村上太一の名言 一覧

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村上太一のプロフィール

村上太一、むらかみ・たいち。日本の経営者。東京出身。小学生のころに企業を決意、高校在学中に起業準備を開始し簿記二級、情報処理技術者試験などを取得。早稲田大学政治経済学部在学中、(株)リブセンスを設立。アルバイト情報ウェブサイト『ジョブセンス』を立ち上げる。同社を創業2年で黒字化させ、当時史上最年少の25歳1か月で東証マザーズに上場を果たした。

心理学もビジネスに直結するテーマ。仕事はすべて対人間の問題ですから。


既存企業が幅をきかせている業界も、ターゲットを絞り込めば、新興企業が参入できる。そこで成功することも可能だと思う。


やはり言葉の力ってバカにならないんですよ。広がりやすいキーワードを持つか持たないかは重要。


挑戦したときのことを想像して、ワクワクするならやってみる。複雑性の高いモノほど、直感に従うほうが正しい場合が多いからです。


壁にぶつかると諦めてしまう人も多い。しかし、どうにか打破しようと考え抜くことでしか良いイノベーションは生まれない。


お金持ちになりたいというよりも、新たな事業を創りたい。


既存の常識に疑問を持ち、「雨垂れ石を穿つ」という諺のように、どんなに小さな力でも根気よく続けていれば、いつかは成果を得られる。


一瞬のひらめきよりも、地道な努力を続けてきた人が最後は勝つ。


仕事は続けていけば絶対に成果が出る。


長期で続けるにはしっかりとした価格を決めなければならない。


課題に対して、思っていても変わらない。とにかく行動で変えていくしかない。


人を幸せに感じさせることで、結果として提供者も幸せになれる。


大事なのはシンプルであること、そして「これでもか」とメリットを提供できるか。


圧倒的に使える、世の中になくなったら困る様なサービスをつくろう。


さまざまな数字を頭に入れるほど、数字に対するカンの精度が上がる。


うっすらとでも知っておくのと、まったく知らないのとでは、雲泥の差があると思っています。


仕事が趣味みたいなところもありますし、好奇心の赴くままに楽しんでやっています。だから続くのでしょうね。


平日は情報収集をしている余裕がないので、週末にまとめて行なっています。具体的には、解決策そのものを探すのではなく、世の中のさまざまなトレンドをチェックしています。


教養は広いテーマなので、どこから始めたらいいか分かりにくい。でも、軸を決めれば、自分なりの切り口が見つかると思います。


やりたいことが浮かぶと、エバーノート内の「やりたいことリスト」に加えていき、月に1つは実行するようにしています。


どんなに素晴らしいアイデアを思いついたとしても、社会に広めることは難しい。「発想」の後の徹底的な努力なくして、新しい事業を社会に根付かせることはできないわけです。


アイデアだけでは事業は広まらない。徹底的なだけでは大きな成果が生まれない。ひとつの軸だけではよいものが生まれない。


私の場合は、確率論を超えていくところに興奮を覚えます。そもそも成功の確率を考えていたら、起業なんてできない。


もう仕事が生き甲斐というか、生きる意味になっています。じつは「リブセンス」という社名もそこから取りました。事業を通じて社会に発信すること自体に、自分たちが生きる意味があると考えているからです。そこで「生きる意味」で、「リブセンス」と。


安値勝負にすると、品質にかけられるコストが落ちてしまい、安かろう悪かろうになりかねません。だからこれまでのところ、当社はむしろ金額を上げる方向でやってきました。


当社のロゴには「はてな」と「しずく」が隠されています。「はてな」は、いままであたりまえだと思われていたことを疑う視点が大事であることを示しています。一方、「しずく」は、そうやって考えたことを、日々の小さな努力を積み重ねることで突き詰めていこうという姿勢を表しています。私は企業の明暗を分けるのは、しずくの力というか、オペレーションや効率性の部分で、徹底的に改善を繰り返していく力にあると考えています。当社はしずくの力で優位に立ちたいですね。


