庵野秀明の名言 一覧

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庵野秀明のプロフィール

庵野秀明、あんの・ひであき。日本の映画監督、アニメーター。株式会社カラー代表取締役社長。『新世紀エヴァンゲリオン』の監督として知られる人物。大阪芸術大学芸術学部映像計画学科に入学するも、自主制作映画にのめりこみ登校しなかったため放校処分を受ける。その後、『風の谷のナウシカ』『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』『王立宇宙軍オネアミスの翼』などにアニメーターとして参加したのち、株式会社ガイナックスの立ち上げに携わる。主な監督作品に『新世紀エヴァンゲリオン』『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』『ラブ&ポップ(実写)』

とにかく徹底的。徹底しよう。可能な限り、中途半端はやめておこう。


世間を相手にやろうと思ったら、世間が認めるような形にしなきゃまずいですよね。


僕への悪口はいいのですが、スタッフやキャストへの悪口はやめて欲しいです。作品の責任は監督にあるし、悪口を言われるのは監督の仕事ですから、文句があるなら僕にぶつけて欲しいです。


作りたいから作っているんです。作ることが重要で、完成してしまったら僕にとっては終わりです。終わった作品に興味はもてないし、過去の自分の作品を見直すなんてことはまずしません。


いやー、もうそれは、アニメファンの人のポピュラリティ(ウケるもの)は、メカと美少女ですね。それが永遠のポピュラリティ。アニメファンの男にとってのポピュラリティは、それ以外はなんにもないわけで。とにかくメカと美少女さえ出てれば、基本はOKですよ。もう30年来以上、延々と変わってない。宮さん(宮崎駿監督)の時代からなんにも変ってない。宮さんだってメカと美少女。エヴァにしてもメカと美少女ですよ。自分もそうだからわかるけど、やっぱりメカと美少女だと思うんですよ。


ピカチュウのいいところは、デブにしたところじゃないですか。抱き心地がよさそうだという。あれが細いとなんかもうひとつだっただろうね。やっぱ、ネズミだな、日米で当たるのは(笑)。白い手袋をしたネズミか、黄色いネズミですよ。だから、次に売れるマスコットを作ろうと思えば、ネズミをアレンジすれば。


最終的に客が見る部分の大半はキャラクターだったということですね。アニメに限らずキャラ人気ですよ何事も。だから役者の人気だって、キャラ人気と変わらないわけじゃないですか。要はキャラクターが一番。キャラが立ってるかどうか。『鉄道員(ぽっぽや)』とかって、高倉健のキャラクターと、映画の中のキャラクターが合致して、なおかつ、世界観が寒々としてるところじゃないですか。この三要素がそろったところでOKだったんですよ。


別に意識してやったわけでもなく、綾波レイは合成人格だったんです。いろんな人の「こういうのがいいな、ああいうのがいいな」っていうのが、まとまってできただけ。ただ、女性キャラの配置として髪が長いの短いの、明るいの暗いのとかは決まってた。結局、綾波の方向性みたいなのを決定的な形にしたのは薩川昭夫さん。綾波は5話の脚本の段階でなんとなくできた。どういう暮らしをしてるかとか。あと、貞本の包帯姿の画。


ガンダムの流れっていうのをある程度見て、ロボットアニメの流れみたいな、それを一通り検証してですね。そのあとにその時の主流だったセーラームーンを検証してみた。で、セーラームーンでわかったのは「緩い世界観というのがいい。要は遊び場を提供すればいいんだ」ということだった。個性的な、わかりやすいキャラクター配置と、遊べる場所。何体かの人形と砂場が用意されていて、ファンがその砂場で自分たちで遊ぶことができるのがセーラーの人気の秘訣だと思った。だから緩く作る。ガチガチに作っちゃうと、余裕がなくなる。それでは息が詰まると思うんです。


情報量を詰め込んだ方がいいというのもあったんだけど、メリハリの部分もあるんです。いまのお客さんの大半は、ビデオで録画して観てるじゃないですか。だからエヴァはビデオで録って観るというのを前提に作ってあるんです。だったら、オープニングも細かく作った方がいいだろうと。歌詞の一文字に対して一枚の画ぐらいの細かい曲合わせをやってみたんです。


