新井田傳の名言 一覧

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新井田傳のプロフィール

新井田傳、にいだ・つたえ。日本の経営者。ラーメンチェーンの「幸楽苑」創業者。福島県出身。父が脱サラして始めた食堂を引き継ぎ、福島一の飲食店をつくろうと決意。東京で修業したのち飲食店経営をスタートさせる。30歳で会津市内に6店舗を持つまでに成長させたが、中華料理、喫茶店、カレー屋、ラーメン専門店と様々な業種の店をつくったため管理が行き届かなくなってしまう。その後、チェーンストア理論を学び、ラーメン専門店に集中することを選び同チェーンを大きく成長させた。幸楽苑の名前の由来は、東京での修行先のひとつ「幸楽飯店」から。

とにかく店を開けて、お客さまの役に立つという精神を常日頃から考えていなければいけない。


500店舗という目標は同じでも、馬のような走り方をする会社もあれば、牛のような歩き方をする会社もある。うちの経営哲学は後者です。


マクドナルドは全世界に3万店あるそうですが、そのノウハウは4つに絞られます。低価格、一定した品質、サービス品質の高さ、そして清潔感です。どの国に行っても安価で同じ味を食べられ、国に関係なくサービスレベルが高い。そして店舗は常に清潔感が保たれています。ラーメンだってマクドナルドになれるんですよ。世界各国にラーメンの需要はあるんですから。ただ、どこに行ってもラーメン屋は高くて店が汚い。ですから1~2店舗の繁盛店は作れても、マクドナルドには決してなれません。世界のどこで食べてもマクドナルドが価格や品質、サービスで顧客の期待を裏切らないように、私はラーメンでそれを実現したい。


自社工場では餃子を1時間に8000個製造できます。人間がやると必ず間違いが起きる。コンピューターは故障しない限り間違いが発生しません。


経営は人を育ててなんぼの世界だと思うんです。スピードを重視するのであればフランチャイズに勝るものはない。これは間違いありません。それに多くの経営者は店舗数を自慢したがりますよね。でも、ややもすると人が育たずに店舗だけが増えていく結果に終わってしまうのです。どんどん増えていく他社を端で見ていて、スピードの誘惑に駆られたことがないかと言われると、そりゃあ葛藤はありましたが。


メニューを広げようとすればするほど、ラーメンという幸楽苑の価値観が薄れてしまう。これではダメです。だからラーメン以外の食べ物の需要が大きくなったときには、我々がその市場を奪うことはできません。「今日は何となくラーメンが食べたいな」と思われた人が、幸楽苑を通り過ぎて日高屋さんに行くようなことがあってはダメなんです。メニューを広げたからといって、顧客が増えるわけではありません。


過去、様々なことに挑戦しました。ご飯ものを増やしてみたり、揚げ物を置いてみたり。ただ、メニューを広げて成功したことはありません。麺のメニューを増やすのは問題ないのですが、まったく違ったものをやろうとすると上手くいかない。まあ、私がどうもあんまり器用な方じゃないんですな。


他社が完全なコミッサリー(自動化された食品加工工場)をなかなか作れないのには理由があります。店舗のメニューと連動してくるからです。メニューがたくさんあればあるほど、コミッサリーでは多様な食品を作らなければなりません。ハンバーグのパテを作って、次は同じ設備でメンチカツを作る。これではライン化することはできません。我々の強みは店のメニューと連動している点にあります。これは他社に真似はできない。メニューまでさかのぼらなければならないためです。ほとんどの外食産業は多品種少量生産ですよね。セントラルキッチンで作ることはできても、コミッサリーができない理由はそこにあります。


自前で工場を持っていなければ、いまの値段で利益は出ませんね。


私が一時期経営の一線から退いた際、290円という価格を大々的に打ち出す戦略を取りました。メニューの表紙にも看板にも大きく290円のラーメンを掲載したんですね。その当時は290円ラーメンの注文率が全体の47~48%くらいまで上がってしまい、その影響で増収減益に陥りました。私が社長に復帰して最初にやったのは、290円という価格の表示を目立たなくすることでした。マクドナルドの100円バーガーだって、どこにあるか分からないじゃないですか。宣伝しなくても売れるものをあえて宣伝してしまったんですね。メニューから290円ラーメンを外すことはしませんでしたが、あえて宣伝をやめることで注文率は現在、27~28%に下がっています。


壁に突き当たって悩んでいたときに出会ったのが、(流通業界のコンサルタントとして知られる)ペガサスクラブの故・渥美俊一先生の本でした。そこで初めてチェーンストア経営を学び始めたのですが、これがなかなか実践できず、遅々として進まない。このときはジレンマに陥りました。同じペガサスクラブに所属しているリンガーハットさんは当時、既に30店舗を展開して表彰を受けていました。焦りましたが、我慢するしかありません。ただ、我慢するのには私は慣れていましたね。福島県会津若松市の出身だからでしょうか。我慢する能力に長けていたんです。


私が家業を継いで、将来、福島県一の食堂にしたいと夢を描きました。30歳になったときに会津に6店舗目を作りました。当然、会津では一番数の多い食堂になりました。しかし、全くの素人発想で店舗数を増やしたわけですから、うまくいくわけがない。同じ業態の店舗を会津内に作ると自分の店舗同士で競合してしまうと危愼した私は、中華料理、喫茶店、カレー屋、ラーメン専門店と業種の異なる6店舗を作ってしまったのです。その結果、全く管理ができなくなりました。原料費も違えば、人件費も違うのですから。


我々は24店舗を除き、すべて直営店です。その24店舗も福島・郡山に最初にお店を出したあと、フランチャイズの依頼を受けて始めたお店で、初期のころにお付き合いのあるところ以外でフランチャイズを募集することは早い段階でやめました。フランチャイズは虚業であって実業だとは思いません。人材を増やさなくても店舗数は増やせるんですから。


タイに進出するにあたりバンコクに工場を作りました。日本の食材を向こうに運ぶと関税が約220%もかかってしまうんですよ。そのためメンマなど一部の具材を除き、麺も餃子もスープもタレもすべて現地工場で生産しています。現在は1店舗だけですが、今後直営で5店舗まで拡大する予定です。タイでは国内とは異なり、スピードを重視してフランチャイズで展開します。5~6年で100店舗展開していければと考えています。ほかの国については現時点では考えていません。ドミナント戦略でタイできっちりと展開した後に考えます。コスト削減効果がない展開計画は一切立てません。


タイの店での味は徹底して日本と同じ味にこだわります。夢は全世界に幸楽苑のラーメンのスタンダードを作ること。海外の食材を使い日本と同じ味を作るのは苦労しますが、それでもこだわります。


今後は、より低価格に流れていくでしょう。おいしさが前提になるのは当然ですが、価格もそれ以上に大事です。「限界はどこまでか」とよく聞かれますが、利益が出ているうちは下げる努力をするべきです。逆に言えば、価格を下げて来店客数が増えれば利益アップにも結び付くのです。


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