社は「あたりまえを発明しよう」というビジョンをかかげています。たとえば、いまでこそ宅配便はあたりまえのサービスですが、クロネコヤマトが宅急便をやるまでは、存在しなかった。そういうものをつくって、多くの人に使われれば、社員の誰もが喜びを感じられるはずです。それが社員のモチベーションの源泉になればいいのかなと。


人生の中でもっとも時間を費やすのは仕事です。だから仕事が楽しくなければ人生も楽しくないというのが僕の持論。そのためにはやはり自分のやりたいことを軸にして仕事を選んだほうがいい。


不満の解消がビジネスの基本です。高校生時代にバイトを探していたとき、なぜ張り紙をする店がネットに求人情報を載せないのかと疑問に思いました。調べてみたら、求人サイトの掲載に広告料がかかることがわかりました。そこからいまの成功報酬型モデルの原型を思いつきました。


若いということは、成長の余地があるということ。これからも変わり続けたい。


これからの時代、企業や年金に頼ることの方が怖い。本当の安定とは、個人でもしっかり生きていける力を身につけることです。


仕事ができても変にズルいことをする人には、安心して仕事を任せられません。世の中が変わったといっても、こういう基本的なことは、変わらず重要な気がします。


自分がつくってきたものにぶら下がるのではなく、新しいものをどんどん生み出していける。こんな人材なら生き残っていけるし、私自身そうなりたいと思っています。


あらゆるビジネスがそうだと思いますが、企業が大手になる過程で蓄積してきた資産は負債にもなり得ます。ベンチャー企業の戦い方というのは、そうした大手企業の資産を負債に変えてしまう、つまり逆を突くようなビジネスモデルを引っ提げて挑むというのが王道だと考えています。


どんなビジネスモデルも、最初は確固たるものでも成長していく過程で、どこかしら脇が甘くなっていく。そこに新興企業が挑む。その意味で歴史は繰り返されるのだと思います。


いま思うのは、ビジネスモデルを考えるときに、最初の発想はよくても、それを事業モデルとして「完成」させるのは実は結構、難しいということです。


ビジネスを始めて一番つらかったことは、先が全く見えなかったことです。この先走り続けて答えは見えるのか、と。それでも会社が厳しい状況に追い込まれ、切羽詰まって考え抜くと、何かしら知恵が出てくる。切羽詰まった環境は進化を生む、というのが実感です。なので今も背伸びをしてストレッチした目標を掲げるようにしています。


当社の益率が高いのは、仕組み作りにエネルギーを注いだことも大きいと思います。営業担当者の人件費を少なくする仕組みだけでなく、創業時はお金がないので低コストでいかに集客するかを随分考えました。


起業のチャンスは、日本はどの国よりもある気がします。大学生でも会社を興せるし、投資家から言わせると投資したい人がいないというくらいだから資金はあると思います。実際、私の知人でいいと思った人で資金が調達できなかった人はいないし、本当にいい技術を持っている人が調達できない例もほぼない。VC(ベンチャーキャピタル)の方の目利きはやはりさすがと感じるので、光が当たらないケースはその技術がそんなにいいものではないことが多い気がします。


母は、私が高校生の頃から関心を持ちそうな経済番組をよく録画してくれました。たとえば大塚製薬の「ポカリスエット」をいかに苦労してヒット商品に育て上げたかといった、何かを創り出すストーリーには感化されました。いまも母は毎週、録画・編集した経済番組をDVDに焼いて送ってくれます。そんなアンテナの張り方は母から影響を受けたかもしれません。


最近、学生によく言うのは、インターンでも何でもいいから社長さんに会ったり、いろんな人に出会うことが大切だということです。子供の頃考えられる職業ってやはり、見たことがある人しかないと思う。いろんな人に会わないと、将来やりたいことなんて分からないし、実際いまの学生は選択肢がとても少ない人が多いですから。私の場合は会社を経営していた祖父たちの存在があったし、せっかちなので高校の頃からもう会社をやりたくて仕方がなかった。それでも高校時代に、経営者の方にもっと会っていたら、もっとレベルアップできただろうなと今、感じます。


