杉本八郎の名言 一覧

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杉本八郎のプロフィール

杉本八郎、すぎもと・はちろう。日本の薬学者。東京出身。東京都立化学工業高等学校卒業後、エーザイに入社。同社製薬研究員を務めながら夜学で中央大学理工学部工業化学科を卒業。エーザイ筑波研究所化学系主任研究員、研究開発本部研究一部二室主任研究員、人事採用プロジェクト担当課長、理事 筑波探索研究所副所長、理事 創薬第一研究所所長などを務めたのち定年退職。退職後は京都大学大学院薬学研究科創薬神経学講座教授、同志社大学大学院脳科学研究科チェアプロフェッサー教授などを務めた。アルツハイマー型認知症の進行抑制剤を世界で初めて開発した。

創薬のほとんどは失敗するのだから、挑戦しないよりはして後悔した方がいい。


私が成果を残せたのはなぜか。改めて振り返ると、運が良かったことに加えて、熱意があったこと。さらに出会いに恵まれたことだと思います。


世界初のアルツハイマー型認知症の治療薬「アリセプト」を開発した当時を思い返すと、剣道の師範から教わった「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」ということわざが浮かびます。剣道でも、小手や胴を打たれるリスクを冒さなければ相手の面を打つことはできません。リスクを恐れずに挑戦する。草食系と言われる今の若い世代にもそうあってほしいですね。


アリセプトの開発でも、こうした幸運がいくつもありました。ですが、運を呼び込めたのは「認知症の薬を必ず開発する」という熱意が大きかったからかもしれません。名前からも分かるように私は9人兄弟の8番目。幼い頃からお母さん子で、貧しい中で懸命に育ててくれた母にいつか親孝行したいと考えていました。ところが、それを果たす前に母が認知症に。私のことが分からず、「誰ですか?」と聞かれた時には衝撃を受けました。母に恩返しをするためにも認知症の薬を絶対に開発する。その一念で研究に没頭しました。


私は大手製薬会社のエーザイに勤めていた時に、世界で初めてのアルツハイマー型認知症の治療薬「アリセプト」を開発しました。実は、私はエーザイでも異色の研究者でした。大学や大学院を出た人が中心の組織で、東京都立の工業高校出身。若い頃は大卒研究員の補助しかさせてもらえず、組合や部活動の剣道に打ち込んでいました。そんな私が奮起し、夜間の大学に通って学士を取り、創薬に没頭。アリセプトをはじめ2つの新薬を世に送り出しました。


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