松井房吉の名言 一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加

松井房吉のプロフィール

松井房吉、まつい・ふさきち。日本の相場師、経営者。松井商店(現:松井証券)の創業者。日本橋蛎殻町で相場を修業し、日本橋兜町に進出。5人の仲間と匿名組合を設立し株取引の仲介業務を始め、のちに権利を買い取り松井房吉商店を創業。兜町では「売りの房吉」と恐れられ、第一次世界大戦後の株価大暴落で兜町でただ一人大儲けを出し巨万の富を築く。その後は、大相場から距離を置き、金、ダイヤ、国債、南満州鉄道などの国策会社の株券を買ったが、太平洋戦争のためほぼ全ての財産を失い息子に会社を継承した翌年死去。

「もう」は「まだ」なり、「まだ」は「もう」なり。


国を信用するな。
【覚書き|上記は太平洋戦争終結後の発言。房吉氏は戦前に国債や国策企業の株、貴金属などに多額の投資をしていたが、戦時中に供出を求められたり、戦後価値がゼロになったため財産のほとんどを失った。とくに国債は紙くずになってしまったので、それ以降、松井証券ではいまでも国債をリスクの高い金融商品と位置付けている】


一つは、勝つまでやること。耐えて、耐えて、耐え抜く。忍耐だけが相場だ。そして、勝ったらやめること。
【覚書き|松井氏は売りの房吉と称されたほどの相場師だったが、第一次大戦後の株式大暴落で財を成した後は、相場から身を引いてローリスクローリターンの投資にシフトした。】


人名ランダムピックアップ


経営・ビジネス・投資・仕事・お金・経済的な分野で成功を収めた人たちの名言を収録しています。

ページの先頭へ