人生の転機のひとつは小学生か中学生のときにハマったゲーム「ドラクエ5」でした。ひたすら努力して、時間を投じて主要なキャラクターをレベル99まで上げたんです。これはある意味すごいことなんですが、ふと自分は何ができたのかと思ったら、何も生み出していない。消費から生まれる空しさというか、消費から生まれる満足感の限界を感じました。もちろん、人は何か衝撃的な出来事ひとつで変わるものではありません。高校時代に文化祭の委員長をやって何かを創り出すなど、多くの人に来てもらい、喜んでもらう経験を積み重ねていく中で、自分は「何かを創り出す」立場でいたいという思考が深まっていった気がします。


私は昔から人に喜ばれることに自分の幸せを感じるタイプで、それができる職業に就きたいと考えていました。たまたま両祖父が経営者で、経営者が選択肢のひとつになりました。身近に政治家がいたら、そっちを目指していたかもしれません。


誰でも自分ができて当然だと思っているレベルってあると思うんです。たとえば、営業マンだとしたら毎月100万円分の商品が売れるのか、1億円分売れるのかとか。実はそうした「当たり前の基準」によって、達成できることは決まる。当たり前だと思っていることでないと、実現できないと思うのです。だから大きなことを成し遂げるには、当たり前の基準を高く引き上げる必要があります。


とにかくいまは仕事が楽しくて仕方ない。抱えていた問題をきれいに解決できるビジネスモデルを考えるのが大好きなんです。仕事なら、夜遅くなってもまったく疲れを感じません。


上場はあくまで通過点です。上場益で自分の生活を豊かにしたいとはまったく思いません。昔から、お金にあまりこだわりがないんです。もちろん、生きていくため、好奇心を満たすためには最低限必要ですが、必要以上に欲しいとは思いません。


会社の悪しき慣習を打破するには、ルールに逆らうことも必要かもしれませんが、時と場合によりけりです。普段はそのルールに沿って行動したほうが、ものごとが上手く進みます。その使い分けができる人なら、どの会社でも求められると思います。


ポイントは「目標」と考えるのではなく、「12月にはこの状態になっている」と思い込むこと。この両者は似ているようで全然違います。「目標」と考えると「達成できないかも」という意識が生まれがちです。これが達成の邪魔になると思うのです。しかし、達成したと思えば、そんなことはなくなります。


そもそも、なぜ会社をやりたいのか。起業の動機を考えたときに、曖昧なままにしていたことに気づいたんです。だから、目の前の苦しさばかりに意識が働いていたんですね。苦しいときに自分を奮い立たせるには、起業の動機をしっかり言語化することが必要だと思いました。そこで、起業の動機を言葉でまとめたところ、常に意識しやすくなり、迷いが一切なくなりました。
【覚書き|創業一年目に利益が出ず悩んだ時期を振り返っての発言】


重要だと思うことは、一流の人と会うこと。これが大きかったかもしれません。


IT企業のカギは優秀なエンジニアがいるかどうかだと思い、クラスメイトや他校の友人に声をかけ紹介してもらいました。実際、創業メンバーの半分はそうして出会ったエンジニアです。


両祖父が会社経営をしていたからか、幼いころから経営者になりたいと思っていました。ちょっと気が早いですが、高校生のころから起業の準備を始めていたんです。ぼんやりとIT企業を起こしたいと考えていたので、システムアドミニストレータ―や簿記二級など、のちに役立ちそうな資格を取りました。また、経営者の方が書いたビジネス書も月に10~20冊ほど読み漁りました。


成功報酬型の求人サイトというアイデアは高校時代に考えついたんです。アルバイトをしようと思って、求人サイトで自分の最寄り駅のアルバイト情報を検索しても出てこない。なぜだろうと調べたら、求人サイトに求人情報を出すには掲載料が必要ということに気づいたんです。応募がなければ無駄になる可能性もあるなら、お金がない店は求人を出しませんよね。ならば成功報酬にすれば、利用者はいるのでは?と思ったわけです。


