村瀬治男の名言 一覧

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村瀬治男のプロフィール

村瀬治男、むらせ・はるお。日本の経営者。キヤノンマーケティングジャパン社長・会長。神奈川県出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、キヤノンカメラ(のちのキヤノン)に入社。キヤノンUSAに出向し執行副社長、社長。本社取締役、常務などを務めたのち、販売子会社のキヤノン販売(のちのキヤノンマーケティングジャパン)社長に就任。

経営者が元気でないと、会社自体も印象が暗くなる。その意味では、身体が丈夫だというのは経営者に必要な条件。


まず、お客様のニーズを知るために知恵を絞りなさい。そして、ニーズがわかったら知恵を絞って提案をしなさい。


「製品」とは工場でつくりだされるモノ、「商品」はお客様が求めている価値を提供するものを意味します。本来、製品は商品であることを念頭につくられるべきで、それがなければお客様に喜んで買っていただけるものにはなりません。


ある複写機の営業マンは、その会社のワークフローから人事情報まで、お客様以上に知っているのではないかというぐらいよく知っています。だからこそ、顧客ニーズにぴったり合った提案ができるのです。彼らはまた、お客様の立場になってものごとを考えており、話し方も非常に具体的で明確です。


自分の経験則だけに頼って、ひとつの世界に閉じこもっていると、ほかの世界ではまったく通じなくなります。


自分のエンジンを持つことが重要です。人に押してもらうのではなく、自らエンジンになることが必要です。


与えられた仕事をただこなしているだけの管理職を見ると、私はあからさまに腹を立てて叱ります。もうちょっと、会社全体の中での自分の仕事の役割を明確に意識したり、そこからどう展開していくのかを考えて欲しいのです。


私なんて、海外転勤を言い渡されたとき、片言の英語すらできないまま現場に放り込まれましたから(笑)。でも、若さがあれば、それくらい何とかなるものなんです。


仕事には知恵が不可欠ですが、若い人には、若さというかけがえのないエネルギーがあるわけですから、常にチャレンジ精神を持ってほしい。上層部に対しても臆することなく提案する意欲を忘れないでほしい。


若い人には危機感がないという人もいますが、私はそうは思いません。デジタル化の波の中で、技術革新や商品サイクルも非常に短くなりました。今年通用したことが来年通用する保証などないという危機感はむしろ若い人たちの方が、当然のように持っているのではないでしょうか。それを不安に思うだけでなく、自分を鍛えるいい機会と捉え、新しいことに挑戦してほしいと思っています。


どの企業でも、上のポジションに行けばいくほど応用問題を解くことを要求されます。そのとき、新しい分野で自分のポテンシャルを広げられるかどうかは、常日頃からの幅広い知識の習得にかかっています。


若いうちは、いろいろな仕事を担当して経験を積み、自分の仕事分野での幅が広がるチャンスがあります。それが、昇進するにしたがって仕事が深くなる一方、他分野への広がりが持ちにくくなります。


極端な話、課長だからと言って遠慮しないで、ときには部長の仕事までやったって、いいのではないでしょうか。また、部長が下りてきて、課長の仕事に首を突っ込んでもいいのではないかと思うのです。


自分の役割を意識するというのは、部下に仕事を任せるときに、とくに大切なことです。その仕事が会社の中でどういう意味を持つのか、そこでどういうパフォーマンスが求められるのか、といった背景をきちんと説明できないと、部下はやりがいを見いだせないばかりか、腑に落ちないまま中途半端な仕事をやりかねないのです。


28年間の海外勤務で、日本の組織でいう課長だ、部長だという部分がスッポリ抜け落ちてしまっている分、旧来の組織の固定概念にとらわれずに、仕事の見直しを進められたように思います。


海外にいると、日本人管理職だけでなく、現地人の管理職やお得意先など、あらゆる立場の人たちと連携して仕事を進めなくてはなりません。そのため、ひとつひとつの仕事に、念を押していくことが大切になります。どんな些細なことにでも念を押さないと、すぐに齟齬が生まれてしまいます。ただでさえ、言語や習慣などのギャップがあるわけですから、常日頃からのコミュニケーションが不可欠なのです。私の経験の範囲でも、きちんと伝えたつもりが、まったく伝わっていなかったなんてことはよくありました。


