杉道助の名言 一覧

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杉道助のプロフィール

杉道助、すぎ・みちすけ。日本貿易振興機構(ジェトロ)理事長。慶應義塾大学卒業後、久原鉱業所(現:日立鉱山)に入社。その後、大阪で紡績関係の事業を行う。大阪商工会議所会頭やジェトロ理事長を務める

(境のタオル会社を任された当時、タオルを重さで値付けされていて、問屋に卸すとき重さを増やすため水を含ませる業界慣習があるのを見て)私はこれではいけないと思い、自分の会社でまず改革の火の手をあげた。第一に水を打つのはやめて、タオル1ダースの目方はいくらとする、誤差一割以内は認めるなどの規格を定め、もし間違った場合は支配人が全部責任を負うという差紙を製品に貼って売り出した。つまりいまの品質表示みたいものだ。このため包装のまま目方をいちいちはからずに取引できるようになり、以後、この方法が普及した。


私の会議所(大阪商工会議所)生活は、生涯を通じて一番長い仕事だろう。これは私の性格が多少世話好きなためかもしれない。まあ、少しでも人が幸せになれればと思ってやった結果が、人に世話好きといわれるほどになったわけだ。


いまから考えるとおかしな話だが、「日本には人力という大きな動力があるのに、ガスエンジンなどを取り付けるバカがいる」などと公言していた業界の先達もあったくらいだ。
【覚書き|繊維業界が手織り機から動力織機に変わりはじめた当時を振り返っての発言】


ブームの時は物が上がる一方だから商売は楽だ。会社の上役はお召の袴などはいて自動車を乗り回し、我々若いものもかなりだらけていた。この膨れ上がった取引が、戦争後の反動でグッとしぼんだのだからたまらない。
【覚書き:第一次大戦特需の好景気と、その後の反動不景気について語った言葉】


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