教養の深め方には、人それぞれに芸風があると思っています。私の場合は、「ビジネスをどう拡大するか」というテーマを決め、それに紐づく本を読んだり、経験を通して深めています。この経験の幅は広く、「宝塚歌劇を見に行く」「ヘリコプターに乗る」など様々です。支離滅裂に聞こえるかもしれませんが、私の中では、すべて「ビジネスのため」という目的で一貫しているのです。


演劇や映画は、あまり興味を持てないジャンルなのですが、そういう場所にも、「市場調査」のつもりでどんどん行きます。お客さんが一体、何に喜びを感じるのかを探るのが目的です。自分の主観だけで生きていると、ビジネスチャンスは見逃してしまいかねませんから、常に複眼的であることを意識しています。


稲盛和夫さんや石原慎太郎さんを見ていると、お年を召していても燃える志のある方は心身共にお元気です。彼らに負けぬよう自分も長く仕事を続けていきたい。


通常の求人媒体が営業マンを大量に抱えるのに対し、我々はお客様に来て頂ける様な仕組み作りに注力します。営業マンを抱えないことで利益幅が上がり、同時に様々なメリットをお客様へ提供できています。


本来の自分を偽ってまで、外づらを良くする必要はありません。あくまでも、「もともと自分が持っているものを場面ごとにどう使い分けるか」を考えるべきではないでしょうか。


相手に好かれたいなら、その人がどんな性格や嗜好を持っているのか、こちらも知ろうとする努力は必要だと思います。そして、相手が求めるものに合わせて振る舞えばいい。ビジネスマナーのマニュアル通りに礼儀正しく振る舞うだけが正解ではないはずです。


僕はやりたいことがない人はいないと思っているんです。人生はあらゆる選択の積み重ねですから、いままで選択してきたことの延長線上をたどれば、そこにはぼんやりとでも自分のやりたいことがあるのではないかと。


19歳で起業してからの6年間で経験してきたものを大企業で経験できるかと言われると、確かに難しいかもしれません。経営はもちろん、テレアポも、普通は外部の業者に任せるSEO(検索エンジン最適化)対策も片っ端から専門書を読んで自前でやりました。お金がないから仕方なく自分たちでやったのですが、結果的にはそれらの経験が自分や会社にプラスになりました。


19歳で起業してからの6年間で経験してきたものを大企業で経験できるかと言われると、確かに難しいかもしれません。経営はもちろん、テレアポも、普通は外部の業者に任せるSEO(検索エンジン最適化)対策も片っ端から専門書を読んで自前でやりました。お金がないから仕方なく自分たちでやったのですが、結果的にはそれらの経験が自分や会社にプラスになりました。


会社選びには、2つの軸があります。まずは自分のやりたいことにつながるか。もうひとつは将来性があるか。どちらも大切ですが、重視してほしいのは前者です。僕自身、まずは社会に影響を与えて人を幸せにする仕事をしたいという思いがあって、その手段として経営者になることを選びました。会社選びも同じで、まず何をやりたいのかという軸を明確にして、そこから将来性のある職種や業種を絞り込んでいけばいい。


客観的に見ても、若い時期のハードワークは必要だと思います。仕事のチャンスは、デキる人のところに集まってきます。だからまず初速で頭一つ抜け出して、まわりが「こいつはやるな」と思ってくれる存在になることが大事。そういう存在になれたら、あとはどんどんいい流れがやってきます。もちろん流れに乗らずにマイペースでやっていく生き方もあるでしょう。でも、流れを自分のものにしたいなら、20代のうちにがむしゃらに働くことが重要です。


自分でもよく働くと思います。とくに会社設立当初は休みなく働いていて、徹夜して会社に泊まり込むことも珍しくありませんでした。でも、それが特別なことだとは考えていません。子どもの頃にテレビで過労死する大人のニュースを見て、「社会人になれば過労死するくらい働く人もいる。それってすごいな」と、妙な感心の仕方をしました。それ以来、自分の中に「大人はハードワークがあたりまえ」という意識があるみたいです。


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