私は「のりしろ」と表現しているのですが、組織というものは、多少オーバーラップを持った状態で運営したほうが効率がいいと考えています。自分の守備範囲だけではなく、他人の仕事にも興味を持ちながらお互いにカバーしていく。あるいは、新しい感覚を吸収し合っていく。一見、無駄のように見えますが、それがものすごく仕事の流れをスムーズにして、結果的には無駄にならないのです。むしろ、その方が企業としてのパフォーマンスも高まると考えています。


海外から戻ってきたとき、組織そのものがヒエラルキーでかなりガチガチに固まっている印象を受けました。もちろん、階層そのものが悪いというわけではなく、そこにある程度の幅を持たせておかないと、知らず知らずのうちに階層そのものに埋もれてしまう危険性があると感じたのです。ですから、自分の仕事だけでなく、他人の仕事にも興味や関心を持つ必要性を、繰り返し社員に伝えました。


旧来の販売や営業という概念は、往々にして右から左へ物を移す仕事ですが、マーケティングは、その範囲にとどまらず、より多くの知恵を絞ることが求められます。ですから社員にも、「もっと知恵を出し合って考える集団になってほしい」と言っています。顧客のニーズを知るために知恵を使う。ニーズがわかったら知恵を絞って提案する。それが、キヤノン販売からキヤノンマーケティングへの変化なのです。


かつて「マーケティング」という言葉は、販売促進や営業支援の意味で使われることが多かったのです。でも、マーケティングの本来の意味はそうではありません。ヒト、モノ、カネといった経営全般に関わるとともに、顧客ニーズを把握し、それに会う価値を提供することがマーケティングです。


従来の人事制度は、若い人はペーパーテストの資格制度を中心に評価し、上に行くほど成果に対するウェートが高くなる仕組みでした。それを「その仕事はどういうバリューがあるのか」と、仕事の内容をブレイクダウン(細分化)して、それぞれにバリューポイントを付け、そのバリューポイントについてその人がどれだけ結果を出すのかを見ていくことにあらためました。それだけ、従業員の働く意義や仕事の進め方の明確化が求められる時代になったのです。


私はもともと几帳面なタイプで、時間の使い方についても、「仕事の在庫は持たない」が一貫した流儀です。


部下たちに、どこかで仕事が滞ったり、宙に浮くことがないように求めた以上、自分のところに仕事の在庫をためるわけにはいきません。


社内でも上司やトップが自分中心で時間を動かし、仕事を滞らせると部下の仕事も滞り、大きな時間のロスになります。始業時間の時点で部下が仕事を始める材料がそろっているよう、逆算し、仕事の仕掛かり在庫がないようにする。そんなジャスト・イン・タイムの時間管理が上司やトップには不可欠です。


私は顧客主義がモットーです。顧客の注文や問い合わせにその日のうちに対応するのは、顧客を主語にして時間を動かすからです。待つ1日と待たせる1日では同じ1日でも意味が違うのです。


カナダ子会社時代、現地マネジャーからファイルを持たない仕事の仕方を学びました。顧客から問い合わせのファックスが入ったとき、仕事が滞ると書類がたまり、仕分けのファイルが必要になります。仕分け時間もロスになります。問い合わせをすべてその日のうちに処理すれば、ファイルは不要です。「ファイルは持っていても記念にもならない。時間がたまるだけ」とよく言われました。


キヤノンUSA社長からキヤノンマーケティングジャパンの社長についたとき、アメリカには稟議書がなかったため、私は意味が解りませんでした。朝、机の上に稟議書が積まれているので、これは大変だと思って見ると、課長の判を押し、部長が押して上がってくる間にすでに案件は進行していて、決裁は法律上、書類として保存するためのセレモニーにすぎませんでした。そこで、稟議書については真っ先にコンピュータ上でオンライン化し、稟議が上がったと同時に、決裁をする人間全員がリアルタイムで進行状況を共有し、早く決裁するよう強制しました。


始業時間とは、社員一人一人が自分の任務を負って、仕事に取りかかる時間のことです。そのとき、社員にとって仕事を始める材料がすべてそろっているようにするのが、上司やトップの役割です。始業時間ギリギリに来て、それから部下の仕事に必要な決裁を始め、部下がす部には仕事に取りかかれないような状態をつくり出す上司は失格といわざるを得ません。


