慎泰俊の名言 一覧

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慎泰俊のプロフィール

慎泰俊、しん・てじゅん。社会起業家。東京出身。朝鮮大学校政治経済学部法律学科卒、早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。モルガン・スタンレー・キャピタルに勤務したのち、NPO法人「Living in Peace」を設立。日本初のマイクロファイナンスファンドを立ち上げ、途上国の貧困層自立支援を行った。また日本国内の児童養護施設を支援する活動を行った。著書に『15歳からのファイナンス理論入門』『働きながら、社会を変える』『ソーシャルファイナンス革命』『未来が変わる働き方』『ひらめきとイノベーションの授業』『正しい判断は、最初の3秒で決まる』ほか。

人が生まれや家庭環境によって可能性を阻まれない世の中をつくることが私の夢です。そのためには自分が力をつけなくてはいけないので、その手段として金融を選びました。キャリア選択がそこから始まっているので、金融の仕事で儲けても、そのお金に執着することは少ないです。高級時計や自動車にもあまり興味がなく、こういうタイプは、金融の世界では珍しいです。


大学生のとき国際的なNGOでインターンをして痛感させられたことがあります。それは、世の中への発信力はお金やビジネスの発想の有無で左右されるということ。当時はネットも始まったばかりだったので、お金のない人が原理原則に沿った主張をしても、声を届けられるのはせいぜい1万人。一方、ビジネスの発想を持っている人が何か言うと、内容にかかわらず100万人、1000万人が聞いてくれる。もし自分が世の中を本気で変えようとするなら、ビジネスのことを理解しておく必要かあるんじゃないかと。


大学時代、学校に来てなくて留年しそうな友人に「学校行こうぜ」といったら、逆切れされて頭突きをくらい、歯が折れました。彼は結局中退しましたが、その経験は信念について考えるきっかけをくれました。相手から感謝されるかどうかを気にしていたら、自分が正しいと思ったことができなくなる。誰も評価してくれなくても、自分がやりたいと思ったことや、いいと思ったことをとことんやる。そう心がけています。


過去の成功体験が私に自信を持たせてくれた面はあると思います。


私が通っていた高校には、3年生になったら1、2年生からお金を巻き上げるという悪い伝統がありました。この習慣をどうしても変えたくて、3年生で生徒会長になったときに同級生たちと話し合いを続け、なくすことができました。講堂に同級生の男子生徒150人を集めて「もうやめようよ」と提案したのですが、最初は「ふざけんな」という反応でした。1、2年生の間はずっと我慢して、ようやくお金を取る側になったのだから、ある意味で当然の反応です。サッカーをやっていて体は強かったのでいじめられたりはしなかったですが、ずいぶん陰で笑われていたようです。途中から言い方を変えました。最初は「間違ったことはやめよう」だったのですが、それだと反発があってうまくいきませんでした。そこで半年後から「自分たちでいい学校をつくって、歴史を変えよう」と方針転換したところ、共感してくれる人が増えてきて、いろいろな悪い習慣がなくなりました。


努力は根底に自分を愛せる心がないとできないと思います。ところが児童養護施設の子どもたちは人から大事にされた経験が少なく、自分を愛することも難しい。だから努力が苦手で、5人のうち1人が高校を中退するという現実があります。中退して施設を出ても頼るところがないから、風俗で働く女の子や、麻薬を売ったり暴力団に入ったりしてしまう男の子も後を絶ちません。


金融は目に見えないものを扱うので、ものづくりのように、自分がつくったものをやり甲斐と感じることができない。すべてのものがお金に換算されるので、価値観にもお金が侵食してくる。そういう人たちが悪さをしやすい状況があります。もうひとつ、賃金の仕組みもよくない。うまくいったときは多額の報酬が手に入りますが、莫大な損失を出しても、解雇されて給料がゼロになるくらい。それが人を誤った行動に導いてしまうのではないかと。


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