杉本博司の名言 一覧

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杉本博司のプロフィール

杉本博司、すぎもと・ひろし。日本の写真家。東京出身。立教大学経済学部卒業後、ロサンゼルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで写真を学んだのちニューヨークで写真家のアシスタントなどを経て、自分のスタジオを構え写真家として活躍。高松宮殿下記念世界文化賞、紫綬褒章、ハッセルブラッド国際写真賞などを受賞した。

デビューの方法だけは「上から順番に降りていこう」と決めていました。下から這い上がるって、何でもほとんど無理じゃないですか。だから、一番上からプレゼンテーションをすればいいし、もしダメなら少しずつ降りていこうと決めて、いきなりMoMA(ニューヨーク近代美術館)にプレゼンに行きました。そのころの写真芸術の世界では王様のようだったMoMAの写真部長のジョン・シャーカフスキーが会ってくれたんです。いきなり「面白い。買いましょう」と言われて足が震えました。それでMoMAに作品が収蔵された実績で、あちこちの奨学金をもらって作品をつくるようになりました。


存在している世界をまるごとつかまえることはできません。しかし写真に撮られた世界は時間の断片としてつかまえられるものになる。そうして昆虫標本のように観察できる対象にしてはじめて、世界は理解できるものになるのではないでしょうか。


価値がなくなりにくいものは、シンプルなものじゃないですか。装飾過多の作品というのも一時は人の目を奪いますが、長くはもたないんですよ。ずっと価値のあるものと思われ続けるかどうかは、やはり人の心の源泉にまで触れられるかどうかにかかっているのではないでしょうか。


作品の価格と同じように、言葉による評価にも距離をもって接する必要があると思っています。批評を正当な理解だなんて思ってしまったら芸術は終わりなんじゃないのかな。ですから私は、理解されかけたと思ったら、もっと煙に巻く構造を持った作品を手掛けています。「理解される」とは「底が見える」でもありますので。


芸術ってあとづけで価値が生まれるものなんですよ。アルタミラの洞窟に壁画を描いた古代人は芸術なんて意識してなかったでしょうし、芸術とはあとで名札がつくものなのです。


芸術の価値を決めるプロセスには騙し合いの側面もあります。一時的に価格が高騰しても、流行が終わったら値段が急に落ちて「しまった、騙された」となる作家や作品もある。そういういわゆる「みそぎ」の過程は重要で、例えばこの世界不況のあとにも価値があり続けるのかという「みそぎ」を経てはじめて、作家や作品は本物になるのではないでしょうか。


作品のマーケットにおける値段はこちらには制御できないし、あくまで経済現象でしょう。冷静に受け止めていますよ。昔に安く売った自分の作品が高騰して誰かが何億円も儲けるなんて現象は、作品が捏造されていく現場をみているようで面白いけれども、自分とは別世界の話ですよね。いわゆる金融不況の前までのアートマーケットというのは、ほとんど賭場のようで「オレンジの先物取引よりも利益率が高い」などという動機からの、芸術そのものが目的ではない投資も多かったですから。


立教大学のころはヘーゲルやマルクスやマックス・ウェーバーを読んでいて、これはのちに欧米人に作品を説明するのには役立ったのかもしれません。もちろん、理論で制作をするわけではないけど、論理が明らかでなければ欧米人には通じないので、三段論法などで説明しなければならないわけです。


30数年も写真で作品を制作してきているから、頭の中にはいつも数百個のアイデアが出番を待っています。まだ技術的に実現できないアイデアなら、適している方法を思いつくまで待てばいいわけですね。


芸術は「ここには何かがありそう」というその何かをできるだけ遠くまでつなげて味わうもので、完全に説明できてはミもフタもないでしょう?宗教もそうですよね。「神は存在します。以上」と言いきってもつまらないですから。


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