杉山博孝の名言 一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加

杉山博孝のプロフィール

杉山博孝、すぎやま・ひろたか。日本の経営者。「三菱地所」社長。一橋大学経済学部卒業後、三菱地所に入社。人事、企画などの部署を経験し、取締役、専務を経て社長。

街というのはハードだけじゃなくて、ソフトがあって魅力的になる。


単にオフィスがある、ビルがあるだけではいけません。街ににぎわいを持たせるタウンマネジメントが必要です。それが街の強みになる。


ただ言うだけでなく、実現するためにはどうすればいいかを考えて提案しろ。


現場とのコミュニケーションを大事にしています。例えば、夜、空いている時、若い人と飲むようにしています。部長は参加禁止にしてね。


ミドル層には、若い人たちの考えをくみ上げ、トップにつなげてほしい。年長者が経験だけを理由に物を言ってしまうと、若い人はそれに対して答えようがない。歳を重ねますと、経験の長い分、自分が正しいと考えがちなんですけれど、こういう時代は必ずしもそれは正しくない。だからこそ、若い人とも議論を尽くす必要があるんです。


高度成長時代は、全体が上昇しているわけですから、一人のリーダーが多少判断を間違えても、大きな問題はなかったと思います。しかし、もう過去のような成長はない。そういう時代に、いわゆるカリスマ社長一人が、有効な選択肢をとることができるとは思えないのです。


私の世代は「ひとつのことばかり信じてはいけない」と、多様化の中で育った最初の世代でしょう。次々に複雑な事象が起きるいまの時代を迎え、その考え方は間違っていなかったと思っています。


議論を経た先に、最後はリーダーの判断があるわけですが、私は、いまの時代に一人で何でも決めるというリーダーシップが有効なのか疑問があるのです。


仕事が目に見える業種ですから、学生さんも「私はこれがしたい」と具体的な思いを持って入社してくれます。これが個性が強い人が多い理由かもしれません。


社員からの声に対して、見える形にフィードバックすることがリーダーの役目です。社員に「ほんとうに、従来のやり方にとらわれなくてもよいのだ」と実感してもらうためには、社員のどの意見を取り上げ、会社としてどのように実行するのか、取り上げない場合にはその理由は何か。こういった開示を意識して行っていきたいと考えています。


若い社員たちの「この会社をこうしていきたい」という思いをくみ取る場がいると考え、7年前に「社長にもの申す」仕組みを作りました。入社4年目の若手から、上は30代半ばまで、さまざまな事業部門の社員を集め、20から30年後の三菱地所の姿を提言してもらったりしています。そのいくつかは具体的な成果になっています。


三菱地所は、グループ全体では約8000名の社員がいますが、本体は約600名と、少ない人数でさまざまな事業をやっています。事業間のコミュニケーションが非常に近く、縦割りの専門性に陥ることがありません。それでいて個性的な人間が多いのです。


三菱地所の社員一人一人にも、21世紀にあった街づくりをしたいという思いがあり、それが現在進められている丸の内の3度目の開発(1回目は大正時代、2回目は1960年代の高度成長期)につながっています。


街というものは、時代を映して変わり、成長していくものです。最初の丸の内開発は明治・大正期。丸ビルが開業したのは1923年(大正12年)です。2回目の開発を行った当時は、日本が高度成長に向かい、オフィススペースの確保が最優先に求められた時代でしたが、20世紀の終わりごろから経済の状況が変わりました。人びとのライフスタイルも変わり、丸の内にも、ただ働くだけでなく、アメニティ(快適さ)や文化的なものが求められるようになりました。


若い頃は「ああした方がいい、こうした方がいい」と会社に吹っかけることが大事。でもただ言うだけではダメ。「実現するためにはどうすればいいかを考えて提案しろ」と言っています。


我々は、投資資金が入るのであれば出し手は海外の投機家でも構わないという考え方はしません。むしろ重要視するのは、開発する街をどうマネジメントするか、どう魅力を高めるかという点です。そこが折り合わなければパートナーとなることはありません。


人名ランダムピックアップ


経営・ビジネス・投資・仕事・お金・経済的な分野で成功を収めた人たちの名言を収録しています。

ページの先頭へ