松村誠一(経営者)の名言 一覧

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松村誠一(経営者)のプロフィール

松村誠一、まつむら・せいいち。日本の経営者。育児・マタニティ・ホームヘルスケア・介護用品などの製造販売メーカーピジョンの社長。北海道出身。早稲田大学法学部卒業後、ピジョンに入社。生産技術本部生産部長、営業本部長、常務取締役、専務取締役などを経て社長に就任。若手時代、同社の海外駐在第一号としてシンガポールに3年間赴任した。その後、同社は東南アジアを皮切りに海外展開を成し遂げた。

語学はまったくできませんでしたが、若かったからまったく不安はありませんでした。行けば行ったで、なんとかなるだろうとおもっていました。
【覚書き|30歳のころ、シンガポールへ海外駐在員第一号として単身で送り出されたときを振り返っての発言】


実行する前に失敗した場合のシナリオをいろいろ考えておき、楽観的に行動することが成功の秘訣です。


企業経営は突き詰めれば「人材」が勝敗を分けます。事業の拡大期や連結経営が重視される時代においては特に「人材の発掘と配置」が重要になってきます。


とにかく、その土地の人とできるだけ多く接触するように努めました。コミュニケーションが図れれば、その国の実情を把握することができると考えたからです。言葉など通じなくても、心が通じ合えば、意思疎通は図れるものです。


人材育成も子育てに似ていて、育てる側は「いい子」に育てようとしますね。それは聞き分けのよい人材であり、失敗しない人材であるケースが多い。しかし現実の経営には様々な経験と失敗を重ね、叱られながらも自ら解決策を探そうとする問題解決能力をもった人材が必要なのではないでしょうか。トップもそんな人材を育成するためにも社員を信頼し積極的に仕事を任せていかなくてはなりません。


何事も自分で判断して、自分で行動しなければならないのですから、いい加減なことはできません。しかし、そんな立場に置かれたからこそ、独立心と決断力を養うことができたのだと思います。
【覚書き|30歳頃、単身で3年間シンガポールに駐在した経験について語った言葉】


当社も経営幹部の早期育成を目指して選抜教育を始めました。ときには選抜されなかった社員から「なぜだ!」と問合せが来る場合もあります。そんな場合でもきちんと理由を説明するとわかってもらえるのは、平等・公平な制度運営を心掛けているからでしょう。


トップは登用した人材がその役割で力を発揮できなかった場合は、責任の6割は自分にあると考え厳粛に受け止めなくてはなりません。経営者も万能ではありませんが、経営者一人では経営はできないということを常に忘れてはならないと思います。


東南アジア諸国を歩き回り、たとえば、ジャカルタだけを見てインドネシアがわかったと思うのは間違いだと気づきました。都市と地方では20年ぐらいの生活文化の開きがありました。市場を築くには、現地を正確に見なければならないことを痛感させられました。


どんな事業でも人材のミスマッチが発生していては成功はおぼつきません。そのため各部門の戦略にあった人材を見つけ適切に配置する必要があります。このように考えるとトップに必須の能力は、人を評価するときに偏見を持たずに判断を下せる「人材評価力」だといえましょう。


創業以来の大きな危機ではありましたが、これを機に人心をひとつに集めることができたのは大きな収穫だったと思っています。
【覚書き|上場初の赤字転落してしまった当時を振り返っての発言】


当時の私は旧態依然とした社内を見渡すたびに、このままでは経営が行き詰まってしまうのではないかという強烈な危機意識を持っていました。しかし社内の問題点を指摘する声は、業績の良さにかき消されていました。ところが私の社長就任直後に大手の取引先が倒産し、当社もその影響を受け上場以来初の赤字に転落しました。私はこの状況を社員と危機感を共有する絶好のチャンスだと思いました。私はすぐさま全社員を東京に集め、そこで中期経営計画を発表してその実現に邁進することを宣言しました。お陰様で社内改革も進み、その後順調に業績は回復していきました。


当然のことながらサラリーマンには、必ず上司がいます。係長はミスをしたら課長に謝りますし、課長は部長に謝ります。すると上司に謝ることでそのミスを許してもらえるような気になってしまう。しかし社長になるともう謝っても許してくれる上司がいない。このことに気づいた時、自分の社長としての責任が最終的なものであり、ものすごく重いものだということを実感し少し戸惑いを感じました。しかし同時に、社長になれば自分で新しい成長のシナリオを描きその実現に挑戦できるかもしれないというやりがいも感じました。


人間は誰でも困難に遭遇すればくじけそうになります。しかしそれはその困難の持つ目先のやっかいさや辛さだけを見てしまうからです。大局観を持つことができれば困難の向こうにある意義や、十年後・二十年後の世界を見据えた思考ができますから困難も「ただ辛いだけのもの」とは捉えません。物事を「なんとしてもやり遂げよう」という信念は大局観から沸いてくるものだと私は考えています。


上司もいない一人きりの海外赴任で現地市場の可能性ばかり考える日々を通じて「将来ビジョンはどのようにビジネスを展開すればいいだろう?」と自分でも考えるようになりました。ちょっと大げさに言えば大局観みたいなものが身についたとでも言えばいいでしょうか。


半年、ナイトクラブに通って、現地の言葉を学びました。なるべく日本語は使わない環境をつくるために日本人とはできるだけ付き合わないようにしました。
【覚書き|シンガポール駐在員時代を振り返っての発言】


私は経営に日本企業ならではの良さも残していきたいと思っています。当社の社員には長く勤続してもらいたいし、たとえ転職してもその人の成長に役立てる企業でありたいと思っています。そしてなにより、当社の事業である育児と介護という分野を通じて社会に貢献しているという誇りを社員に持ってもらえるような経営をしていきたいと思っています。


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