毎朝、7時30分には出社し、8時30分までは自分の時間と決めています。必要な決裁はすべて行い、メールをはじめ、返答が必要なものには答え、保留する場合はその理由といつまでに答えるかを通知しました。始業時間の時点で仕事が滞っていたり、宙に浮いている状態をつくりたくないからです。


予定に対する結果を記録する習慣は30年間続けています。2001年からは10年日誌を使い、その日に何があったか、トピックを必ず記入します。記入は1日4行程度ですが、出来事を書き残せば復習になります。後々、あの時はどうしてたか、記憶をたどるのに役立ち、今後はこうしようとアイデアにも結び付きます。個人版の温故知新です。


日本のプレゼンにとくにありがちなのが、前置きから始まってダラダラ説明を始めるパターンです。聞き手側は、こいつは何を言おうとしているのか、先を読もうとする。結果、こっちの話かと思っていたら、着地はあっちだったりします。NGの典型です。最も重要なのは結論を先に掲げることです。意志がそこに表れるからです。


説得は相手が納得し、考え方を変えたところで初めて成立します。とすれば、話し方の基本はひとつです。同じことを恐れずに繰り返し言い続ける。「社長がまた同じ話しをしている」と思われればしめたもので、そのくらい言い続けなければ部下たちの意識に定着しません。


アメリカ勤務から帰国後、あえてカタカナ語を使わなかったのは、横文字はカッコよく見えても、聞き手はどこか抵抗感を感じ、細かなニュアンスは共有できません。常に双方向性を意識すれば、相手に伝わる話し方ができる。その本質は、日本であってもアメリカであっても変わりありません。
【覚書き|村瀬氏は28年間キヤノンの北米現地法人で仕事をしている】


人は話を聞く回数で理解が違ってくる。相手がどこまで理解したか確認しながら繰り返し話すのは、自分主語の話し方ではなく、聞き手主語の目線を持つことでもあるといえます。


比喩は、自分の考えを短いフレーズで相手の心に響くように伝え、共感を呼ぶことができる。中でも私がいまのポストに就いて以来、最も多用したのは「顧客主語」という言葉でした。たとえば、技術者は開発にあたり、とかく「仕様の範囲内」という言葉を使います。それは自分たちで決めたルールにすぎず、キヤノン主語の発想であって顧客にとっては意味がない。大切なのは顧客が価値を見出してくれるかどうかの顧客主語の視点であり、その価値が利益に結び付きます。


デジタルカメラ時代になると、以前は別々だったカメラと事務機が簡単につながります。それぞれの事業部も互いに相手の仕事に関心を持ち、意見を言い合えるくらいのクロスオーバーが必要です。「仕事ののりしろを持て」。私はそう言って、いい意味で互いに干渉しあうよう推奨しました。誰もが、テリトリーを縦横に少し広げて関心を持つ。その「のりしろ」を貼り合わせれば、両方の面をカバーする仕事ができる。「自分はのりしろを持っているか」と常に意識すれば、仕事の仕方も変わってくるはずです。


部下の仕事のどこがよくて、どこがいけないのか、日ごろのコミュニケーションの中で明確に伝え、確認しておかなければならない。


日本でも話したから伝わったと思っていたら、それは自分の思い込みで、相手は別の意味で勝手に解釈し、結局、後始末に追われることが結構あるはずです。面倒でも確認は必要なプロセスなのです。私の場合は聞き手の表情です。人間は正直で、理解したか、理解できていないか顔にすぐ表れます。


特に注意を払うのは、自分の話が本当に相手に伝わったか必ず確認することです。いくら話しても、相手が理解し、行動に結びつかなければ、話したことにはなりません。一方通行でなく、相手が納得したかどうか確認しながら話す双方向性がいかに重要か、私はアメリカでの28年間の北米駐在で学びました。


日本では極端な話、「本日は晴天なり」から始まったりするので、「早く結論を言え」と待ちきれず、突っ込んでしまいます。その意味では部下にとって私はいい聞き手ではありません。ただ、上司の役割は早く結論を出すことにある以上、話すべきことは先に結論を述べ、意思を示すべきだと私自身は思っています。


