもりだ。だからこそ、安易な快楽や贅沢に流されてしまうことが怖い。だからこそ、たとえ会社が順調に成長していても、経営者として常に自分を追い込む姿勢が大切だと思う。


私ほど人に恵まれた人間はいないと思っている。いま現在、私とともに仕事をしてくれているフェロー(スタッフ)のうち、一人でも欠けていたら、タリーズは失敗に終わっただろう。運は人が運んでくるものであると私は信じている。人は無意識に情熱の発信者に引き寄せられる。だから運も、自然と情熱を持った人間のもとに集まってくるのではないだろうか。


タリーズ1号店を作るために、生まれてはじめて7000万円もの大金を借りた。私は借用書に印鑑を捺す前に、自宅近くのコンビニをまわった。そしてアルバイトの募集状況と自給を調べ、1日15時間働けば、30年程度で借金を返済できることを確認した。別に失敗したからといって、命まで取られるわけではない。あとは自分の力を信じて、挑戦し、最後まで諦めないことだ。


たとえ単調な仕事をしていても、常に頭を回転させ、創意工夫していると、自分の成長につながっているはずだからだ。自分の成長を感じ取ることができれば、すべてが楽しくなってくる。現在、与えられた仕事がどんなものであろうと、精一杯にこなしていれば、あなたは着実に自分の目標に向かって進んでいるのである。


「私は特別な経験をしたこともないし、何をしていいのかもわからない」と言う人がいる。果たして本当だろうか。まずは、自分が使命を持って生まれてきたことを信じよう。そして、それを探す努力をしてみよう。使命とはある日突然、天から雷のように落ちてくるものではない。ふとしたきっかけでそれを発見する幸運な人もいるが、ほとんどの人の使命は奥底に眠っているものを自分で探しださなくてはならない。いままで自分が歩んできた人生を、足元からじっくり見なおしてみれば、きっとどこかにヒントが隠されているはずである。


どんなことをするにも情熱の有無で結果は大きく変わってくる。私は人より特別な才能を持っているとは思っていない。ただ、自分の信じたことに寝食を忘れて打ち込むことはできる。情熱は誰でも平等に持つことができる。その点が生まれ持っての資産や容姿、才能とは違う。


あなたの夢と目標を教えてください。そう聞かれて、即座に応えられる日本人はどれほどいるのだろうか?「夢」と「目標」はまったく別物だと私は考えている。目標とは、具体的な計画に基づいて、自分の実生活の羅針盤として必要なもの。一方、夢とは、たとえ具現性が乏しいとしても、思い描くだけで心が満たされるものだと思う。活力にあふれた人生を送るためには、夢と目標の両方が必要だ。どちらかひとつが欠けても人生もったいない。


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