基本的には質がどんどん下がっていくわけだから、できるだけ質が下がらないようにするためにはどうしたらいいんだろうというのを、発想の原点にすべきなんです。途中から質が上がるなんてことは、ありえない。プラスを考えるより、マイナスにならないための考慮のほうが現実的。


TVアニメは基本的には、スタッフに満足のいくギャラが出てないわけです。監督として、参加してくれたスタッフに対してできることは「やってよかった」と思ってもらうことだけなんです。そうでなくても、最低限の作業で最大の効果っていうのは、演出サイドが一番考えなきゃいけないことなんじゃないかと思う。


結局、いわゆるアニメファン、コアなファンだけに限って言えば、変わらないんです。その人の求めているものというのは。たぶん、永遠に変わらないと思うんです。変わるときは、オタクをやめる時だと思います。その変わらないものを満足させる要素というのは、極めて狭い範囲でしかなくて、それが水野亜美ちゃんだったり、綾波レイだったり、なんていったっけ、あの機動戦艦ナデシコに出てた……。でも、最近はそういう風にあてがわれるのに気がついて、反発があると思うんです。


近代史を勉強した方が、最新の流れが見えるというだけですね。古いものは、ある程度分かっているから。主流というのを見極めて、その上に接ぎ木するみたいにしないと。一からやるのもできるんだけど、それでは効率が悪すぎる。その次を見通してやった方が、成功する確率が高い。


作業って、基本的に4つぐらいの手順があるじゃないですか。とりあえず、情報を列挙して、列挙したあとに分析、比較して、最後に結論。「なんでこれを面白いと思うんだろう」ということの検証。そして、本質論に戻って、結論付けていく。


周囲の評価もさほど気になりません。最初は気にしましたが段々となくなりました。もちろん、感情的には誉められると嬉しいですが、嬉しい以上は何も感じないので、創作の目的にはならない。だからといってなぜ作っているんだ、問われても自分では答えを出せません。他にすることがないからやっているだけかもしれませんね。


アニメ好きの人が持っている生理的な気持ちのいい部分というのは、ほとんど同じようなもんだから、ウケる画というのがどうしても似ていくんです。それがいま、ひとつの方向に行ってしまっていて、画が単一化してきているから、この先は滅ぶしかないんじゃないかと思うんです。よくアニメを知らない人がアニメ誌を見ても、どれも同じに見えちゃう。


わかるものは「わかるもの」として見せて、わかんなくてもいいものは「わかんなくてもいいもの」として見せる。「本来、わかってほしいもの」がわからない作りは駄目だと思うんです。こちら側が「これはわからない方が、むしろありがたい」というところは、わからないように見せる。それは「謎」とか言われている部分。それは、わかりづらいように作っている。


最悪の場合を考えて、ものを作っていかないといけないっていうのは、軍艦の運用とまったく同じなんです。軍艦というのは、敵の弾が当たって沈むっていうのを前提に作られてますから、できるだけ沈まないようにするにはどうすればいいんだろうというところから始めるのが、軍艦の運用思想。


大事なのはコストパフォーマンス。あるものでなんとかしようという。ある時間と、ある予算と、あるスタッフ。状況によっちゃ「ええ、この人と!?」という人たちだけで作んなきゃいけないわけです。それで一定のクオリティを維持しようとするには、コストパフォーマンスを上げていくしかない。


「そこは自分たちで考えて遊んでみてくれ」という風にしてあるんです。だから、バーチャルな世界を一つ、いかにもそこに人がいるような感じに作っておいて、さらにそこの世界観の中にポツポツと穴をあけておくんですよ。その穴を埋める作業というのは、自分たちでもできるようにしておいた。「セーラームーン」が受けたのは、そこだと思うんです。圧倒的に緩い世界観、だから、ファンが付け入る隙が山のようにあった。


基本的にアニメ(を制作すること)って穴の開いた船だから、沈む前に港に着けるかという、それだけなんです。そのためには排水作業をどうするかという、ダメージコントロールでしかない。最悪の状態を想定して、それに対処するためのシフトを作っておくだけなんです。組織論の基本ですね。


椅子に座るとか、アニメーターからすればものすごい大変な作業なわけですよ。歩いていく足元を写すとか。日常の基本動作をきちんと作画するのは、アニメーターにとってすごく難しいわけなんです。ごまかしがきかないから。大変な割には普通の印象しかないから。百害あって一利なしなんです。


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