人間は正直なもので、納得できないと目線や表情に表れるんです。たとえば、キヤノンUSA時代のある部下は、イエスと返事はしても心の中で同意していないと、眉間のあたりがピクピクするんです。そういうときは相手が納得していないわけですから、別の言い方をするとこういうことなんだと、何度も説明してあげなくてはいけません。


日本でも海外でも、自分の言ったことが正しく伝わったかどうかを確認しないのは危険です。日本人同士でも、返事の内容を確かめてみると、こちらの意図とまったく異なる理解をしていることがあります。日本語が通じるという油断があるぶん、むしろ意識して気を付けた方がいいくらいです。


「顧客主語」といいうのは、「キヤノンは」と自分たちを主語にするのではなく、「お客様の課題は」と常にお客様を主語にして考え行動することです。これを徹底的に実践することで、お客様に本当に必要とされているソリューションを提供することを我々は目指しています。


どんな業務も一連のワークフローの一部であり、自分の仕事は他の誰かの仕事と必ずつながっています。それなのに、自分の仕事はここまでと限定してしまって、周りを見ない人が少なくありません。これでは仕事全体の効率性が落ちるだけでなく、その人自身もなかなか伸びていけないのです。


気が付くとよく使っているのは、「別の言葉でいうと……」です。何かを説明したあとにこのフレーズをつけ、同じ内容を別の言葉で説明し直すんです。ひとつの角度から話をしただけでは誤解が生じる危険がありますが、様々な切り口から説明すればその危険性を減らせます。


海外では言葉以外にも価値観や習慣にギャップがあるので、ひとつひとつの細かいことにも念を押していかないと、本当に危ないのです。実際、きちんと伝えたつもりがまったく伝わっていなかったなんてこともありました。


プレゼンの成否を分けるのは、資料などではなく、きちっと結論を出し、意思を明確にするための本当の準備です。


いざ実践となると、やはり学校で学んだ英語だけでは不十分です。私もアメリカ赴任当初はネイティブの話す英語が聴き取れず、電話が鳴るたびに恐怖で体を固くしていました。そこで私は、ラジオの英語を徹底的に聴くことにしました。昼間に車で移動するときはもちろん、仕事を終えて家に帰ってからもずっとニュース専門チャンネルを流しっぱなしにしておくのです。そうすると同じニュースが何度も繰り返されるので、最初はわからなくても2度3度と聴いていると、だんだん耳が慣れてくる。そうすると少しずつわかるようになってくるのです。


海外に行くとよくわかると思いますが、英語圏以外の出身者は平気な顔でめちゃくちゃな文法の英語を話す人が結構います。


日本の学校英語は実践では役に立たないといわれますが、私はそんなことはまったくないと思います。たとえ勉強する目的が受験であったとしても、基本的な単語や文法は身についているはずです。だから、曲がりなりにも受験勉強で英語に取り組んだという人は、英語の土台はある程度できていると思って間違いありません。


31歳で最初にアメリカに赴任したときは、まさかそれから28年間も駐在が続くとは思っていませんでした。そもそも私は英語が得意だったわけではなく、むしろ社会人になってからはこれ幸いと、英語から目をそらすように生きてきたといっても過言ではありません。いま思えば中学高校の6年間である程度基礎ができていたから、のちに必要に駆られて英語に取り組むようになったとき、なんとか対応することができたのでしょう。


訴訟社会の米国で高い授業料を支払って学んだのは、しかるべきチェックリストを調べ、確実に判断しながら、プロセスをひとつひとつ積み上げていかないと、後でどんな間違いが出てくるか分からない、ということです。普段から弁護士との間でいろいろとやり取りしていて気を配っていたからこそ、正しい対応が取れ、訴訟に勝つことができました。


28年間の米国での生活を振り返ると、訴訟社会としての一面が強く記憶に残っています。北米駐在中、一度カナダの子会社の副社長を務めた後、米国法人の副社長に就きました。着任初日から弁護士と顔合わせです。その後、毎日のように電話で話し、1週間に1回は会って打ち合わせる日々が始まったのです。よく言えば、法律の縛りが本当にうまくできている。悪く言うと、何でも法律についてチェックしないといけない面がある、というのでしょうか。こうした社会が出来上がっているから、米国では「ガバナンス(企業統治)」という言葉が自然に出てくる。一方で、しょっちゅう違反することがあるから「コンプライアンス(法令順守)」の重要性が叫ばれるわけです。


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