朝倉孝景(朝倉敏景)の名言 一覧

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朝倉孝景(朝倉敏景)のプロフィール

朝倉孝景、あさくら・たかかげ(朝倉敏景、あさくら・としかげ)。室町時代中期の武将。朝倉氏7代目当主。管領斯波氏に仕え、応仁の乱で西軍として活躍。主要な合戦に参戦し、足軽大将・骨皮道賢などを討ち取った。その後、東軍に寝返り、越前一国を手中に収める。斯波氏に代わり越前守護となった。

我も一個の人間として、不思議に今日まで生きながらえて、かく国を握って立つようになったが、その間、日夜を分かたい工夫努力をし、ある時は諸方からその道の達人を集めて、その語るのを聞き、つねに怠らぬ注意をして、今に至っている次第である。


天下の情勢が平穏なように見えるときでも、遠近の諸国へ間者(スパイ)を出しておいて、常に様子を密告させるがよい。


名作の刀や脇差は欲しがるべきではない。なぜなら、たとえ万疋の太刀を持っていても、百疋の槍を100丁用意して、100人の兵士に持たせたなら、攻撃するにも防衛するにも大いに役立てることができるからだ。
【覚書き|疋(ひき)は銭の数え方】


世の中に賢人や聖人の語を学んでいる者が多いが、たとえそれを学んでも、また、詩文を読んでみても、その人の心が偏屈であるならば、決して真の学習をしたとはいわれまい。


物事を処理する場合に、よくよく吟味し、落度のないようにして断行すれば、他国の悪党などにも乗ぜられぬものである。一家の場合で見ても、不規律でみだらな家庭と知られたならば、必ず他家の者に悪事をされるものである。


1年に3度ぐらいは、有能で正直な者に申し付け、国内を巡視させて、大衆の申告を聞き、そのいうことを参考にして、政治の改革をしていくがよろしい。また、ときとしては、自分で身なりを変えて巡視するのもよいことである。


奉公熱心の者と、勤勉に奉公しない者とを、同様に扱ったのでは、奉公熱心の人も勤勉の気持ちをくじかれてしまうだろう。


勇気乏しく、か弱い者であっても、威儀を正して勤勉に仕える者は、これもまた何かの用に役立つ輩であるから、人並みに扱ってやるがよい。


家中の奉公人たちの中に、たとえ才能の乏しい者や、何事につけて下手な者があっても、その精神において、真心をもって仕える者に対しては、とくに愛憐の気持ちをもって扱ってやらなくてはならぬ。


『論語』に、「君子、重からざる時は威なし」という語句のあるのを読んで、ただひとえに重々しいのがよいと考えたのでは、これまた、妥当とはいいがたい。重かるべき、軽かるべきというのも、時や場所に応じた振る舞いこそ最も肝要である。


何かの沙汰につけて、それを直訴するような事があった際には、理非を曲げることなく、直裁致さなくてはならない。もし役人の中に私欲をむさぼる者がいることを聞いたならば、その者に対しては、断固とした処置をとらねばならない。


神社仏閣の前や町並みを通る場合には、所々で馬を止めて、きれいにしているところに対してはこれを褒め、また、破損したりなどしているものに対してはこれを憐みいつくしむ言葉をかけてやると、下々の者は御言葉を賜わったとえって、非常に喜び、悪くなった箇所はすみやかに修理し、良いところはますます磨きをかけるようにするものである。そのようにするならば、造作もなくて見事な領内とすることができるのであって、それというのも、もっぱら主人の心がけ次第でいかようにもなるのである。


どうしても勝たなくてはならぬ合戦に際し、また、どうしても取らなくてはならぬ城を攻め落とす場合に、吉日を選んだり、方角のことを考えていて、いたずらに時日を遅らせることは、はなはだ無駄なことで、不満足なことといわなくてはならない。いかに吉日だからといって、大風の日に船を出したり、また、大勢の敵に対してひとりで手向かったりしたのでは、それが無益なことは火を見るよりも明らかである。たとえ、困難な場所に向かおうとも、悪日であろうとも、その情勢を細かに洞察して、どれが虚かどれが実かを考え、臨機応変に兵を動かし、敵に察せられぬように謀をめぐらしたならば、必ず大勝を招くものである。


僧侶にしても、一般民衆にしても、何かの点で他に優れている者は、他領へ引越して行かせないで自領へ止めておくがよい。ただし、持っている才能を誇るだけで奉公を励む心のない者は、この限りでない。


とくに必要に迫られた場合のほかは、他国からやってきた浪人者などを、祐筆(文書をつかさどる役人)として採用しないほうがよろしい。


身分が良いからといって、衣裳も上等のものを着ける者は、国内の派手な風習にうごかされて、人目につく場所へそんな身なりでは出にくいと考え、仮病を使って最初の年は出仕せず、またその翌年も出仕しなくなって、後には朝倉家へ真心をもって仕える者も少なくなるから、皆粗衣に甘んずることができるようにしなくてはならない。


侍の役であるからとて、伊達白川へ使者を立て、良い馬や鷹など求めてはならぬ。偶然他所からもらったのは別であるが、それも、三年過ぎれば、他家へ遣ってしまったほうがよかろう。長く持っていれば、必ず後悔することになるからだ。


京都から四座(観世・金春・宝生・金剛)の猿楽をわざわざ招きよせて、見物するのをすき好んではならない。それだけの代価をもって、自国の領内から猿楽の器用な者を選んで、それを都へやって習わせたならば、いつまでも側近くおいて、楽しむことができるのである。


代々受け継いできたからといっても、無器用な者に、軍扇や奉行職などを預けてはならない。


朝倉家においては、家老の職を一定してはならない。その者自身の才能や忠誠心によってそれぞれの役目を申し付けるがよい。


人の主人は、不動・愛染のごとくなるべき。
【覚え書き|上に立つ者は不動明王のような威厳と愛染明王のような慈悲を持つべき】


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